24.苦行を強いられてる気分
朝一番っ、ベルトランさんの馬車でお魚市場を目指す。ベルトランさんもいろいろと買い付ける物があるって言ってた。でもお魚市場は朝捕れたお魚ばかりで、商品として買い付ける物は無いんじゃないのかな。自分達が食べる程度のお魚を買ってくるぐらいね。
ベルトランさんのお目当ては内陸部に持って行ける魚の干物だって話なんだけど、干物の製造ができるのに、なんで煮干しの製造をやってこなかったのかしら。
基本的な出汁を取るといった調理の文化が広まっていなかったからなんだと思うけど、大丈夫、ここからいりこ文化が広まっていくのよ。いえ、いりこだけじゃないわ。コンブやシイタケ出汁も広めてあげる。私の食の未来は光り輝いているのよっ!!
「ど、どうされました。ヴィヴィ。」
「え・・・・・? 何でも無いわ、気にしないでっ。」
な、なんか、妄想にひたってジェスチャーしちゃってたみたい? 変な子に見えちゃったかしら。って、テオやニコには今さらって感じなんだけど。ベルトランさんに見られなくてよかったわ。
朝早くの市場は大勢の人で賑わってる。ベルトランさんの説明では、お魚屋さんが小売りのための買い付けに来るのはもちろんだけど、宿屋や料理屋の料理人、近隣の一般の人も買いに来てるって言ってた。お店やさんみたいな小売業者限定というわけではないみたい。
そんな賑わってる市場を横目に、馬車が港へ進んで行く。馬車を呼び止めたのは昨日の漁師さん?
「ベルトランさん、昨日の嬢ちゃんは来てますか。また小魚だけ木樽に分けといたんだけど。」
やっぱり昨日の漁師さんだ。でも今日は小魚じゃないのよっ。昨日頼んでおいた海藻はちゃんと用意できてるんでしょうね。幌馬車から顔を出して漁師さんを確認する。
「今日は小魚は頼んでいないでしょ。頼んでた海藻類どうなったのよ。」
「あ、嬢ちゃん、海藻はたくさん採ってこいって伝えたからな、時間がかかってるんだろ。でも、そろそろ帰ってくるとは思うが。それよりも昨日の乾燥した小魚、また作ってくれねえか。昨日酒のつまみに全部食っちまったんだよ。」
「作り方は教えたでしょ。奥さんに作ってもらいなさいよ。うまくできたら、ベルトランさんが買い取ってくれるわよ。」
「なんですってーっ!! 売れるのかい?
あんたっ!! 売り物になる物を全部食っちまったのかいっ。」
あら、威勢のいい女の人が漁師さんに食ってかかってる。きっと奥さんね。
「ま、待て。売れるだなんて聞いてねーよ。」
「そうですね、私も売れると確信できたのは、店に帰って味見をしてからですからね。これから先この漁師町で『いりこ』を製造していただければ、我がブランシュ商会が買い取りましょう。」
「本当ですかい。そういった商売の話はあたしら女衆に通してくれないと。ブランシュ商会さんが持ってく魚の干物だってあたいらが作ってんですよ。」
「そうでしたね、申し訳ない事をしました。ただ、売れるのかどうかの見極めができなかったのです。あなた方も酒のつまみに美味しい程度の認識で終わっているようですが、本来の使用法はそのように使う物ではないと、こちらのヴィヴィさんに教えていただきましてね、それで売れると確信を持ちました。」
「へえ、あんな物酒のつまみ以外にどんな食べ方があるんだい?」
奥さんが私に向き直って聞いてきた。こんな小娘が、と疑っているそぶりではない。純粋に何か美味しい食べ方を教えて欲しい。そんな素直な聞き方ね。
よろしい、この私が『いりこ』の製造から使用方法まで伝授しましょう。
「じゃあ、今日は奥様方に製法を伝授します。これから『いりこ』の製造に携わっていただける奥様方を集めてください。」
「奥様だなんてやだよ~、お嬢ちゃん。こそばいじゃない。おばちゃんでいいよ。」
「え、そうですか? じゃあ、おばちゃん達を集めてください。」
「あいよっ、
おいっ、あんたっ、おばちゃん達を集めといでっ。」
漁師さんが走って行ったけど、もしかして尻に敷かれた座布団亭主?
