5.既視感?
夢うつつに目覚まし時計のベルが鳴り響く。
ガバッと起き上がってまわりを見まわせば・・・・・ そ、そうよね。いつもの見慣れた私の部屋だよね。いつもの勉強机、横に本棚、通学鞄には今日の時間割の教科書も詰まってる。宿題もちゃんとやったし。
私はデキる女子高生なのよ。変な夢なんか忘れて現実に戻らなきゃ。
ちっちゃい頃にはアニメを見て魔法使いに憧れた事もあったけど、夢の中で魔法使いになるとか、ないでしょ。憧れてたのは小さい頃だけで、今はちゃんと現実を見据えていますよ。
今年は大学受験に向けて最後の年だし頑張らなきゃ。さっ、起きて出掛ける準備よ。
「お母さん、おはよう。」
「あら、美姫、おはよう。今日は早いのね。」
「うん、図書室で調べ物したいから。お父さんはもう出掛けたの?」
「お父さんは暗い内に出掛けたわよ。」
「働き過ぎなんじゃない? 最近日曜日の朝しか顔見てないんだけど。」
「そうねぇ、もう少し体を休めるように言ってるんだけどね。」
同級生の父親もおおかたそんな感じで働いているらしくて、顔を合わせる時間はほとんど無いって言ってた。
私はもうそれが普通だから苦にはしてないけど、咲姫ちゃんは幼いんだからもっと一緒に遊んであげて欲しい。
咲姫ちゃんは年の離れた妹でまだ5歳、幼稚園年長さん。日曜日にお父さんと一緒に遊んだ後、寝かしつけるときに言ってたらしい。
「お父さん、また遊びに来てね。」
お父さん、ショックを受けてた。朝早くに出掛けて夜遅くに帰ってきて咲姫の寝顔しか見てないんだから、咲姫も一緒に住んでるだなんて思わなかったんだね。
「あら、咲姫ちゃん、おはよう。もっと寝ててもいいのに。」
「おねえちゃん、おとうさんはかえっちゃったの?」
「お仕事だよ。咲姫ちゃんがいい子にしてたら、また来てくれるよ。」
「うん、さきはねぇ、いいこにしてるよ。」
か、可愛いっ。咲姫ちゃん大好きっ。ずっとお姉ちゃんが守ってあげるからね。。
「咲姫ちゃん、ここに座ってごらん。」
咲姫の背中まで伸びた髪の毛をブラシで梳かして、三つ編みを編み込んでいく。
「ほら、できたよ。」
「おねえちゃん、ありがとう。」
うん、可愛い。私が編んであげる三つ編みが咲姫ちゃんのお気に入り。お母さんも編んであげるんだけど、私がいるときは絶対私の所に来るんだよね。
「美姫、今日は早く行くんじゃなかったの。」
「あ、そうそう、行ってきま~す。
咲姫ちゃんも、行ってきま~す。」
「いってらっしゃ~い。」
玄関先までついてきてブンブンと手を振る咲姫ちゃん。今日も幸せな気分で一日過ごせそう。
近くの公園の中を抜けた先のバス停に向かって歩くと、朝も早くから走ってるおじさんがいた。たまに見るジョギングおじさん。私の方に向かって走ってくる・・・・・
あれ? この場所、あのおじさん、何か・・・・・ 既視感?
突然時間が間延びしたような感覚? 水中を歩くような感覚 ゆっくりと地に着く足
「あ~ぶ~な~い~っ!!」
間延びしたおじさんの声。手を伸ばして私の方へ向かってくるおじさん。おじさんの動きもゆっくりすぎる。
そう、私は知ってる。逃げなきゃ。何かが起こる。今朝見ていた夢、ここで起こる事を教えてくれる夢だったんだ。
頭の中では回避しようと必死で体を動かそうとしてるんだけど、私の体の動きまでが緩慢になって思うように動かない。
心は恐怖にとりつかれているのに顔の表情が変わらない。ゆっくりと足が出ていく。回避行動がとれない。出した足が公園の土を踏みしめるまでに長い時間がかかる。
あの衝撃が・・・・・
ガバッと飛び起きて、自分の体を探る。
大丈夫、裂けてない。生きてる・・・・・?
