62.エ・・・ エルフ――――――っ!!
あ、そうそう、話しかけてきたギルド職員、何の用だったの?
「あの・・・ よろしいでしょうか。」
声を掛けてきたギルド職員、さっき手紙を持って奥にいった人よね。その後に続く言葉は、
「ギルドマスターがお呼びです。2階へお願いします。」
え? ハンター証、預けちゃったんですけど、ハンター証置いたまま行ってもいいの。
「ギルドマスター優先でお願いします。ハンター証は作っておきます。帰りがけにお持ち帰りください。」
受付嬢からの指示が。
何なのっ!! 通常業務よりもギルドマスター優先って・・・・・ ま、まあ普通にギルドマスター優先になるのかな。
声を掛けててきたギルド職員に付いていこうとしたら、受付嬢からの注意が、
「こちらのギルドマスターの噂とか情報などは聞いてますか。」
「ムーレヴリエ子爵様から手紙を預かった時に、エルフの女性だと聞いています。」
「ご存じなら問題は無いですが、思っていた以上に若く見える、とお伝えしておきます。」
受付嬢の意味ありげな忠告を、頭の中で考えながら、ギルド職員さんの後ろについて階段を上がる。
『思った以上に』ってわざわざ忠告するぐらいだから相当若く見えるという事よね。
ムーレヴリエ子爵の話では、永くギルドマスターを務めているらしいけど、見た目が若い娘だって言ってたわ。
人族ならおばあさんぐらいの年寄りのはずなのに、エルフ族の特徴、長い期間を若いままでいられるって事なのね。うらやましすぎるわ。
ギルド職員さんの扉をノックする音が響く。コンコンコン・・・
「『風鈴火山』の皆様をご案内いたしました。」
「入ってくれ。」
ギルド職員さんが扉を開き、どうぞ、と促す。私達だけで勝手に入れって事なのね。それならパーティーリーダーの私が最初に入るべきよね。
私を先頭に4人が室内に入ってご挨拶ね。
部屋の中は応接セットと、その奥には執務用の大きな机。その机に山積みされた書類。ギルドマスターの執務室なのね。
執務中のギルドマスターが、書類から顔を上げる?
エ、エ・・・ エルフ――――――っ!!
・・・・・私と同じ? 銀の髪・・・ でも瞳は青だわ。エルフ族の特徴なのかしら。そしてエルフをエルフたらしめる髪から突き出るとがった耳。
そして、その風貌は・・・ うわ~、思った以上に若いって言うよりも、大人になりきれないあどけなさが残っている感じの・・・子供みたいな。
あ、そうじゃなくて、ご挨拶よ。
「失礼いたします。『風鈴火山』リーダーのヴィヴィです。私の横はソフィ、後ろはテオとニコです。」
「何だ、この変な子供は。リーダー? ああ、手紙には小さな娘がリーダーだと書いてあったな。」
変な子って言った、今、変な子って言ったわっ。
「変じゃありませんっ。普通の女の子ですっ。」
「その帽子とメガネは、誰が見ても変な奴と思われるぞ。
まあ、そんな事はどうでもいい。座ってくれ。」
どうでもいいですってーっ、と憤懣やるかたない思いで、ふんぬーってしてたら、ひょいと持ち上げられてポスンとソファの上に座らせられていた。
誰? と確認するまでもなくニコの手ね。ニコの突然のひょいが、怒りで熱くなってた頭の熱をスッと下げてくれたみたい。
重要な話で呼ばれたんでしょうから、冷静でなくちゃいけないわね。
私達4人が座った向かい側にギルドマスターの・・・ 少女と言うには大人びた顔つき。背の丈はソフィより少し小さいくらい。
大人びた子供? 子供じみた大人? どっちっ!!
私がエルフという種族に抱いていたイメージがガラガラと崩れ落ちるような感じ?
