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48.私は弱い

 目の端でダダン姐さんがくずおれる。そうだっ、ダダン姐さんのケガ。

 倒れそうになるダダン姐さんを、テオが支えてその場に横たえる。


 「ああ、ヴィヴィ、私が護る必要がないほどにヴィヴィは、ウッ ゴボッ」


 ダダン姐さんが咳き込んだのと一緒に大量の血を吐いた。これって肋骨が肺に刺さったとか?


 「ダダン姐さん、しゃべらないで。」

 「ヴィヴィ、このケガではダダンはもうだめだ。ヴィヴィには最後の言葉を聞き届ける義務がある。」


 ジャックさん何言ってるの、縁起でもないことを。


 「そう  だ、私  のさいごの」


 ダダン姐さんの頬を張り倒す。パーンと小気味良い音が鳴り響き、唖然とした皆が押し黙る。ダダン姐さんまでも。


 「しゃべるなって言ってるでしょうっ!!

 ソフィ!! 来てっ!!」

 「はいっ。」


 真後ろから声がした。私の後ろまで来て待機してたってこと? ま、まあ、そばにいたんならいいわ。ソフィにこのケガの治癒の仕方を教えましょう。あ、その前に結界がないと生き残ったオオカミに襲われちゃうわね。【ナンチャラマンバリア】ドーム状、発動。


 「ソフィ、手を。」

 「はい。」


 ソフィの手を取って、ダダン姐さんの折れた肋骨の上に導く。


 「分かる? この骨が折れて内部に突き刺さってるの。まず、折れた骨の修復を優先させて・・・ そうよ、そうしたらその内部の骨で損傷した臓器の修復よ。」



 ダダン姐さんの苦しそうな呼吸が落ち着いてきた。肺の修復が進んで呼吸が楽になってきてるみたい。

 ダダン姐さんの胸元に置かれたソフィの手、その周りの温かな光を見つめてジャックさんが、


 「まさか、このケガが治るのか?」

 「心配はいらないわ。それよりもアルバンさんは大丈夫なの?」

 「あっ!!」


 忘れてたわね。ボスオオカミにどこかへ吹き飛ばされたはずだけど、ここへ来ていないってことは、ケガして動けないんじゃないかしら。

 あ、結界の外に人影が・・・・・ 槍を杖代わりにして歩いてくる。


 「結界を解除するわ。」


 付近を警戒していたテオと『ホークアイ』に注意を促す。

 結界が消えたのを確認したジャックさんが、アルバンさんに駆け寄って肩を貸して戻ってきた。


 「そこへ寝かせて。」

 「わかった、

 アルバン、自分で動けそうか。」

 「あ、ああ、問題はない。俺はたいしたケガじゃない。ダダンは大丈夫なのか。」


 寝られるように毛布を敷いてあげたけど必要なかったかしら。地べたにどんと腰を据えてジャックさんとしゃべってる。


 「ボスオオカミの突撃をもろに受けたんだ。大量に血を吐いてもうだめかと思ったら、ソフィの治癒魔法で助かったようだ。」

 「そんなひどいケガで助かるなんて神官並の治癒魔法じゃないか。そんな魔法使いがなんでハンターなんかやってるんだ。」


 アルバンさんの足首を見て、すごく腫れてる? 吹き飛ばされたときに変なつき方したみたい。骨が折れていないまでもヒビが入った可能性もあるわね。じゃあアルバンさんは私が治癒をしましょう。


 「何だっ!! ヴィヴィも治癒魔法を使うのかっ。」

 「治癒してるんだから静かにしてね。」

 「す、すまん。」


 よく見たら足だけじゃ無さそう。背中も強打してるわね。治癒の光を足下から体全体に広げていく。


 「すごい・・・・・ 暖かい・・・ 俺たちは無事帰れるのか。」

 「ああ、手柄はヴィヴィにとられちまったが、誰も死ななかったんだ。ヴァランティーヌ様とヴィヴィ達に感謝しよう。」

 「手柄はみんなのものよ。私がとどめを刺したけど、『魂の絆』は充分にダメージを与えて弱らせていたわ。私が手を出さなくてもジャックさんが仕留められたと思う。」

 「ああ、そうだな。そのかわりにダダンは死んでいただろう。それが助かったんだ。感謝はさせてくれ。ありがとう。」


 ダダン姐さんは?・・・ ソフィの治癒の暖かさに安心したみたいで、静かな寝息を立ててる。

 うっすらと空が明るくなり始めた。そろそろ夜が明けるわ。防御結界を解除した後、付近を警戒していた『ホークアイ』とギルドマスターが、ケガをしながらも生きているオオカミ達のとどめを刺すために歩き回ってる。

 

