23.お断りよっ!!
最初に小魚を茹でてくれた漁師さんが、次も茹でてくれてる。茹で加減をもう把握してくれたみたい。
「嬢ちゃん、こんくらい茹でれば上げていいのか。」
「ええ、そのくらいで充分よ。ざるですくってテ-ブルに広げて。」
そう、かたまったまま乾燥させちゃうと、団子状態でほぐれなくなっちゃうから広げてもらわないとね。
そこへ水魔法【水分移動】を発動。カリカリに乾いた煮干しのできあがりよ。
「すげー、ここで魔法を使うのか。」
「そうそう、魔法が使えない俺達じゃこの小魚の料理は作れないって訳だ。」
「何言ってんですかっ。乾燥させてるだけなんだから、天日干しをするだけで誰でもできますよっ。」
「ええっ、そうなのか? その程度ならうちの嫁でもできるって事じゃねえか。よしっ、明日から嫁に作らせよう。」
「そんなら、うちの嫁にもやらせるか。」
俺もわしも、と漁師さん達が賛同してる。これはっ、家内制手工業の始まりねっ。ここから規模が大きくなり始めて水産加工工場とかができ、そして産業革命よっ!!
って、なるかどうかは知らないけど、そんなことは私が関知するところでは無いわね。
それよりも今はコンブを手に入れるのよ。
「海藻類を採ってくる漁師さんているのかしら。」
「海藻って何が欲しいんだ?」
喋りながらも茹で上がった小魚をテーブルの上に広げてる漁師さん。私も喋りながら【水分移動】を発動。
「そうね、できればコンブ、他にはワカメやアオサとかあると嬉しいわ。」
「おう、あるぞ。」
「あるのーっ!!」
「何驚いてるんだ。海なんだから海藻ぐらいあるし、海藻専門の漁師だっているしな。どのくらい欲しいんだ?」
「できるだけたくさん欲しいわ。」
「そんなものたくさん採ってきたって、すぐ腐っちまうぞ。食える分だけにしとけ。」
「大丈夫よ。乾燥させて持ち歩くんだから。」
「そうか、その手があったか。」
そうよ、旅に出る前に用意ができれば旅の間に美味しい食事が期待できるわ。海藻も旅の前に手に入るかしら。
「よし、明日の昼過ぎに港へ来い。海藻類を用意しといてやるよ。」
やった~、出汁コンブが欲しくてお願いしたのに、他の海藻類まで手に入るわ。これでいりこ出汁のワカメスープにアオサスープは私のモノよっ!!
漁師さん達は器に盛った煮干しを大事そうに抱えて帰っていった。本当なら小魚のお代や茹でてもらった手間賃を払わなきゃいけなかったのに、逆に酒のつまみ代だといって気前よくお金を置いていってくれた。明日の海藻の代金は払ってくれよ、と言ってたけど、もらったお金では足りそうも無いわね。
小屋の前に馬車が止まった。ベルトランさんが戻ってきたみたい。
「お待たせしました。おや、漁師さんはもう帰られたのですね。もう全部料理を終えていらっしゃるようですね。」
料理っていっても、海水で茹でて乾燥しただけだから、胸を張って料理ですと言いにくいんだけど。
目の前には大きな3袋の麻袋がドドンと置かれている。木樽一樽分を一袋に詰め込んである。乾燥させた分嵩は減ってるけど。
「一袋に一樽分入ってます。2袋はベルトランさんが販売用に持っていって構いませんよ。」
「そうですか、ありがとうございます。それじゃあ、荷を積んで店に急ぎましょう。どんなスープをいただけるのか、楽しみですよ。」
「そんな楽しみにされても困るんですけど。ただの塩スープですよ。」
「え・・・・・ 塩?」
見るからに落胆の顔。味比べをするのにいろんなモノ入れたら味が分からなくなっちゃうでしょ。最も単純な出汁を取った塩スープとお湯に塩だけ入れたモノを飲み比べてもらうのよ。
「最も単純なス-プを飲み比べて、どれだけの違いが出るのかを味わっていただきたいのよ。」
「どれほどの素晴らしいスープを堪能できるのかと期待だけが膨らんでしまいました。そうですね、最も単純な素材の味比べですね。ええ、塩スープだけでも大丈夫です。」
落胆の表情が隠しきれていないんですけど。でもいりこ出汁スープの味を堪能してもらえば、きっと出汁を取る料理の素晴らしさが分かってくれると思うわ。
ベルトランさんのお店の奧の台所で二つの鍋を火にかけている。一つは水に煮干しを入れ加熱。煮出すよりも水出しがいいって教えてもらったけど、水出しは時間がかかるから私はいつも煮出してた。もう一つは水だけを加熱してる。
沸騰させながらアクをすくいとる。煮干しをすくい上げれば後は塩加減ね。いりこ出汁は煮干しの旨み成分がたっぷり出てるし煮干しの塩分も溶け出ているから、塩は少なめ。お湯だけの鍋には塩を少し多めね。
味見をしながら塩を足す。こんな感じじゃないかしら。いい出汁が出てるわ。
全員の前に二つの器を置き、塩スープ出汁入り出汁なしを注ぐ。何をやってるのか興味津々のお店の従業員まで座ってるから、従業員さんにも振る舞ってあげる。