背が高くて細身の女性を想像してたのに。あ、待って、まだ成長過程なのかも。これからすくすくと成長していくのかも。
「おまえは何か失礼な事を考えていないか?」
私の考えを見透かしたようなギルドマスター。顔をブンブンと横に振る。
「そうか、それならいいが。
私がハンターギルド王都東支部ギルドマスターのエメリーヌだ。
で、ムーレヴリエ子爵の手紙だが・・・ ヴィヴィとソフィか、教国の暗部に狙われたという事だが、ふむ、子供に聞くよりはおまえに聞くのが無難だな。テオといったか、おまえ達はどうしたい。」
「待ってくれ、私に聞かれても決めかねる。決定権はヴィヴィにある。」
「子供に決めさせていいのか。」
「私は『風鈴火山』のリーダーなのよ。見た目が子供だからと軽く見ないで。」
「そりゃあ悪かった。帽子を深くかぶって耳を隠してるのはエルフ族であることを隠していたのか。」
「違いますよっ、私は人族です。」
「人の子供にしては、年齢にそぐわない聡明さを持ち合わせているようだが・・・
あ、いや、そうでもないか?」
そ、聡明なのっ、聡明じゃないのっ。
私を値踏みするように目を細めてじーっと見つめてくる。なんか、いろいろ見透かされているような気がするんですけど。
「・・・・・年齢相応のごく普通の・・・ちょっと賢い10歳児ですよ。」
「分かった、私の言うことを理解できると思ってしゃべるぞ。
ムーレヴリエ子爵の手紙では、ヴィヴィとソフィを教国を牽制している貴族家に繋ぎを付けてくれ、となっているが、おまえ達はその貴族家とはもう関わっていると思っていい。」
関わってるっていえば、レオンティーヌ・クレマンソーご令嬢。え~っと、侯爵様のお孫さんだったっけ。
「レオンティーヌ様ですか?」
「ああ、そうだ。侯爵家から連絡が来ている。『風鈴火山』が来たらすぐにでも屋敷に来るように、と伝えられている。表向きには孫娘が世話になった礼をしたいとの事だが、何か裏があるだろう。旅の途中で何かあったか?」
「え、え~・・・何もなかったとしか言えませんよ。」
クレマンソー家のお抱え騎兵さんに口止めされたんだし、いくらギルドマスター相手だとしてもしゃべる訳にはいかないわ。
「そうか、口止めでもされたか。ムーレヴリエ子爵の手紙からおおよその推測はできる。クレマンソー邸へ向かうのなら、私の手紙にムーレヴリエ子爵の手紙を同封しておく。それを持って行ってくれ。」
ちょっと、私からの情報を出していないのに推測できちゃうとか、これがムーレヴリエ子爵が言ってた老獪さってことなのっ。
「『風鈴火山』の今後の活動はどうするんだ?」
「あ、とりあえず王都を拠点にして活動するつもりなんですけど。」
「それなら、ギルドが連絡を取れるようにしておいてくれ。受付でどこに泊まってるか報告してくれればいい。」
ギルドマスターとのお話は終わったようで、私達は執務室を退出する。話が終わったからと言ってギルドを後にする訳にいかない。ギルドマスターのお手紙待ちなのよね。
ただ待っているだけなのも時間の無駄だし、受付カウンターで宿の紹介でもしてもらいましょう。
「ギルドマスターのお話は終わりましたか。」
「ええ、後はギルドマスターのお手紙待ちです。」
「そうなんですね。ハンター証ができてます。お持ちください。」
4人それぞれがハンター証を受け取り、刻まれた文字に間違いがない事を確認して首に掛ける。
これで私達はハンターギルド王都東支部所属の『風鈴火山』よ。
「それとクレマンソー侯爵様の指名依頼が出ています。こちらの書類もお持ちください。報酬は交渉の上で決定する、との事で報酬額が書かれていません。侯爵様ご本人と交渉してください。」
レオンティーヌ様の家庭教師を、とか言っちゃったからその件よね。約束したんだからしょうがないわ。請けましょう。
この支部での依頼の物色もしたいわね。でも、今晩の宿を押さえなきゃ。宿はテオかニコにお願いしちゃってもいいわね。
テオが受付に行ってる間に依頼ボードをのぞきに行く。