 光の矢が急所に当たらず倒れてもがいてるオオカミが相当数いた。まあ、中には足を引きずりながらでも逃げおおせたオオカミがいるかもしれないけど、こんな森の中では生き延びるのは難しいんじゃないかな。そいつらは放置ね。

 問題はケガもなく元気に逃げたオオカミよ。そいつらがまた徒党を組んで人を襲うようになったら困るんだけど。


 「今日は、逃げたオオカミを追って森の奥へ入ったりするのかしら。」

 「これだけたくさんのオオカミ共を討伐したんだ。逃げた奴らは数えるほどしかいないんじゃないかな。そいつらは放っといてもいいだろう。」


 ジャックさんが言うことも納得できるわ。あたりを見回せば・・・・・ オオカミだらけ。死屍累々ね。


 「じゃあ、俺たちも働くか。ダダンを頼んだぞ。」


 働くか、って聞こえはいいけど、オオカミにとどめを刺しに行くって事よね。私はやりたくないから、皆さんにお任せしましょう。お迎えの馬車が来るのをのんびり待たせてもらうわ。

 その間に、おなかも減ったし何か食べましょうか。背負い袋に堅パンが入ってたわね。

 テオが背負い袋を持ってきてくれた。器に水を張り塩を振って、堅パンを浸して柔らかくして口に運ぶ。相変わらず美味しくはないけど、おなかが減ってれば食べれるものね。

 あ、ダダン姐さんが起き上がった。目が覚めたのね。


 「大丈夫? どこか痛むところはない?」

 「いや、ありがとう。私はヴィヴィ達に救われたのだな。ヴィヴィを護らなければいけない弱い存在などと思っていた自分が恥ずかしい。私よりもはるかに強いんだな。」

 「そんなことないわ。私にはあんな大きな斧を振り回す力もないし、ダダン姐さんみたいな強靱な肉体も持ち合わせていないわ。」

 「強靱だって? オオカミの一撃で吹き飛ぶ程度の肉体だよ。」


 そのまま押し黙ってしまったダダン姐さん。私が何か言って元気づけたいんだけど、何言えばいいのか分からない。そっとしときましょ。


 「いやあ、腹がへった。俺たちも飯にするか。」


 お仕事は終わったみたい。みんなそれぞれ自分の荷物を持ってきて私達の近くに腰を据える。


 「お、ダダン、目が覚めたか。なにを暗い顔してんだ。」


 ちょ、ちょっと、ジャックさん、ダダン姐さんは傷ついてるのよ。そんな無遠慮に話しかけないで。

 ほら、返事もせずにプイッと横向いちゃったじゃない。


 「なぁんだあ~、ダダン、落ち込んでるのか? 塞ぎ込む前に助けてもらった礼は言ったんだろうな。」

 「ジャックさんっ、あなたたちは同じパーティーなんでしょ。そんなひどい言い方しないで。」

 「いや、いいんだ、ヴィヴィ。

 ジャック、私は弱い。護りたい者を護ることができないほど弱い。」

 「ああ、俺たちは弱い。そんなことは分かってる。モーリスがケガしたときだって俺たちの弱さを実感したよな。」

 「そうだ。あのときから鍛えてランクも上がった。強くなった気がしてた。それは私の驕りだった。」

 「ダダンは強くなってるよ。けどな、あのボスオオカミがヤバすぎた。あんなのと比べたら、俺たちはまだまだ鍛えなきゃならないって事だ。」

 「しかし、ヴィヴィは単独で倒してしまった。」


 いまだに球状の結界の中で、光の槍に貫かれ血を滴らせているボスオオカミを指さしてダダン姐さんは言った。


 「アレは私一人でやったことじゃないでしょ。斧を打ち付け、剣と槍を突き刺した最後に私がとどめを刺した。みんなで討伐したのよっ。」

 「私の攻撃がなくても、あの魔法一発で終わったんじゃないのか。」


 もう脳の回路が自虐に傾いちゃって戻ってこれなくなってない?

 これをなんとかするって私にはハードル高すぎよ。私が大人の女性だったら、そんなことないよ、って優しく肩を抱いてあげれば落ち着いたのかもしれないけど、こんな小さな子供じゃ無理よね~。

 でも、あどけない子供が何もしゃべらずにヒシッっと抱きつくのもいいかもしれない?


 ダダン姐さんの前に立ち首元に飛びついてぎゅうっと抱きつく。


 「な、何を突然、」


 何もしゃべらず抱きついていたら、ダダン姐さんの腕も私の背中に回された。微妙な力加減の抱きしめかたね。ぎゅ~っと抱きしめられたら、さっき食べたパンが出ちゃうところだったわ。


 「ありがとう、ヴィヴィ、元気づけてくれるんだな。」

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