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22.煮干しの完成よっ

 扉がノックされギルドマスターが入ってきた。


 「もう少しこの町にいてくれると思ってたんだが・・・・・ もう行ってしまうのか。」

 「我々は旅の途中だからな。旅に出る段取りが付けばすぐにでも旅立つさ。」

 「そうか、行き先は王都でいいのか。」

 「そうだな王都が目的地でいいだろう。」

 「じゃあ、『風鈴火山』の王都のハンターギルドへの移籍用の書類をそろえておくから、町を出る前に取りに来てくれ。」

 「待って、『暁の空』のソフィも連れていこうと思ってるの。ソフィの書類もお願い。」

 「おい、ジュストの確認はとってあるのか。」

 「リリアのお願いなのよ。今ジュストと相談してると思うわ。」


 ラザール様との話に上った、教国から狙われるかもしれない件はここでは口にしないでおきましょ。ギルドマスターがどこまでその話を聞いているか分かんないし。必要だと思えばラザール様からの説明があるだろうし。



 ベルトランさんの書き込んだ書類も受理され、私達の書類はソフィが加わるか加わらないかの判断ができず、1日の保留期間をもらった。後で孤児院へソフィを訪ねなきゃね。


 「さて、この後私は漁港の市場へ向かいますが、テオさん達は旅の準備をされますか。」

 「いや、旅の準備は問題無い。」


 そうよ、今まで旅をしてきたんだし、ここに来て何か用意しなきゃならない物もないでしょ。

 それよりもお魚市場よっ。海辺の町にいるのよ。ここで昆布や煮干しとか手に入れて美味しい食事を作るのよっ。


 「私はベルトランさんと一緒に市場に行くわ。何か美味しそうな物がないか、見てみたいし。」

 「ほほう、ヴィヴィさんは魚がお好きなようですな。」

 「せっかく海辺の町にいるんだから新鮮なお魚を食べてみたいでしょ。」

 「そうですな、新鮮な魚など漁師町でなければ味わえませんからね。いいでしょう。市場だけでなく漁港も案内致しましょう。」



 お魚市場よっ。生臭いけど、これはしょうがないわね。釣れたばかりの新鮮なお魚はこんな生臭さはないけど、運搬から流通までに時間がかかればどうしても臭いは発生するんでしょうね。冷蔵庫があるわけじゃないんだから。

 冷蔵庫? 冷蔵の魔道具とかないのかしら。


 「ベルトランさん、釣れたお魚は冷蔵して保存とかできるのかしら。」

 「ここは地下に氷室がありますが、冬の間に運び込んだ氷もあらかた融けているんじゃないでしょうか。」

 「それだったら、魔法使いを呼んできて氷を作ってもらえばいいんじゃなくて。」

 「ははっ、氷室に入れるような大きな氷を作らせるなんて、宮廷魔道士を連れてきても無理な話でしょう。」


 氷を作るぐらいは簡単よ、とは言えなかった。氷を作ってまた注目度UPは控えたいわね。

 でも、宮廷魔道士だなんて大仰な呼ばれかたしてる割にその程度の氷も作れないなんて、

たいしたことないのかな。

 それともその程度の力しか無いと人に周知されてるだけで、本当の力は秘匿されてる?


 そんなことに思い悩む必要もないわね。そんな宮廷魔道士様にお目にかかる機会もないでしょうし。



 「この時間では売れ残りの魚しかありませんから、漁港に行ってみましょう。昼間の漁に出ていた漁師達が戻ってきている頃でしょう。」


 漁師さんに会えるんなら、水揚げされたばかりの魚も見れるし、直にアレが欲しいコレが欲しいと伝えられるわ。


 数人がかりで漕いで進む漁船や一人乗りの船が、船着き場で釣ってきた獲物を船から降ろしてる。大きい船は網で魚を捕ってきたのか、大量に魚が入った大きな木桶をいくつも降ろしてる。

