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36.水魔法の習得

 すごすごと邸に向かうフロランタン男爵にジェロームが駆けよりこそこそと話しかけるけど、聞こえてるわよっ。


 「父上、あの娘は先生と呼ばれたいらしいのです。父上もヴィヴィ先生と呼んでやれば気を良くしていろいろ教えてくれるでしょう。」

 「違うわよっ!! 教わる側の心構えの事を言ってるのよっ!! その考えを改めない限りもう教えませんっ!!」

 「ちょっと待て、ジェロームに教えないのはジェロームの自業自得だと思うが、私には教えてもらえるんだろうな。」

 「フロランタン様は私が教えている間だけでも、私を師と仰ぐことはできますか。」

 「教えてもらっている間だけではないぞ。剣術の師匠、学問の先生、私はいまだに師と仰いでいる。あの美しい技を伝授されるのなら、私の命尽きるまで師として敬おう。」

 「ちょっと、それ重すぎます・・・・・ けど、分かりました。フロランタン様にはお教えしましょう。」

 「ええっ、僕にはっ」

 「ふむ、ジェローム、おまえには人を敬う気持ちが欠けておる。その点を反省してヴィヴィ先生に許しを請うのだ。」

 「平民の娘ですよっ。」

 「おまえは自分が何者だと思っている?」

 「僕はムーレヴリエ男爵家の長男です。」

 「そうだ、男爵家の長男だ。爵位を持っているわけではない。私がおまえを放り出せば、おまえがさげすむ平民と同じ待遇だということに気付かんか。」

 「そ、それは・・・・・ 」

 「この私も男爵ではあるが、私の力でいただいた爵位ではない。先々々代が武勲を立て叙爵された爵位を私が守っているだけだ。だから、いざ戦となれば前戦へ駆けつけ王のために戦う覚悟を持っている。いずれ私の男爵位を引き継ぐつもりならばおまえもその覚悟を持たねばならん。」

 「フロランタン様、ご子息はまだ子供です。そこまでの覚悟は、まだ早いかと、」

 「ぼっ、僕は子供じゃないっ!!」

 「子供に子供だと言われて怒るところが、まだまだ子供なのだ。ヴィヴィ先生はおまえに比べたらよっぽど大人だぞ。さっさと謝罪して教えを請うべきだ。」

 「う・・・ う・・・・・  うわ~~~~~~」


 泣きながら走って逃げちゃったわ。私のせいじゃないわよね。この父親の心ない言葉がいけなかったのよ。決して私じゃないわっ!!


 「すまん、謝罪もせずに逃げ出してしまったな。」

 「謝罪の前に、お子様に対するフロランタン様の言葉が冷たすぎます。子供はもっと褒めて育てましょう。」

 「待って下さい。ヴィヴィさんの言葉もキツいものがありますよ。ジェローム様にはもっと優しく接してあげて下さい。」

 「いや、ベルトラン、私の育て方が甘かったようだ。男爵位を継がせられるようにもっと厳しく育てねばならんな。

 ヴィヴィ、ジェロームには謝罪するようにしっかり言い聞かせておく。謝罪を受けてもらえたら、ジェロームにも稽古をつけてもらえるか。」

 「それは構いませんが、あのジェローム様が謝りますか?」

 「ああ、大丈夫だ。任せておけ。」


 フェリシーちゃんと私、二人が残された庭先、フェリシーちゃんが自信なさげに話しかけてくる。


 「あの・・・ ヴィヴィ先生、私は魔法はできないんでしょうか。」

 「フェリシーちゃんのお父様が言った事は気にしないで。きっと魔法は使える。私を信じて。」

 「はいっ、ヴィヴィ先生。」


 う~ん、いい返事。絶対に魔法を使えるようにしてあげるっ。


 「さっきは光の精霊の話はイメージしにくかったかもしれないわね。水の精霊はイメージできるかしら。」

 「本で読んだことがありますっ。水の精霊様は知ってますっ。」


 そうよ、イメージしやすい精霊がいいに決まってるのに、なんで最初に光にしちゃったかな~。ソフィの時だってそうだったじゃない。使いやすい風魔法から入ったのよね。フェリシーちゃんも入門編として水魔法から入ってみましょう。


 「いい? 私達の廻りには精霊の力が満ちあふれているわ。その中には水の精霊の力もあるの。その水の精霊の力を集めて水を呼び出すの。」


 フェリシーちゃんの両手を取って手で水をすくうような形にさせて、その上に水の球を呼び出す。水の球はフェリシーちゃんの両手の上に落ちる。


 「水ですっ。ヴィヴィ先生、凄いですっ。」

 「今の水が出現した感覚を感じ取れたかしら。」


 コクコクとうなずくフェリシーちゃん。ホントに感覚をつかめたのか分からないけど、実践してみたほうが早いわね。

 廻りを見れば庭の隅にガーデンテーブルとベンチがあった。フェリシーちゃんを連れて行ってベンチに座らせる。ってベンチ低すぎよっ。ここで男爵家の家族が食事したりとかしないのっ。


