47.【鉄の処女アイアンメイデン】魔法よ
野営予定地に着いたんだけど、この場所って大丈夫なの? 後ろに崖を背負って、野営に便利なように平らな場所は木は切り倒されて見通しはよくなってる。
見通しがよくなってる分、目の前の木の陰から突然襲われるというのは無さそうだけど。
「あまり崖の近くでの野営は危険だ。少し崖から離れるぞ。」
そうよね、断崖絶壁の崖って訳じゃないし、機動力のあるオオカミなら崖の上から襲ってくるわ。
野営と言えばおトイレよね。土魔法で便槽となる穴を地面に空け、その土を地上に盛り上げてトイレの壁とトイレの手前に立ち上げる目隠し壁を創る。
このトイレはことのほかダダン姐さんの好評価を受けたわ。
「すごいじゃないか。野営の時にはこういうのが欲しかったんだよ。でもこんなことに魔法を使って魔力は大丈夫なのか。」
「心配しないで。この程度はなんともないわ。」
ソフィは夕食の準備のために土魔法でかまどを創ってくれていた。
さあ、晩ご飯は焼き肉よ。香りに誘われて魔物や獣が寄ってくるから、野営で肉を焼いたりは絶対しないんだって言ってるけど、私達平気で肉焼いたりしてたわよね。私の防御結界で安心してたのかな。
で、夕食はオオカミをおびき寄せるために、焼き肉パーティーよっ。
そうそう、退治したオオカミはここからも見えるところの木に逆さ吊りにして、首チョンパよ。明日の朝には血抜きも完了よね。内臓を残しておくと内臓から傷み始めるから、腹を切り開いて内臓も掻き出してもらったわ。
しかもあんな目立つところに自分たちの仲間がぶら下げられてたら、オオカミ達も怒り狂って私達を必ず仕留めようとするでしょうね。
それって、激昂してるおかげで少々劣勢になっても気がつかずに襲いかかってくるって事じゃない?
そうなれば1頭も逃さず群れすべてを殲滅できるかも。
そんなことを考えているうちに、おなかも膨れて眠くなってきちゃったわ。お昼ご飯前にはずいぶんと体を休めたのにね。
他のみんなはおなかいっぱいになるまでは食べなかったみたい。それもそうよね、戦闘になって動きが悪かったら命にかかわるものね。後は残った生肉をポイポイと放り投げる。オオカミをおびき寄せるための生肉ね。でも、もうちょっと遠くに投げてくれないかしら。
木の枝で土の上にガリガリと線を引いていく。
「生肉を放り投げるのはいいんだけど、この線より外に投げてくれない。」
みんなが私の指示通りに線より外へ肉を投げてくれる。
それじゃあ、今回も【ナンチャラマンバリア】円筒状を発動させてと、
私達の周りが円筒状の光に囲まれる。あ、円筒の高さが後ろの崖より低いみたい。距離はあるけど、もしあの崖から飛び込んで来るようなオオカミがいたら困るわね。もっと高くしなきゃ。
スルスルと上に伸びる光の円筒、この高さなら大丈夫ね。よし、固定よ。
キンッという音ともに光が薄れ透明の防御結界の完成よ。
「おい、今の光は何だっ。」
「心配するな、ヴィヴィの防御結界だ。」
テオの言葉にダダン姐さんが私に食ってかかる。
「そんな巨大な結界を維持してたらヴィヴィが倒れてしまうだろうっ。すぐにやめるんだ。」
そんなことはお構いなしにテオの荷物から毛布を引っ張り出す。夕刻ぐらいでまだ寝るには早いかなと思ったんだけど、おなかが膨れると眠くなるのよっ。
「私は寝るから、オオカミが来たら起こしてね。」
「なっ、なぜ、魔法を維持したまま寝れる・・・・・」
もう、ダダン姐さんの言葉が最後まで聞き取れなかった・・・・・
「ヴィヴィ、ヴィヴィ、起きてっ。囲まれたわっ。」
ニコの緊迫した声で起こされる。ガバッと飛び起きたけど・・・ うん、大丈夫、疲れはない。睡眠もしっかりとれてるみたい。
結界内は火が焚かれていて近くは明るいんだけど、決壊の外は・・・ うじゃうじゃとオオカミの群れに取り囲まれてる。30~50頭ぐらいって言ってなかった? もっとたくさんいるわよっ!!
