3.死後の記憶
崖を落ちていく馬車の中、ニコレットの腕の中でわたくしの意識が白く輝く光に包まれました。
そう、これはヴァランティーヌ様の元へ召されるのでしょう。
お父様お母様、わたくしはヴァランティーヌ様の元へ召されます。悲しまないで下さい。いつか会える日もあるでしょう。
娘よ、意識は保てていますか
だれ? ここは?
そうだ、通学途中だったんだ・・・・・
なにがおきたの・・・・・
突然の衝撃、どんな衝撃? どこからの衝撃?
すぐ目の前にいたおじさんの声・・・・・ 『危ないっ!!』
意味がわからず、え? と考え込んでしまった
その直後の衝撃
きっと車に跳ねられたんだ
ごめんね、おじさん、おじさんの声に反応して動いていれば助かったかも
この真っ白な世界、白以外の何もない世界、きっと死んじゃったんだ
意識はあるようですね
「誰なんですか。」
誰と問われてもわたくしには名はありません
「では女神様とお呼びしてもよろしいですか。」
ええ かまいません
「私、死んじゃったんでしょうか?」
時空間の亀裂に巻き込まれ あなたの肉体は滅びました
亀裂の修復の際 あなたの魂を見つけました
放置してもいずれこちらの世界の輪廻に組み込まれますが
転生に際してのあなたの希望があれば聞きましょう
「希望って、女神様が人の我が儘を簡単に聞いていいんですか。
そのような事はしませんし した事もありません
今回は謝罪の意味も含まれております
「謝罪って、女神様のせいで私が死んだんですかっ。」
いえ 始祖様の眷属のしでかした事です
「始祖様とか眷属とかって分からないんですけど、女神様も眷属なんですか。」
わたくしは始祖様が生み出した分体です
眷属は人の中で強大な力を持った者を死後 始祖様が召し抱えます
あなたの住む世界にいた眷属が 何かをしたようです
異変の兆しを感じ その場所で待機したところ
局所的な時空のひずみを引き起こし 時空間に亀裂が生じ
刹那の刻 こちらの世界とつながりました
その亀裂の向こう側に二つに裂けたあなたの肉体を確認しました
「ちょっと待ってっ、二つに裂けたって、ど、どういうふうに・・・・・」
縦に二つですね
うっわ~ 聞かなきゃよかった。すっごいグロテスクな物想像しちゃった。そんな死に方したら、お父さんやお母さん、ましてや幼い妹には絶対に見せられないよね。お葬式は黒いビニール袋に包まれて誰の目にも触れずに火葬されちゃうんだね。
そっか~、もう家族には会えないのか。でも、元気だよって伝えたい。そうだっ、希望を聞かれてたんだ。女神様眷属様経由で家族に伝言を
それは無理です
「私の考えてる事が聞こえるんですかっ。」
わたくしはあなたの魂に直接語りかけています
声を出しているつもりでも あなたも魂で語っています
あぁそうか、肉体がないんだもんね。口で喋ってるつもりになってただけか。
「あ、家族への伝言が無理って言うのはどうしてでしょう。」
時空が歪んだのです
二千年以上過去の空間とつながってしまいました
時間を越えての連絡手段はありません。
「え、眷属様はそれを歪めてつないでしまったのでしょう? その眷属様にお願いすれば、」
それは危険が伴います
各世界間を手順を踏まずに繋げようとする行為は
世界間の境界を崩壊させる恐れがあります
ええ? 崩壊ってどうなるの。世界の全てを吹き飛ばすような大爆発とか起こるわけじゃないよね。
何も無い 無 の世界 創世の前の世界に戻ります
「全ての世界の全ての生き物が消えてしまうって事ですか? 始祖様は・・・・・ 救って下さるんですよね。」
始祖様は 何もしません 見ているだけです
「その、始祖様って何もしない・・・・・ ただ見てるだけ? 何のためにいるんですかっ。」
始祖様は 人々の中から眷属となれる者が現れるか 見ているだけです
世界が崩壊したのなら 新しく世界が形成されるのを待つだけでしょう
「女神様も何もせず見ているだけなんですかっ。」
わたくしは せめてこの世界が崩壊しないようにと 見守っています
あなたに時空間の亀裂を塞ぐ力を与えます
その力を使う機会があるかは分かりませんが
「そんなものいりませんよっ。私は私を愛してくれるお父さんとお母さんと静かに暮らしたいですよっ。こんな記憶も無くてけっこうですっ。」
そうですか この世界で暮らすには危険もありますので
力は授けておきます
あなたが危機に陥ったときに あなたとあなたの周りの人達を救えるように
記憶と力を解放するようにしましょう
「危険なんですかっ。」
大気中にマナとか魔素とか呼ばれる物が存在します
マナや魔素は他の世界の呼び名ですが
この世界ではそのようなイメージは確立していないのです
そのマナの濃度が濃い場所にいる知性を持たない生命体が 魔物化します
そのような魔物が徘徊する世界です
「家から出られないんですか。」
そんな事はありません 魔物達を狩る職業もあります
魔法が普通にある世界ですからね
魔法っ、サ、サリーちゃんになれるの? ホウキにのって飛び回ったりできるの?
始祖様の世界では魔力で従魔を形成して空を飛んでいます
この世界では風の魔法で飛べると思いますが
飛べるほど強い魔法を放てる者はいません
え~、風の魔法? スカート舞い上がっちゃうじゃない。却下ね。
この世界では 体内に魔力を持つ者がほとんどいません
そのため体内の魔力を操作する方法が確立されていません
魔法を使うにも大気中のマナに働きかけ
自分の意思で任意の事象を起こさせるのですが
そのきっかけとして呪文を口にするという方法をとっています
呪文は定型文ではではなく それぞれが事象をイメージしやすいように口にします
本来はしっかりしたイメージでマナに働きかければ 呪文など必要ありません
ただ この世界の人々はマナや魔素といったものの存在を認知できていないので
魔法の威力はそれほど大きくはありません
覚醒した暁には いろいろな魔法を試してみて下さい
「何の危険も無ければ、覚醒しない事もあるんですよね。普通の人生を送って無事に寿命を迎えたりすれば、」
はい あなたが幸せな人生を送れるように祈ります
でも 未来は確定ではありません
最後に あなたの体内に魔力を宿しておきます
時空間の亀裂を塞ぐのに使える力です
一度時空間の亀裂に引き裂かれたあなたです それを呼び寄せる事も考えられます
体内の魔力は他の使い方もできます 使えるかどうかはあなた次第です・・・・・
女神様の声が遠ざかっていく。
え・・・・・ 待って、もっと聞きたい事があるのに・・・・・
・・・・・ これは ・・・ 今現在の会話じゃない?
過去の記憶? いつの?・・・・・