 「あ、ヴィヴィ先生、私がここに座るときはこれを置くんです。」


 フェリシーちゃんが横に置いてあった台を持ってきてベンチの上に乗せヒョイッと台の上に座る。


 「そ、そうよね、子供用の台が用意されてるわよね。こっちの台がジェローム様用の台ね。これは私がお借りするわ。」


 これでテーブルでの作業ができる高さになったわ。何か作業をするわけじゃないんだけど。でも手を組んで水の精霊にお祈りをするんなら、このくらいの高さは欲しいわね。


 「では水の魔法を試してみましょう。本来魔法を発動させるために呪文を唱えています。でも呪文は皆が同じ呪文ではありません。いろいろな言葉を発しながら魔法が発動した時の言葉を呪文としているようです。本当は呪文はいらないんですけど、フェリシーちゃんがイメージしやすいように呪文というよりは、お祈りの言葉を唱える、と考えたほうがいいかもしれません。」

 「お祈りですか? ヴァランティーヌ様に捧げるお祈りみたいな?」

 「そう、そのお祈りでいいんです。水の精霊様にお祈りしましょう。

 水の精霊様、私の両手を満たすだけの水をお出し下さい。」


 私の両手の上にバシャッと水が落ちる。


 「こんな感じなんだけど、フェリシーちゃんは両手を組んでお祈りをする?」

 「はい、胸の前で両手を組んでお祈りを捧げます。」

 「じゃあ両手を前に出せないわね。コップを持ってくるわ。フェリシーちゃんはそのままここでお祈りしててね。」


 厨房まで取りに行かないとコップなんてないわよね。あたりに何か噐が無いかと見まわしたけど無さそうね。厨房まで行ってきましょう。

 後ろでバシャッと音がした? え!? 振り返れば、フェリシーちゃんとバッチリ目が合った。


 「ヴィヴィ先生っ!! できましたっ、水が出ましたっ!!」


 ええ~ こんなに早くマスターしちゃったの? もう少しかかるかと思ってたのに。もうコップなんかいらないわね。

 あわててガーデンテーブルに戻る。確かにテーブルの上に水がこぼれた痕跡が。


 「どのくらいの水を呼び出したの?」

 「さっきヴィヴィ先生が私の手の平に出したぐらいです。」


 まわりを見まわせば、庭には木桶が放置されてる。木桶を持ってきてテーブルの上にドンと置く。


 「私の魔法を見ていて。」


 木桶一杯分の水のイメージ、発動。ザブンと木桶にたっぷりの水が貯まる。

 その水をこぼしてフェリシーちゃんに問う。


 「このくらいの水を出せるかしら。」

 「やってみます。

 水の精霊様、この木桶を満たせるほどの水をお出し下さい。」


 ザブンという音と共に木桶が再び水で満たされた。

 フェリシーちゃんは水の魔法をちゃんと制御できてる? これよりもたくさんの水は呼び出せるの?

 テーブルから離れたところにフェリシーちゃんを連れて行って、直径2mぐらいの水球をイメージ、そして発動。呼び出された直径2mの水球はその場にバッシャーンと落ちる。


 「これくらいの水はどう?」

 「ヴィヴィ先生は凄いです。私にはそんな大きな水は無理そうです。」

 「無理かどうかではないの。フェリシーちゃんがどこまで魔法を制御できるのかを確認したいの。」

 「分かりました。

 水の精霊様、ヴィヴィ先生が呼び出したぐらいの水の球をお出し下さい。」


 またもや呼び出された直径2mぐらいの水球、バッシャーンと落ちて庭が水浸しだわ。

 これは完全に水魔法が制御できてると考えていいかも。でも、これほどの水魔法を使えるとなると・・・・・ ソフィみたいに、よからぬ輩に狙われるかも。こ、これは釘を刺しておかないと。

 もう一度フェリシーちゃんをベンチに座らせて、こんこんと諭す。


 「いいこと、これだけの規模の魔法を自在に操れる魔法使いはほとんどいないわ。」

 「え? ヴィヴィ先生は?」

 「私以外にほとんどいないわ。」

 「じゃあ、ヴィヴィ先生は最強の魔法使いなのですねっ。」

 「待ってっ、そういう認識はしないで。ごく普通の魔法使いよ。」

 「私にあれほどの魔法を教えてくれたんです。普通の魔法使いには収まりませんっ。」

 「普通の魔法使いを越えた力を持てば、その力を欲しがる人達に狙われるの。」

 「でも、ヴィヴィ先生は、」

 「私も狙われてるらしいのよ。だからルクエールを離れて王都へ向かうことになったの。だから、フェリシーちゃんは魔法を使える事を誰にも教えないで。」

 「え、でもお父様には、言っておかなきゃいけないと思うんです。」


 そうよね、魔法なんて無駄なことをと言われたんだし、父親の鼻を明かせてやりたいわよね。鼻を明かすってだけじゃなくて、父親として娘の能力の把握は必要かも。それを伝えるときには私も同席しましょう。


 「分かったわ、フロランタン様に伝えるときには私も一緒にお話をします。でも、水魔法で出せる水はこの木桶一杯分の水が限界だと伝えて。生活に便利程度の魔法だったら危険視されることもないでしょう。」


 首を縦にブンブン振ってくれてる。よかったわ、納得してくれたみたい。

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