私の体はヴィヴィアンだった。既視感でも何でも無い。実際に体験した記憶を夢で再現しただけだ。
お父さんもお母さんも咲姫ちゃんも、もう会えない。もう二度と咲姫ちゃんの髪を編んであげられない。あの綺麗な黒のストレートヘアーを、
「う、うぐ、うわ~~~~~ん」
「ヴィヴィ、どうしました。大丈夫ですか。」
ニコレットがテントに飛び込んで来た。ニコレットの胸に飛び込んで泣き続ける。
「お嬢様、恐い夢を見ましたか? もう大丈夫です。私がここにいます。」
「ヴィヴィです、ニコ。」
「あ、はい、ヴィヴィ。」
どれだけ泣いていたんだろう。もう涙も涸れ果てた。
いつまでもメソメソしてたら咲姫ちゃん達も安心できないよね。うん、大丈夫、お姉ちゃんは前を向いて生きるよ。この世界でがんばって生きていけば、生まれ変わった咲姫ちゃんにも会えるかもしれないしね。その時は咲姫ちゃんの記憶が無かったとしても、すっごく可愛がってあげるからね。
「ごめんなさい、ニコ。朝の貴重な時間を費やしてしまったわ。私はもう大丈夫。」
「もう少しお休みになりますか。」
「いえ、もう明るくなってきたから、片付けて出発しないと。」
「今スープを温めています。食事にしましょう。」
相変わらず美味しくない塩スープに堅パンを浸して食べるといった食事だった。塩味スープは塩味スープでいいんだよ。これに出汁を入れてくれるだけで凄く美味しくなるんだけどな。まだ出汁の文化はないのかな。
そんなんでも、食べなきゃお腹が減るし、我慢して食べよう。
そこで野宿をした痕跡は全て消し、またもや林の中を進む。今日中に人里へ、人里でなくてもこの森の中を出たいよね。
前方の木の根元に見えてるのって、あれキノコ? 椎茸っぽい。食べられるのかな。
「ニコ、あそこに生えてるキノコは食べられる種類のキノコかな。」
「え? どこですか。
テオは見えますか?」
「いや、もう少し近づかないと分からないな。」
「ほら、この先の木の根元よ。」
ようやく木のそばまで来てテオもニコもキノコに気付いて、それを手に取る。
「このキノコは食べられます。採っていきましょう。」
「それならそっちの木の根元にも、あ、あっちにも、」
廻りがキノコだらけだった。うっわ~、これでスープの出汁が取れる~。少しは味が楽しめるかも。
袋いっぱいにキノコを採取して馬の背に乗せる。1個だけ手に取ってまじまじと眺める。 この形状はどう見ても椎茸よね。さて、椎茸で出汁を取るって言えば干し椎茸だわ。でも干してる暇なんかないし、何かいい方法はないかな。
ん? 魔法? そんな便利な魔法なんてあるわけないか。いや、待てよ。魔法はイメージだって女神様は言ってたわ。
この生の椎茸から水分を飛ばしたいんだけど・・・・・ 水分? 水? 水魔法?
椎茸の水分を・・・・・ 移動? 水分移動魔法、このイメージでやってみよう。
水魔法で~ 水を呼び出すんだけど~ 椎茸の中から呼び出すっ。
椎茸の横に水滴ができ落ちていった。手に持った椎茸はからからに干からびている。
「できた~っ。」
「ヴィヴィ、一体何を? どうしたんですか、そのキノコは。」
「ふっふ~ん、これでスープが格段に美味しくなるよ。」
移動中、私は馬の上で椎茸を乾燥させまくった。これでしばらくは椎茸出汁の塩スープだね。少しはましなスープになるよね。
今度は水袋に干し椎茸を放り込み後は放置。これで椎茸の戻し汁ができるわ。
この川沿いに下っていけば海に出られるかも。そしたら昆布を探して昆布だしもいいな~。さすがに鰹出汁は無理だよね。鰹節の製法知らないし。でも小魚があったら乾燥させて、それも出汁取れるんじゃないかしら。
その日は昼食は堅パンと水だけだった。今日中に森を抜けるために食事の準備も省かれた。夕食に期待しましょう。
とうとう木々の切れ間が見え森を抜けた。川に沿うように川下へ向かう道があった。
「ヴィヴィ、今日はこのあたりで休みましょう。明日はヴァランティーヌ教国の首都を避けて川下へ向かいます。」
「川下へ向かうのなら海へ出るのかしら。」
「ええ、海沿いを東へ向かいます。」
やった~、昆布よっ、これで昆布出汁は私の物だわ。
それより、ここで野営なら、いよいよ干し椎茸の出番よ。
「ニコ、鍋を出して。私がスープを作るわ。」
「ヴィヴィにそんな事はさせられません。私がやります。」
「いいえ、今日は私にやらせて。さっきのキノコを使ってスープを作るからニコは見てて。」
ニコから鍋を取り上げて、石を積んだ竈の上に据える。干し椎茸の戻し汁を張り火魔法で薪に火を付ける。戻した椎茸は細かくスライスして戻し汁に入れちゃいましょう。他の椎茸料理を作れないし、椎茸スープでいいでしょ。
火に掛けてる間に防御結界を張ってと、テントはテオが設営してくれてるし。
そろそろ塩を入れて味を調えましょう。出汁がしっかり取れていば調味料は塩だけでもすっごく美味しいはずよ。
「どうかしら、椎茸スープよ。」
「美味しいですっ。キノコを入れただけなのに、魔法なのですか。」
出汁の文化が無い所に、出汁を使った料理を出したら魔法に感じるのかもしれないのかな。まあ、ある意味出汁は魔法といっても過言ではないわね。魔法という事にしておきましょう。
「そうね、魔法だと思って。でも誰でも使える魔法よ。」
「私でも使えますか。」
「ええ、ニコもやり方さえ覚えられたらね。」
もっと・・・・・ お母さんに料理を教わっておけばよかった。いろんな料理を作ってくれて、それがいつも美味しくって・・・・・ 私がいつかお嫁さんになるときには、その味を教えてもらって、旦那様にも食べさせてあげたいって思ってたのに、
出汁の取り方しか教えてもらってないじゃない。何で料理を教えてくれなかったのよっ。