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68.まだセッキョーしたかったのに

 「ほ~、いい心がけです。せいぜい鞭で打たれないように問題を解き明かしなさいっ。」


 鞭で打たれないように、って、打つ気満々ですよね。自分より弱い者を虐げたくてウズウズするようなイヤ~な笑顔が気持ち悪い。


 「では、本日の問題を作ってきました。レオンティーヌ様の分しかありません。ヴィヴィはこれを書き写してから解いてください。」


 お嬢様の前に出された問題用紙、チラリと見れば二桁から三桁の足し算引き算が並んでいた。小学校の2年から3年ぐらいの算数かしら。お嬢様の年齢だったらもっと高いレベルの算数を学習してなきゃいけないんじゃないの。それとも貴族学園の学習レベルが低すぎるとか?

 お嬢様が写しやすいように問題用紙を私に向かって押し出してくれたけど、この程度の問題なら暗算で答えだけ出せるわ。


 「見えやすいようにしてくれなくても大丈夫です。お嬢様は問題に集中してください。」


 筆算で問題を解き始めたお嬢様、一問目の計算が間違ってるわ。


 「レオンティーヌ様、手を出しなさい。」


 はっとベレニス先生を見上げたお嬢様の目に涙がたまり震える左手が差し出される。

 まさか、この程度の間違いで打たれるとでも?


 お嬢様の左手に容赦なく振り下ろされる鞭、ぎゅっと閉じたまぶたからこぼれ落ちる涙。

 ビシッと打ち据えられる音・・・  は響かなかった。


 一瞬のうちに【身体能力強化】を発動させ、振り下ろされる鞭とお嬢様の左手の間に私の手を差し込む。鞭のインパクトの瞬間わずかに手を下げて衝撃を吸収させれば打ち据える音も出ない。私の手には鞭がぐっと押さえつけられた程度の感覚があるだけ。強化をしてるし痛みも全くないわ。

 何か話そうとベレニス先生の口がゆっくりと開く。情報処理速度が上がっちゃってるから何言ってるのか分からなくなりそうね。【身体能力強化】を解除しておきましょう。


 「ヴィヴィ、あなたは何をしているのです。答えを間違えたレオンティーヌ様に対しての罰なのですよ。」

 「体罰を与えても学習はできません。逆に萎縮させて学習に悪影響を与えています。」

 「何ですってっ、鞭打ちはアリステイド様から許可をいただいておりますっ。アリステイド様に異を唱えるのですかっ。」


 またもや振り上げられた鞭が、今度は私の手に向かって振り下ろされる。

 ん? 鞭の振り下ろされるスピード、この速度なら【身体能力強化】しなくても大丈夫そうじゃない?

 鞭のインパクトの衝撃を消して、音も出さずに鞭を受ける。

 鞭打ちの音が鳴らないことに苛立ったのか、何度も同じところへ鞭を振り下ろす。音は鳴らないし打たれたところは赤くもならない。

 これだけ打たれたら、皮膚が破れ血が吹き出てもおかしくはないのに、涼しい顔で鞭を受けてる私に激昂するベレニス先生。ヒステリー状態のおばさんになってますっ。

 鬼気迫る顔で鞭を打ちつけるベレニス先生、恐怖の表情で涙を流し続けるお嬢様、後ろで呆然と立ちすくむ侍女さんもアワアワするばかりで止めに入れない。


 最後は私の顔面を狙って鞭が振り下ろされた。

 顔で鞭を受けるのも気分が悪いわね。今まで打たれていた右手を上げ鞭を掴む。ちゃんと衝撃吸収のために手を引きながら鞭を掴んでいるから、打たれた音も出ないし痛みもない。

 ベレニス先生が掴まれた鞭を引こうとしたときに、私が鞭を奪い取る。


 「お、おやめください。酷すぎます。相手は子供なんですよ。」


 ようやく我に返った侍女さんが、ベレニス先生を止めに入った。でもここで止められても、すでに鞭は私の手にあるし・・・


 「か、返しなさいっ。その鞭で私を打とうと思っているのですかっ。」

 「何かを覚えるために苦痛を与えるなんて、ベレニス先生は間違っていますっ。私が同じ方法をとってベレニス先生が理解できるのか試します。」


 鞭を返せと差し出されている手の甲をめがけ下から鞭を振り上げる。しかも鞭を振る腕に【身体能力強化】を発動させて。

 インパクトの瞬間のグシャッて音は何? パーンじゃないの?