「ボスはどこにいるのっ。誰か見てないの?」
「近くには来てないっ。森の中に隠れているんだと思う。」
最初に討伐しようと思ってたのに、このボスは狡猾だわ。危険を感じたらいち早く逃げるつもりで後方待機なのかも。
しょうがない。逃げられるかもしれないけど、前にいるやつから順番で倒していくしか無さそうね。
ダダン姐さんが緊張した面持ちで問いかけてくる。
「結界を解いたら一気になだれ込んでくるぞっ。ヴィヴィ達には身を守る手段はあるのか。」
「結界内から攻撃をするわ。数が減ったら打って出るわよ。」
私の傍らに来ていたソフィに指示をする。
「ソフィ、手前のオオカミから順に倒していくしか手は無さそうだわ。私はボスが隠れていると思う方角に光の矢を放つわ。ソフィは反対側をお願い。」
「任せてっ。」
ソフィが反対側の崖側に向かって駆けていく。結界に手を当て光の矢を形成し始める。
「ソフィっ。初弾はタイミングを合わせて。」
私も光の矢を形成する。しかもソフィが結界の外にずらりと並べた光の矢のすぐ横まで、ソフィが出せなかった場所をすべて私がカバーする。これで360度すべてに光の矢が突き出た。
「ソフィ、行くわよっ。3 2 1 撃て―――っ!!」
光の矢が360度全方位に向けて打ち出される。結界にかじりつくようにひしめいていたオオカミ達がバタバタと倒れる。
とどめを刺せなくたってその場に放置よ。絶命してなくても、ひしめき合ったオオカミに後ろを阻まれて後退することもできない。
戦闘不能になった倒れたオオカミを踏みつけ後ろのオオカミ達が襲いかかってくる。
私達だってただ見てるだけじゃないわ。光の矢次弾装填、私の動きに気づいたソフィがすぐさま合わせてくる。発射―――っ!!
光の矢の2回の掃射でようやく危険だと察知したみたい。後ろのオオカミ達が森へ走り去る。
だけどそれを黙ってみているほど甘くはないわ。逃げ去るオオカミの後ろから3弾目、4弾目、5弾目の無数の光の矢を撃ち込めば、尻を向けて逃走中のオオカミ達がバタバタと倒れる
う~ん、森の方が暗くてどのくらい逃がしたのかがわからないわね。しょうがないわね、【周辺警戒】魔法みたいなのをまたやってみる?
マナに感覚を乗せて・・・・・ 感覚を 広げて~ 広げて~
嘘っ!! 後ろの崖の上に何かがっ。
「いたっ!! ボスっ。崖の上よっ。」
危険よ。ボスの身体能力がわからない。筒状の結界の上を飛び越えられたら、結界内が修羅場になるわ。
慌てて【ナンチャラマンバリア】円筒状の形状をドーム状に変形させる。
よかった、上から攻撃をされなくて。でもドームで囲った中で火を焚いてるから長引くと酸素がなくなっちゃうのよね。
崖の上から飛び出す巨大な影?! オオカミってあんなに大きくなるのっ!! カバとかサイぐらいの大きさじゃない?
その巨大オオカミが明らかに敵と認識して私に狙いを付けて跳んできた。
ボスは私を食いちぎろうとでも思っているのか、牙を剝きだし跳んでくる。自分の足がつくはずの地面よりも遙かに手前に防御結界があることに気づかずに。
結界についたボスの前足には力が入っていない。そのまま鼻先が結界表目で強打。
ガンッという音が結界内に響き渡った。ボスはドーム状の結界表面をズルズルと滑り落ちてるけど・・・ ガシガシと牙をたてて怒りのうなり声を上げてる。これって結界衝突のダメージはなかったの。鼻先からぐちゃっといったわよ。
ダメージがないならないでしょうがない。切り換えましょう。光の矢で仕留めてやるわ。
腹をさらして結界を滑り落ちるボスに光の矢を射出っ。何十本もの光の矢が突き刺さりボスは弾き飛ばされる。
「やったわ。」
「まだだっ、気を抜くな。」
え? 立ち上がって、飛びかかってくる? ケガもしてない? 光の矢は刺さらなかったの。
もう一度よ。光の矢を形成して、射出っ。
避けられた? ウソ、光の速度は目で追えないはずよ。なぜ避けられるの?
