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69.掛け算割り算無双ができそう

 タマネギおばさんの出題した問題用紙、最初にお嬢様が間違えた問題を指摘して、何を間違えたのかを問う。


 「この計算問題で何を間違えたのか理解できますか。」


 じっくりと問題を見直すお嬢様、あっ、と何かに気づいたように指を指す。


 「ここよ、ここで繰り上がらなきゃいけなかったのですわ。ヴィヴィはこの間違いに気づいていましたの?」


 落ち着いて考えればちゃんとできる子なんだわ。やっぱりあのタマネギおばさんの鞭の恐怖で適切な思考ができなくなっていたんじゃないかしら。


 「はい、正解です。問題を解くには、まずは落ち着いて問題に取り組むことです。もう鞭で打つ人はいません。慌てずにじっくり考えましょう。」


 お嬢様のお勉強がようやく落ち着いてできると思っていた矢先に、突然扉が乱暴に開け放たれた。


 「この子供ですっ!! セレスタン様、この子供が私に危害を加えたのですっ!!」


 おじいちゃん家令を引き連れて戻って来たタマネギおばさん、虎の威を借る狐が如く私の前に仁王立ちで指を突きつける。

 タマネギおばさんの鞭がまだ部屋の隅に落ちてるから、もういっぺん叩いてやろうかしら、なんて危険な考えはいけないわ。この場はおじいちゃん家令にお任せしましょう。

 おじいちゃん家令もヤレヤレといった感じで見回して、部屋の隅に控えていた侍女に目をとめて声を掛ける。


 「ロメーヌはここで起こった事を見ていましたか。」

 「あっ、あなたも見ていたはずです。この子供が私を攻撃したのをっ。」

 「ベレニス先生、今はロメーヌに質問をしているのです。口を閉じていただきたい。

 ロメーヌ、見たままを伝えなさい。」


 タマネギおばさんがまだ何か言いたげなのを手で制して、侍女さんを促す。


 「はい・・・ ベレニス先生が鞭でお嬢様を打つのをヴィヴィさんが自分の手を打たせて止めました。それにお怒りになったベレニス先生が何度も何度もヴィヴィさんを打ち付けて最後はヴィヴィさんの顔に向かって鞭を振り下ろしました。」

 「あなたは何を言ってるのですかっ!! 今はこの子供が私を攻撃したのかを聞いているんですよっ!!」

 「そうではない。私がロメーヌに聞いているのはここで起こった出来事です。今ロメーヌが言ったようにあなたはヴィヴィさんを何度も鞭打ちしたのですか。」

 「私はアリステイド様から教育上鞭を使ってもよいと許可を得ています。それにこの子供は平民ではないですか。平民など鞭で打っても何の問題も無いでしょうっ!!」


 頭を振りながら、は~、と息を吐くおじちゃん家令。


 「平民とおっしゃいますが、ヴィヴィさんはお嬢様のためにアリステイド様が直接お招きした家庭教師なのですよ。あなたがむやみに鞭を打っていい存在ではありません。ベレニス先生に関しては私が雇用した家庭教師ですから、私に解雇の権限があります。ベレニス先生、本日限りで解雇いたします。」

 「なっ、なにをおっしゃるのですか。私以上の家庭教師などめったにいませんよ。今から探していては学園の入学には間に合いません。考え直してください。」


 クビを言い渡されたタマネギおばさん。家庭教師の延命を懇願してるけど、ブザマですっ。


 「さ、算術ならヴィヴィに教えてもらいますわ。」


 え? ななな、何を言い出してるんですかっ、このお嬢様は。タマネギおばさんとおじいちゃん家令の視線が私に向いちゃってるじゃないですか。


 「ヴィヴィさんは算術もおできになるのですか。」

 「普通に皆さんができる計算しかできませんよ。教えられるほどではありません。」

 「そうですよ、こんな平民風情の年端もいかない子供が計算なんか、って計算しかできない? ウソを言ってはいけません。あなたに計算などできる訳が無いでしょう。」


 いちいちカチンと来る物言いのタマネギおばさん。と、タマネギおばさんをクビにしたいお嬢様。


 「ヴィヴィはこの問題用紙は簡単にできるって言ってましたわ。」


 問題用紙を掴み、私に突きつけてくるタマネギおばさん。


 「できるものならやってみなさいっ。」


 え~、お嬢様用の問題用紙ですよね。私が解いちゃってもいいんでしょうか。おじいちゃん家令に目をやれば、おじいちゃんうなずいてるし、やれってことですね。

 用紙を受け取り羽根ペンを借りて、さらさらと解いていく。二桁三桁の足し算引き算程度にそれほど時間はかからずペンを置く。

 ペンを置いた直後、用紙を奪い取るタマネギおばさん。


 「適当に数字を書き込んだだけでしょう・・・・・・・ な・・・ なぜこんなに早く解答が? 一体どんなズルをしたのですかっ!!」

 「ヴィヴィさんは問題を解いていただけでしょう。何も他の事はしている風ではなかったのは、ベレニス先生も見ていたはずです。」

 「でっ、では、掛け算です。7×8は?」

 「56です。」


 即答した私にタマネギおばさんは、え? と一瞬呆けた顔になって、慌てて鞄をあさり一枚の紙を取り出した。

 え、それって、九九の計算表を持ち歩いているの?