 手の甲を鞭で跳ね上げられた勢いで腕が跳ね上げられ、重心を崩して尻餅をつくベレニス先生。


 「なっ、何をするんですかっ!! それを返しなさいっ!!」


 慌てて手をついて立ち上がろうとするベレニス先生、手に力が入らずドシャッと倒れ伏す。

 体勢を崩した原因の手を持ち上げて確認するベレニス先生。


 「ギィャアアァァァ――――ッ!!」


 今まで痛くなかったのに傷口見た途端悲鳴上げるとか、傷を目にした途端に痛かったような気がし始めるっていう・・・アレよね。

 右手の指があっちこっち変な方を向いて、打たれた場所は皮膚が避け血がにじみ出してる。そろそろピューと血が吹き上がるのかしら。

 散々鞭で攻撃を仕掛けてきたタマネギおばさんだし、もう少し痛い目を、なんてことも考えたけど今の一撃で、叩かれたら痛いって事を身をもって理解してもらえたかな?

 潰れた右手を放置もできないし、治癒してあげないとね。

 タマネギおばさんに歩み寄れば、お尻をズルズルとずらしながら私から逃げようとする。


 「あ~~、た、助けて・・・ も、もう打たないで・・・」


 あ、まだ鞭を持ったままだったわ。こんなの持って近づいてきたらまた叩かれると思っちゃうわね。鞭を部屋の隅に向けてポイッと捨てる。両手をヒラヒラ振って、もう叩きませんよアピールをする。


 「打ちませんよっ。ベレニス先生の手を治癒しますっ。手を出してくださいっ。」


 鞭だって立派な武器よね。その武器を捨てて手のひらを見せながら近づいたおかげで、少しは警戒心が薄れたみたい。涙を流しながら震える右手を恐る恐る差し出してくる。


 手の骨が砕けちゃってる? 指が変な方向を向いてるし。まずは骨の修復ね 

 タマネギおばさんの手を私の両手で挟んで骨の修復をイメージして【治癒】を発動。

 【治癒】を行いながらタマネギおばさんに語りかける。


 「いいですか、答えを間違えたからといって叩いてはいけません。叩いても学習能力は向上しません。」


 光に包まれた手の骨が修復接合されていく。そしたら表面の皮膚の修復ね。


 「些細な間違いで叩かれる恐怖を植え付けてしまったら、学習意欲が失われてしまいます。楽しく学習できる場を作り、もっと教わりたいと思わせる事ができればいい先生になれると思います。」


 元通りに癒やされた手を確認して、勢いよく立ち上がったタマネギおばさん。


 「ヒ~~~~~~」


 ありゃ? 逃げていっちゃったわ。まだセッキョーしたかったのに。


 まあいいでしょう。タマネギおばさんよりもお嬢様のサポートをしてあげなきゃ。部屋の隅で侍女に抱きついて震えて泣いちゃってるじゃないの。よっぽどタマネギおばさんが怖かったんだわ。


 「お嬢様、もう怖い先生はいませんよ。」


 お嬢様が私に抱きついてきた。


 「ごめんなさい、ごめんなさい、ヴィヴィがベレニス先生に叩かれているのに怖くて動けなかったのっ。」


 私に抱きついて泣きじゃくるお嬢様・・・? 私より大きなお嬢様が私に抱きついて泣いてるシーン、絵にならないわっ。私がもっと大きければ、お嬢様をヨシヨシしてもカッコはつくと思うんだけど・・・・・


 「算術の先生がいなくなっちゃいました。今日だけ特別に私がお教えいたしましょうか?」


 顔を上げたお嬢様が首を縦に振る。


 「こんな難しい計算問題を教えていただけますのっ。わ、わたくしはヴィヴィに教わりたいですわ。」


 え・・・・・ これを難しいとか、多分このお嬢様はお勉強が遅れていらっしゃるのではないでしょうか。

 タマネギおばさんがお馬さんをダッシュさせるみたいに鞭で叩くのも、なんか理解できちゃいそう?

 いえっ!! ダメよ。鞭で打っても覚えないわよっ。優しく丁寧に教えるのよ。

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