67.タマネギおばさん
客間のテーブルで侍女さんが用意してくれた昼食をいただく。
私の隣に座るお嬢様がご機嫌なんですけど、なんだかとっても好かれているようだわ。
これから魔法の先生として接するんだから、嫌われるよりは安心できるんだけど。
「ねえ、ヴィヴィ、魔法のご教授は今日の午後はお願いできるのかしら。」
私が答えるよりも先に侍女さんに嗜められる。
「お嬢様、それはできません。午後は座学の教師がいらっしゃいます。ヴィヴィさんの魔法のご教授の件につきましても、セレスタン様がギルドへの指名依頼の書類を提出に行っておりますが、まだ帰られていません。魔法のご教授はセレスタン様がお帰りになってからのご相談となります。」
おじいちゃん家令がギルドに正式な指名依頼表と、その依頼を『風鈴火山』が請け負った書類も提出するように、私が書いた委任状も持っていってくれたんだった。その書類のやりとりが済んでようやく依頼が実行されるのよ。まだそんなすぐに教え始めなくてもいいということね。
「相談? わたくしは教えていただくことがもう決まってますの。誰かと相談する必要などございませんわ。」
「正式な依頼と請負が決定しましたら、座学の教師とヴィヴィさんとのスケジュールを相談して決めましょう、とセレスタン様がおっしゃっておりました。」
「これから、とても大事な魔法を教えていただかないといけないのですわっ。今更座学のお勉強などしていられませんわ。」
「そのようにお嬢様からアリステイド様へご進言をお願いします。」
「お、お爺さまがっ、魔法を覚えるように言ってたのよっ。」
魔法は覚えるべき事柄だけど、習うべき事柄は他にもたくさんあるはずよね。まさか、このお嬢様はそこから逃げ出したいだけなのっ。
「お嬢様は貴族学園で学ぶことになるのでしょう。そこは魔法しか教えないのですか。」
「そんな訳ありませんわ。王国史に始まり語学、算術、淑女のための作法とか領地運営の仕方や、わたくしは魔法使いなのに剣術までやらされるのですわ。」
「それらを何も覚えずに学園での座学を始める訳にはいかないでしょう。侯爵家の子女ともなれば、他の貴族家の子供達の手本となり導けるぐらいにならなければいけないのでは?」
侍女さん達がお嬢様の後ろでうんうんと頷いてる。
このお嬢様は、何かと理由を付けて逃げだそうとしているのでは・・・ 侍女さん達の心中お察しします。
「そうだわっ、ヴィヴィ達も私と一緒にお勉強をしましょう。みんなでお勉強すればきっと楽しいわ。」
何ですって――――っ。私達にまで勉強をしろですって?
え、私達? それって、ソフィもって事なの? ソフィは読み書きや算術は教え込んでるけど、王国史とか興味は無いと思うし・・・・・
でも、覚えたいと思っているのに私が勝手に断るのも悪いわね。ソフィに目を向けたら涙目でフルフルと横に首を振ってる。
そ、そうよね、ソフィには歴史は必要は無いわね。
「ソフィには王国史とかは必要無いと思います。私だけでよろしければ王国史のお勉強にお付き合いいたします。」
「何をおっしゃっているのかしらっ。あなたたちは字の読み書きがちゃんとできるのかしら?」
「セレスタン様に渡された契約書をしっかり読み込んでサインもしましたので、読み書きは大丈夫だと思います。」
「そ、それだったら算術よ。あなたたちは計算ができるとでも言うのっ。」
「お金のやり取りはしますので、加減乗除はできます。」
「な、なに? か・・・げ・・・ん・・?」
「足し算引き算掛け算割り算の事です。」
「掛け算ですって? な、な、なんでそんなことができますの。」
「そのくらいのお勉強はしてきました。」
「そ、それなら、淑女教育とか、領地運営とか、」
「それも私達には必要は無いでしょう。」
領地がある貴族という訳じゃないから、その運営方法を教わっても意味は無いでしょうし、平民のハンターとして生きていくのに今更淑女教育なんて必要とは思えないわ。っていうか、淑女教育なんてしなくてもニコにいろいろしつけられてた記憶が残っているのよっ。
「あっ、あっ、あなたは、このわたくし一人に全ての勉学を押しつけようとでも言うのですか―っ!!」
このお嬢様、言ってることが支離滅裂になってませんかっ。勉学にいそしむのが学園入学前の貴族家の子女の嗜みだと思うのですけどっ!!