 「つ、次です。8×4は?」

 「32です。」


 「なぜっ・・・・・ まさか、計算表を隠し持っているのでしょうっ。出しなさいっ。」


 手を出して迫ってくるタマネギおばさん、きょわい。


 「あなたも見苦しい事はやめなさい。ヴィヴィさんは何も持っていないでしょう。もうヴィヴィさんの優秀さを認めなさい。

 ヴィヴィさん、ギルドを通します。正式な依頼として、お嬢様の算術の家庭教師を引き受けていただけますか?」

 「待ってください。どこまで教えなきゃいけないのか分かりません。私の知識よりも高等な算術を望まれるのでしたら、他で家庭教師を探していただくのがよろしいかと思います。」


 そうよ、私文系だったのよ。高校の数Ⅰの半分ぐらいしかやってなかったのよ。しかもっ、柔道で疲れた体に授業中はほどよい眠りに誘う至福の時だったのよっ!! その後は死んじゃったみたいだし、高校の数学って何やってたんだろ・・・ 数学だけじゃないよね。全ての教科で学問をないがしろにしてたよね。戻れるものなら戻りたい。あそこで勉強をしたい。

 叶わぬ夢だとわかっていても・・・


 「嫌ですっ、わたくしはヴィヴィに教わりたいですわ。あ・・・ これからはヴィヴィ先生とお呼びいたしますわ。」


 ま、またもや、ヴィヴィ先生? ムーレヴリエ男爵親子に次いでレオンティーヌお嬢様までも?

 でも、私はお勉強から逃げていました。先生なんて呼ばれるほどの崇高な存在ではありません。


 「そうですね、これからはヴィヴィ先生とお呼びするのがよろしいかと思います。

 ロメーヌ、ベレニス先生の荷物をまとめて玄関までお送りしなさい。」

 「え、待ってください。

 ベレニス先生、お嬢様にどこまでの算術を教えようとしてたんですか?」

 「入学時までには掛け算割り算までは教えるつもりでしたよ。」


 「え?・・・・・ それ  だけ?」

 「あなたのような平民がそれ以上のことを理解などできるはずもないのに、それだけ、とは聞き捨てなりませんねっ。」

 「面積や体積の計算とか、分数や小数計算も、」

 「面積体積の計算方法は学園で学習します。その分数小数とは何ですか。聞いたこともありませんね。」


 えー、まだ分数小数の概念が無い時代なの? 小学生の算数よ。さすがにありそうな気がするけど。


 「私はその名前だけならアリステイド様の資料で見たことがありますよ。アポロドロス様率いる数学者の集団の研究内容にそんな名前を見かけたような気がします。ただ詳細は秘匿されていてどのようなものなのかは誰も知らないようです。」


 へ~、一応はそんな感じの概念はあるけど、世間一般には知らされていないということなのね。

 賢い数学者集団が知識を秘匿して優越感に浸りたいだけのクズ共だったら、その研究成果はまだ当分は世間に公表されそうもないわ。

 これならお嬢様に九九を教え込めば、算術は掛け算割り算無双ができそうよ。


 「ヴィヴィさんはその内容を理解していらっしゃるんですか?」


 おじいちゃん家令の目がキラーンと光ったような・・・・・ じっと私を見つめてくる。


 「い、いえ、私も風の便りに聞きかじった程度です。」


 おじいちゃん家令の私を見るいぶかしげな目は晴れることはなかったけど。


 「ヴィヴィさんを信用いたしましょう。

 では、ベレニス先生にはお帰り願いましょう。

 ロメーヌ、ベレニス先生をお送りしなさい。」


 ベレニス先生は『絶対後悔いたしますよっ!!』と捨て台詞を吐いて出て行った。


 「さて、算術の家庭教師の件、指名依頼の書類を作成させていただいてもよろしいでしょうか。」

 「それって、侯爵様立ち会いでなくてもいいんですか?」

 「家庭教師の件は私に一任されております。事後承諾でも問題はございません。」


 おじいちゃん家令との話し合い、お嬢様の希望とか聞きながら、算術の家庭教師の契約を煮詰めていく。もちろん魔法の家庭教師の打ち合わせも忘れない。

 朝のうちに魔法を教えたら午後に疲れて座学がおろそかになるのが明白だと、おじいちゃん家令の指摘で、午後の一日おきに魔法の授業になった。算術は魔法のある日の午前中の一刻となり、私は一日おきのお休みをもらえることになった。

 なんだか、一日おきにお休みって、あまり働いてる気分がしないんですけどっ!!

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