昨日と同じ小屋で・・・・・ あ、もう海水も火に掛けられてる。小魚の木樽も用意されてるし、どんだけいりこが欲しかったのよ。
おばちゃん連中も集まってきたわね。もうそろそろ鍋の海水も沸騰する頃だし、初めてもいいかしら。
「今から教える『いりこ』の製法ですが、いたって簡単です。沸騰した海水にくぐらせる程度でさっとあげます。長い時間お湯につけておくと、味が流れ出てしまいます。」
説明をしながらざるですくいあげた小魚をテーブルの上に広げる。
「これをカリッカリに乾くまで天日干しします。時間を短縮したいので今回は魔法を使います。」
【水分移動】を発動させテーブルの上の小魚が乾燥する。昨日漁師さんが大事に持ち帰った煮干しの状態よね。
「こんなに簡単にできるのかい。男共のつまみにはちょうどいいわね。」
「いえ、これをつまみだけでは終わらせませんっ。」
二つの鍋に水を張り火に掛ける。ベルトランさんのお店でやったのと同じよ。塩だけのスープといりこ出汁塩スープの味比べよ。
できあがった二つの塩スープをおばちゃん達に味わってもらう。
「単なる塩味のスープなのに、美味しさが全然違うよ。」
「これこそが旨み成分ですっ。この旨み成分を使うことによって皆さんの食卓の料理がランクアップすること間違いなしですっ。」
「ホントだよ、こんなに簡単に美味しくなるだなんて。」
「でも、スープがこんなに美味しくなったんだよ。小魚だって美味しくなったんだろ。なんで出しちゃったんだよ。」
あ~、その発想はなかったわね。旨み成分を取りだしたあとのいりこの味も体験してもらいましょう。
「スープが美味しくなったということは、いりこから旨み成分が流れ出てしまったということです。旨みのなくなったいりこは美味しさはなくなっています。食べてみてください。」
おばちゃん達がいりこを口に運びモゴモゴ噛んでいる。
「ホントだね~。味もそっけもないよ。」
「美味しさが出ちまうとこんな味になるんだね~。」
「あ、でも栄養は残ってます。食べてはいけない訳ではありません。」
「へ~、そうなのかい。じゃあ、旦那の酒のつまみだ。」
そうだそうだ、とおばちゃん達の賛同の声。味もそっけもないいりこの処分方法は旦那様達のおつまみになりました。漁師さんごめんなさい。
まだ昼というには早い時間だったけど、海藻を採りに行ってた漁師さんが帰ってきたとの報告で港へ出る。
私達の後ろをおばちゃん達がぞろぞろと付いてくるんですけど。
「なんで後ろを付いてくるんですかっ。おばちゃん達はいりこを作らなくていいんですか。」
「何言ってんだい。お嬢ちゃんから目を離して、美味しい物を見逃したらもったいないだろ。」
う、うん、まあいいんだけど。ついでだし、乾燥コンブも教えておきましょう。
木樽に入ったコンブ、ワカメ、アオサ、これらを私が全て買い取ると漁師さんに言ったときに、ベルトランさんだけでなくおばちゃん達まで異を唱えてきた。
「お嬢ちゃんが全部買い占めちまったら、あたいらが分けてもらえないじゃん。ダメだよ、独り占めは。」
「そうですよ、ヴィヴィさんが作る物はきっと売れると確信が持てます。私にも分けていただきたいですよ。」
海藻を採ってきた漁師さんまでそこに加わってきた。
「なんでみんなで取り合いになってんだ。美味しい話だったら俺にも教えてくれよ。」
「こっちはおばちゃん達ばかりなんだし漁師さんの奥さんを連れて来てくださいよ。」
「そうそう、このお嬢ちゃんに教えてもらって、あたいら女衆で旨い物を作ろうって話なんだよ。さっさと母ちゃん連れといでっ。」
漁師さんかわいそうに、追われるように走って行った。ここのおばちゃん達強すぎよ。男衆の肩身が狭そうなんですけど。
「このコンブですがカラカラに乾くまで天日干しをして下さい。で、こちらが魔法で乾かしたコンブです。この乾いたコンブ数日間寝かせると熟成して美味しくなります。」
またもや鍋に水を張り火を掛ける。今回はコンブといりこの合わせ出汁よっ!!
「このくらいの水なら乾燥コンブを2枚ぐらいでいいと思います。そこへいりこを入れて合わせ出汁にしてみましょう。コンブだけの出汁でも美味しいのですが、いりこが合わさることによってよりいっそうの旨みが出ます。」
おばちゃん達の前にいりことコンブの合わせ出汁スープを置いて味見をしてもらう。
「ホントだ~。さっきのスープよりもまた一段と美味しくなってるよ。」
「そうだね、こんな美味しい物、味音痴の男共にはもったいないかも。」
気に入ってもらえたようね。これでこの町から出汁文化が広まっていくのよ。そうすればどこへ行っても美味しい食事がいただけるという事ね。
「コンブの使い方は分かったんだけどさ、そっちのワカメとアオサはどうするのさ。」
「ワカメとアオサは乾燥させて保存食よ。私達はこれからベルトランさんと旅に出るの。旅の間の食事を彩るために欲しかったのよ。」
「なんだ、それだけのためなら、海藻は乾燥させて全部持っていきなよ。あたいらはまた漁師に採ってきてもらうからさ。」
「ええっ、いいの? でもせめて今乾燥させたコンブは皆さんで分けて持っていって下さい。夕食に使えますよ。」
「そりゃありがたいね。じゃあ、遠慮なく頂くよ。」
おばちゃん達は帰ってったけど、これからが私の仕事ね。この海藻を全部乾燥させて、旅の食料用とベルトランさんの販売用とに分けないとだし。
旅に持っていく食料なら私が払います、と言って海藻の代金を全部ベルトランさんのおサイフから支払ってもらっちゃったし、私にも加工賃をくれるって言うし。
ソフィとのハンターギルドでの約束の時間に間に合うようにがんばらなきゃ。
木樽ごとに分けられたコンブ、ワカメ、アオサ、を乾燥させる分ごとに洗って、乾燥させてを繰り返す。できあがった分からベルトランさんの馬車に積み込まれていく。
私が【水分移動】の魔法を使い続けていることに心配してニコが問いかけてくる。
「大丈夫なんですか、さっきからずっと魔法を使い続けています。少し休みましょうか。」
「魔法を使い続ける事に疲労はないんだけど、飽きるわね。」
そう、同じ事の繰り返しを延々と続けてるんだもの。何かの苦行を強いられてる気分だわ。
それでも木樽の中の海藻がどんどん減っていって成果が目に見えているから、なんとか続けていられるわね。