その勉学に何の関係もない私達を引っ張り込もうなどとはっ・・・・・
・・・・・あ・・・ お嬢様のお勉強に対してのやる気を出させるために私が一役買ってあげれば、侯爵様からの追加報酬もあり?
こ、これは、交渉の価値ありだわ。侯爵様はどちらに、って今日は午後はお仕事で王城にいるんでしたっけ?
侯爵様が帰ってくるのを待って交渉なんだけど、お嬢様は今日の午後のお勉強があるのよね。まだ交渉前なんだけど、いいわ、大サービスでお勉強に付き合ってあげましょう。
「お嬢様、では本日の午後のお勉強は私がご一緒いたします。私にわからないことがあったら、お嬢様が教えてくださいね。」
「あ、ありがとう、一緒にお勉強を受けてくださるのね。ええ、何でも教えて差し上げますわ。」
目に涙をためて、うるうるしながら私の手を握ってきたお嬢様。そんな些細な事で大げさすぎでは?
お嬢様のお部屋で家庭教師の先生が到着するのを待つ。
「・・・あ、あの・・・ 今日は算術のベレニス先生が来ますの。」
「算術ですか。どの程度の学習レベルなんでしょう。」
まだ学園入学前の子供の勉強なんだから、小学校の算数レベルよね。その程度なら教えられなくても簡単に答えられるけど、私がすらすらと簡単に問題を解いちゃダメなのよ。
ここはお嬢様を立てなきゃいけないの。わからないふりをして、ここはどうすればいいんでしょう、とお嬢様の教えを乞う側でなければいけないのよ。
「が、学習レベルとか・・・ わたくしにはわかりませんわ。」
なんだかお勉強に向けて、不安を感じて落ち着かなくなってきている様子が見受けられるんだけど、先生って恐怖の対象なの?
扉がノックされ侍女と先生が入ってくる。
「ベレニス先生がいらっしゃいました。」
ノックを合図に椅子から飛び降りたお嬢様。私もお嬢様の横に並ぶ。
入ってきたおばさん・・・ 頭がタマネギよっ!! っと、いけない、まずはご挨拶ね。
お嬢様は先生と対面してカーテシーでご挨拶。
「ご機嫌麗しゅう存じますわ。ベレニス先生。」
私は平民の立ち位置としてカーテシーは控えて、深々と腰を折ってご挨拶。
ギロリと睨めつけるベレニス先生。目の吊り上がった怖いタマネギおばさんというイメージがぴったりね。
「侍女に聞きましたが、あなたがヴィヴィですか。」
「はい、ヴィヴィです。」
「アリステイド様からのご依頼で、レオンティーヌ様の学習の教鞭を執っておりますが、あなたが参加することでレオンティーヌ様の学習が遅れるような事になったら、あなたはどうなさるおつもりですかっ。見たところあなたは平民のようですが、数字が何であるのかさえも理解されていらっしゃらないでしょうっ。そのような平民風情に教えるとなったら、算術の最初から教えなければいけないと、理解しているのでしょうねっ。」
つばを飛ばしながら捲し立てる怖いおばさん。右手に持つ鞭で私を指し示す。教鞭を執る、って言うが如くに教えに鞭を使おうだなんて、このタマネギおばさんは淑女教育を受けているんでしょうか。話し方だってお下品でございますし、はしたないでございますわよ?
などと言おうものなら、どれだけの反撃を受けるか分かったもんじゃないわ。黙って受け流すのがベスト。の如くにお嬢様が萎縮して口を閉ざしちゃってる。
「私のことは気にしないでください。私はこの場でお嬢様の学習を見ているだけでいいです。」
「見ているだけなら学習の邪魔です。出て行きなさいっ。」
「見ているだけがダメなら、お嬢様と同じ学習レベルで私にも教えてください。もし私が学習を遅らせるようなことがあるようでしたら、その手に持つ鞭で私を打ち据えていただいて構いません。」
怖いおばさんには聞こえない小さな声で『打ち据えられるものならね。』とつぶやく。
お嬢様の耳には聞こえたようで、ばっと私を振り返りフルフルと首を振ってた。大丈夫よ。お勉強の最中に鞭打ちをする事がどんなに酷い事か、サディスティックタマネギおばさんに思い知らせてあげるわ。
「ほ~、いい心がけです。せいぜい鞭で打たれないように問題を解き明かしなさいっ。」