掃除や洗濯、買い物に荷物運び、って10歳未満のランク外の子が請ける仕事じゃない。D、Eランクのボードは、こっちね。街の外での薬草採取に、魔物の討伐はDランク魔物に限られるのね。
街の外へ出てしまえば、ランクの高い魔物が襲ってくる事だってあるんだから、Dランク以下の魔物に限らないって事よね。でも、王都の騎士やCランク以上のハンター達が、魔の森から魔物が出てこないように日夜頑張っているらしいから、強い魔物に襲われる事は少ないのかな。
テオが歩いてきた。その手には手紙を持ってる。宿の情報を聞いてる間にギルドマスターの手紙も手渡されたみたい。
「手紙をもらってきました。クレマンソー邸へ向かいますか。」
「今から向かったら夜になっちゃうわ。今日はもう宿で落ち着きましょう。」
「それなら宿は『ペガサス亭』を勧められました。ここは厩舎があって馬車も預けられるそうです。」
誰も反対をする事もなく、テオが御者を務め『ペガサス亭』へ向かう事になった。
夕暮れにはまだ早い時刻で人の往来も多く、馬車の進行には細心の注意が必要ね。あまり速度を出せず、人が歩く程度よりも少し早い速度で馬車は進む。
『ペガサス亭』の看板が掲げられた建物の前で馬車は止まる。まだ新しめ、ちょっとお洒落な感じの宿だわ。この外観は明らかにむさ苦しい系のハンターお断りよね。
テオを馬車に残し3人で宿に入る。入り口から中に入ればちゃんと正面に受付カウンターがあって、来客の応対をしてくれる。
「いらっしゃいませーっ。」
元気に声を掛けてきたのは、子供? 私と同じくらいの背格好の女の子がカウンターの向こうから挨拶をしてきた。
「お泊まりですか?」
ニコがカウンター越しに少女と話す。だって、私じゃカウンターが高すぎて顔を合わせてお話ができないんだもの。この少女は椅子の上にでも立ってるんじゃないのっ。
「ええ、3人部屋と1人部屋は空いてるかしら。」
「はい、空いてますよ。お一人様2食付きで12,000ゴルビーになります。素泊まりなら10,000ゴルビーです。連泊をご希望なら連泊割引ありま~す。」
「いえ、連泊の予定はないわ。」
「待って、ニコ。ここで活動するのなら連泊割引にしてもらえばいいんじゃないの?」
「明日は貴族街へ向かうんですよ。その近くで宿をとる事になると思います。」
「貴族街? 貴族家ゆかりの方々だったんですか。
失敗しました~、もっとふっかければ・・・・・」
最後にボソっと小さくつぶやいた言葉は、はっきりと私の耳に届いた。
カウンターをよじ登ってカウンターの上に仁王立ち。少女を見下ろす私が怒鳴りつける。
「あんたっ!! ふっかけようって言う事は、さっきの金額もふっかけてるって事なのっ!!」
「あ、いえ、そ、そんなつもりじゃ、」
「どんなつもりか知らないけど、12,000ゴルビーだなんて高いんじゃない?」
「うちは低ランクハンター向けの安宿じゃありませんっ。そこそこ稼げるハンターとか商人さんを相手にしてます。至極まっとうな価格設定ですよっ。」
「でも、ふっかければって、」
「それは、言い方がよくなかったです。ごめんなさい。貴族様のハンターもいらっしゃるので、貴族様向けスイートルームもご用意いたしております。そちらはいかがですか。」
「いらないわよっ。安い部屋で充分よ。」
「は~い。それじゃあ4名様48,000ゴルビーになりま~す。」
決まっちゃいそうになってるのをニコが止めに入ってきた。
「待って。馬車があるの。馬を2頭、飼い葉と水をお願いしたいわ。」
「承知しました~。え~っと、合計で62,000ゴルビーでお願いしま~す。」
先払いなのね。お金を払わずに逃げられたら困っちゃうしね。
ニコが精算を済ましてくれた。
ちょっとお待ちを~、といって女の子が奥へ引っ込んで大人の男の人を連れてきた。その人に指示してる。
「馬車一台と馬2頭、よろしくっ。」
その指示でいいの、って思ったけど、あいよって返事をしたおじさんが外へ出て行った。それだけで通じるのね。
おじさんに馬車を預けたテオが私達の荷物も担いで入ってきた。これでようやく部屋で休めるわね。