「私達が奴を倒す。ジャック、アルバン気を引き締めろっ!!」
「待って、ダダン姐さん。光の攻撃が避けられるのよ。無理よ。」
「奴はヴィヴィを見ている。ヴィヴィの動きを見て攻撃のタイミングを覚えたようだ。」
なんですってー・・・・・ って・・・ そういえば魔法発動に手を動かしたりしてたわね。その癖を覚えたって事なの――っ!!
「いいかっ、私達が出る一瞬だけ結界を解け。」
「待て、俺も出よう。」
「だめだ、モーリスはヴィヴィ達を護れ。私達が倒れても絶対に結界内から出ずに朝を待て。明るくなれば奴も諦めて引き上げるだろう。」
「そんなこと言ったらダダン姐さんだって、この中で朝まで待てばっ」
「我々はハンターだ。アレを討伐しなきゃいけない。そして今奴の喉元に刃が届くのは『魂の絆』だけだ。」
「わかったわ。」
「わかってくれたか。では結界を消す合図をするが、その前に魔法で奴を牽制してくれ。」
攻撃が止まっている間、防御結界にガシガシと牙を立てるボスオオカミ。この状態で結界解除はできないわ。
今度こそ少しでもダメージを与えてダダン姐さんの負担を減らさなきゃ。
光の矢の大連射っ。ボスオオカミにダダダダッと絶え間なく撃ち込まれる光の矢。撃ち込まれる矢の勢いでボスオオカミは吹き飛ぶ。でも連射をやめないわっ。吹き飛んだボスオオカミを狙って執拗に光の矢をたたき付ければ、ゴロゴロと転がりながら結界から離れていく。だけど、無傷? このボスオオカミ、硬すぎよっ。
「ヴィヴィ、今だっ!!」
ダダン姐さんの合図、すぐさま【ナンチャラマンバリア】解除、『魂の絆』がボスオオカミに向かう。私はもう一度【ナンチャラマンバリア】ドーム状発動。
ダダン姐さんが突進しながら、重そうな戦斧を頭上でブンブン振り回し最後はハンマー投げみたいに回転して勢いのついた戦斧をボスオオカミの横顔に叩きつける。
でもボスオオカミも戦斧が叩きつけられるのを待ってるわけじゃない。ダダン姐さんに向けてダッシュ、肩口に戦斧が突き刺さるもダダン姐さんに激突。ダダン姐さんが吹き飛ばされた。
戦斧が刺さった位置をめがけてジャックが剣を突き刺す。逆から突進したアルバンの槍が目に突き刺さった。
グオオオオオ――――――――!!
断末魔の悲鳴なのか、威嚇の吠え声なのか・・・・・ 立ち上がるボスオオカミ。頭をブンと振れば目に刺さっていた槍ごとアルバンが吹き飛ぶ。ボスの一つ残った視線が足をブルブルと震わせながらなんとか立ち上がったダダン姐さんに向いた。
だめっ、ダダン姐さんを助けなきゃ。
「マスター!! ホークアイ!! ソフィを護ってっ!!」
【ナンチャラマンバリア】解除と共にダダン姐さんに走り寄る。私の行動はテオとニコにはお見通しね。二人がすぐ横を走る。
ボスオオカミもダダン姐さんへ? 違うわ。私にターゲットが変わった? 私をにらんでダッシュ。ジャックが追いすがるも追いつけない。
一瞬で距離を詰めてくるボスオオカミ。だけど、余裕よっ。【ナンチャラマンバリア】発動。
ボスオオカミが光の結界に激突。すぐさま迂回しようと横に動いても結界、上に飛んでも結界。そう、私達を護る結界じゃない。ボスオオカミを閉じ込める球状の結界。
こんな硬い魔物には矢が効かないみたいだから、槍でとどめを刺すわ。
球状の結界の内部にボスオオカミに向かって無数の光の槍がニョキニョキと生える。
そして、防御結界の縮小、光の槍がゆっくりゆっくり、ズブリズブリとボスオオカミに突き刺さっていく。
ガアアアアアアアア―――――――――― ァァァァァ・・・・・
今度こそ断末魔の悲鳴ね。球の下に吹き出した血がどんどんたまっていく。しばらくこのままにしとけば血抜きもしっかりできるわね。
ジャックの一言。
「なんだ、このえげつない魔法は。」
「防御結界を利用した新しい魔法よ。その名も【鉄の処女アイアンメイデン】魔法よ。」
「なんだか、名前までえげつない感半端ねーな。」
そりゃそうでしょ、拷問具の名前なんだもん。