「これはっ、塩だけのスープのはずなのにこの味わいの違いはなんなのですかっ。これほど味が変わるなんて想像も付きませんでした。」
そうよね、ただの塩味のお湯、出汁が充分に出た塩スープ、このシンプルさが味の違いをはっきりと際立たせてくれてるのよ。
「ベルトランさん、これが味わっていただきたかった旨み成分をたっぷり含んだスープよ。」
「旨み成分ですか。素晴らしい。これは売れますよ。この製法を教えて下さい。お金は払います。」
「作り方は漁師さん達に教えてきたから漁師さんが作ってくれますよ。」
「まさか、タダで教えてしまったのですか。これほどの物です。レシピを教えるのにお金を要求してもよかったのですよ。」
「レシピも何も、海水で煮て干すだけですよ。これから煮干しが欲しいときには漁師さんと交渉して下さい。」
「そうですか、分かりました。これの名前は煮干しというんですね。」
「『煮干し』以外にも『いりこ』とも呼ばれてますけどね。」
う~ん、と考え込んだベルトランさん。煮干しよりもいりこの名前が受けそうですね、と自分に言い聞かせるようにつぶやいている。
「決めました。この商品名は『いりこ』と致しましょう。この町だけではなく、この先寄る予定の漁師町にも『いりこ』の作り方を教えてこの国に広めるように致しましょう。引く手あまたの商品となること間違いなしですよ。」
いりこに決定なのね。商売はベルトランさんにおまかせするわ。私には商才なんて無さそうだし。私が商人に転向したって儲かりそうな道筋が見えそうもないのよね。
「ヴィヴィさん、他にも売れそうなレシピとかあるんですか。あるようでしたら是非教えて下さい。」
「そんな簡単に売れる物なんてありませんよ。あ、でも明日海藻を採ってきてくれる約束なのでもう一度漁師さんのとこ行ってきますけどね。」
「是非ご一緒させて下さいっ。」
明日もベルトランさんと一緒に漁港へ出かけることになったんだけど、また私の海藻を欲しがったりするのかしら。ベルトランさんにとられても問題無いぐらいに海藻類が収穫できればいいんだけど。
宿へ戻ったら、ジュスト、リリア、ソフィの三人が来ていた。呼んだわけじゃないんだけど待たせちゃったかしら。
「ごめんなさい。待たせてしまったみたいね。」
「ヴィヴィが謝ることじゃないわ。私達が勝手に押しかけてきたんだし。」
「ソフィの件よね。」
「ええ、正式にソフィを『風鈴火山』にお願いするわ。ソフィも納得してくれたし。」
「俺はどうにも納得できてねーんだけどな。」
「今さら何言ってるのっ。ジュストだって納得してここへ来たんでしょっ。」
「納得なんてしてねーよ。でも、ソフィを護れる自信も実力も無いのも事実なんだ。
だから『風鈴火山』の皆さんっ!! ソフィを護ってやってくれっ。」
ガバッと頭を下げお願いしてくるジュスト。えー、私の中で頭を下げそうもない人間ナンバーワンにランクされてるジュストよ。それがソフィのために頭を下げる? よほどの葛藤の末に出した結論だったのかしら。
でも、私の返事はこうよ。
「お断りよっ!!」
その場の誰もが凍り付いた。ソフィにいたっては顔が泣きそうに崩れていく。
「護って欲しいなんて冗談じゃないわ。私達は同じパーティーの対等のハンターとして迎え入れるのよ。ビシビシ鍛えて次に会ったときにはジュストなんか足元にも及ばないくらいに強くなったソフィを見せてあげるわ。」
「お・・・・・ おぅ・・・・・」
「ジュスト達も鍛えておきなさいっ。」
「わ、分かった。ソフィを預けていいんだな。」
「ええ、明日ハンターギルドへ書類を提出してくるわ。それで正式に『風鈴火山』のメンバーよ。」
ジュスト達が帰って行った。ソフィもこの町にいられるのもあとわずかだということで、孤児院へ帰って行った。
明日の夕方にハンターギルドでの待ち合わせはちゃんと約束しておいた。
テオが馬の世話に行ってる間、ニコとの話がはずんだ。
「先ほどのヴィヴィの言葉には肝が冷えましたよ。あんな突き放すような言葉を言うだなんて。」
「だってテオの手前、ソフィが護らなければならない存在ではないと、そこは強調しておきたかったのよ。テオに言わせれば私もソフィも守護対象らしいから。」
「そうですね、テオは少し過保護すぎのように感じます。」
「そうそう、私がまだなにもできない小娘だとでも思ってるのかしら。」
「さすがに今までの旅の中で、そんな考えはなくなっていると思いますが。」
「ソフィに対しての考えも変わってくれればいいんだけど。」
そうよ、人はドンドン成長していくものなのよ。その変化を見ずにいつまでも子供としての影を見つづけられたら迷惑千万よね。