 そんな中で木桶の中の魚を選別してる漁師さんがいた。

 その漁師さんの元へ向かえば、他の木樽に魚をポイポイと放り込んでいく。大きな魚から中ぐらいといったところかしら。

 取り出してる元の木桶を覗けば・・・・・ あったーっ!! イワシっぽい小魚よっ。


 「なんだ、嬢ちゃん魚が好きなのか。好きなの持ってっていいぞ。」

 「ええっ、もらってもいいの?」

 「ベルトランさんが連れて来た娘だしな。おいしそうなの持ってっていいぞ。」

 「この木桶の中の魚っ、大きいの全部出して、小さいの下さいっ!!」

 「はあ? 何考えてんだ。それは捨てるヤツだぞ。もっとうまい魚がいっぱいあるだろう。」

 「この小さい魚を捨てるだなんてっ、どんだけ無駄なことをしてるんですか。これはこれで美味しい食材の元となるんですよっ。」

 「お、おぉ、そうなのか。そんなこと言ったらあっちの船から降ろした木樽も小さいのがいっぱい入ってるぞ。」

 「分かりました。その船とも交渉してきます。あなたはその小さい魚を捨てないで下さいねっ。」


 「ヴィヴィさん、あんな誰も欲しがらない小魚をどうしようと言うんですか。」

 「ベルトランさんはここに買い付けに来たんじゃないですか。私に構わずにお魚の買い付けをして下さいっ。」

 「案内はよろしいのですか?」

 「欲しい物を手に入れたら帰るだけですからね。テオとニコがいるから大丈夫ですよ。商隊の出発日の打ち合わせもあるし、明日お店に顔を出します。」

 「ええ、よろしくお願いします。」


 ベルトランさんと別れて、あっちの木桶こっちの木桶を物色。あるわあるわ。小さい魚がいっぱい。これよ、この小魚が欲しかったのよ。これで煮干しが作れるわ。

 作ったことないけど、煮干しっていうぐらいだし煮てから干さなきゃいけないのよね。煮るって言うよりも塩茹でよね。

 漁師さんにお願いして塩茹でまでやってくれるのかしら。


 漁師さんと交渉してみましょう。選別してた木桶まで戻ったらもう選別が終わったようで、木桶の中には小魚だけになっていた。


 「嬢ちゃんの言ったように小魚だけ残しておいたけど、こんなもんどうすんだ?」

 「この小魚を大鍋で塩茹でして欲しいんだけど、お願い出来るかしら。もちろん手数料は払います。」

 「そうかっ、手間賃くれるならすぐやってやるよ。あっちの小屋にかまども鍋もあるから小屋へ行くぞ。」



 塩は高いから海水を鍋に注ぎ込む。かまどに火を入れ沸騰するのを待つ。ぐらぐらと沸騰した鍋の中にざるですくった小魚を放り込む。

 こんな小さな魚だしすぐに火は通るはずだから、長い時間茹で続けないほうがいいわね。

 茹だった小魚をざるですくって鍋の外に出せば、ここからが私の出番よ。干し椎茸を作ったときの魔法よ。【水分移動】とか名付けたっけ?

 台の上に広げられた小魚、その範囲を指定して~、範囲内の水分を~、移動っ。

 台の横の空間に水が出現し、地面にバシャッと落ちる。

 どうかしら、ちゃんと煮干しになってるかしら。小魚を一本取り上げて口に入れ噛み砕く。

 ふん、塩気が強いみたいだけど長期保存のためにはこのくらいの塩分は必要かもしれないわね。煮干しの完成よっ。成功と言うことで出汁取り用に持ち帰りましょ。


 「テオもニコも食べてみて。」

 「俺も食べてもいいか?」

 「漁師さんもどうぞ。是非感想を伺いたいわ。」


 3人が煮干しをボリボリとかんでる音が響いている所に、ベルトランさんが入ってきた。


 「こちらの小屋にいらっしゃると聞いたので、帰る前に挨拶だけでもと寄ったのですが、なんだか面白いことになっているようですね。ほう、これが先程の小魚ですか。私も一つ頂いてもよろしいですか。」

 「ええ、どうぞ。」


 テオの意見が辛辣だった。


 「ヴィヴィ、苦みと塩辛さでこれは失敗作なのではないですか。」


 苦みははらわたが残ったままだからしょうがないし、塩辛さは長期保存を見据えて塩辛くしたんだけどね。


 「何言ってんだっ。この苦みはなかなかに味わい深いぞ。塩辛いってのも俺にはちょうどいいな。こりゃ酒のつまみに最高だぜ。他の小魚も全部回収して茹でようぜ。」


 漁師さんが大慌てで出てっちゃった。捨てられるとでも思ったのかな。ちゃんと捨てないようにって頼んできたから、大丈夫だと思うけど。


 「ふ~む、テオさんの意見も漁師さんの意見も分かりますが、この料理自体はあまり売れそうもないですね。全員が美味しいと思うものではない、いわゆる珍味という物でしょうか。」

 「何言ってるんですか。売るつもりはありませんよ。私が料理に使うつもりで作ったんですよ。」

 「え? これが何か美味しい料理になるんですか?」


 さすが商人。こんな乾燥した堅い小魚で美味しい料理など、と思いながらも何ができるのか興味津々みたい。


 「この小魚自体は食べませんよ。これを使ってスープを作るんですよ。」


 そう、この世界には出汁文化がないみたいだから、せめて自分で作る料理ぐらい出汁を取りたいのよね。

 さて、他にも欲しいのは昆布とワカメよね。これも乾燥させておけば旅の間の食材に使えるんだけど・・・・・ 手に入るのかな。


 「魚は食べずにスープとは、どんな料理を考えているのですか。今晩宿へお邪魔してもよろしいですか。」

 「そうですよね。実際に試食してみないと分からないですよね。じゃあ、宿じゃなくベルトランさんのお店に行きますよ。」

 「そうしてくれると助かります。じゃあ、私は店に、」


 ベルトランさんの言葉をさえぎって、入ってきた漁師さん。


 「嬢ちゃんっ、ありったけ持ってきたぞ。」


 うわ~、こんなにたくさん。小魚がいっぱいに入った木樽を持った漁師さんが何人も来て木樽をドン、ドン、と据えていく。四つも並んだ木樽。なみなみと小魚が入ってる。こんなにたくさん煮干しを作っても、持って帰れないわよっ。


 「ほう、これか。ホントにうまいのか?」


 できあがってた煮干しをおもむろに口に放り込む漁師さん達。


 「お、こりゃいけるな。今日の酒のつまみにいいぞ。嬢ちゃん、俺達が手間賃出すからつまみになるぐらい置いていってくれねーか。」

 「ちょっと待って下さい。半分は私に買わせて下さい。その残りをヴィヴィさんと漁師さんで分けて下さい。」


 漁師さん達の好評価に、慌てて買い取り宣言をしちゃったベルトランさん。スープの味見もしてないのにいいのかな。

 買い取り宣言のベルトランさんに、気前よく答える漁師さん達。


 「俺達もそんなにたくさんは食べれねーからな。皿に一盛りぐらいありゃ充分だ。」

 「で、ではすぐにでも馬車で戻ってきます。私が買い取る分は残しておいて下さいね。」


 ベルトランさんが飛び出ていった。運搬用に馬車を取りに行ったんだろうけど、そんなに急がなくても無くならないわよ。これだけの量を茹でるだけでもそこそこ時間がかかるしね。

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