2.査察
まさか、わが辺境伯家に金の瞳に銀の髪の赤子が産まれるとはっ!!
我妻ロクサンヌの血筋をたどれば公爵家にたどりつく。だが、6代も前の話だ。百年近く昔の話だぞ。しかもそこから王族への繋がりなど何十年さかのぼるのだ。
はっきり言おう。それはもう赤の他人というものだ。
王族の血統にしか産まれないはずの金銀の子、それが百数十年前から血がどれだけ薄まったとしても金銀の子は産まれてくる可能性があるという事なのか。
金の瞳に銀の髪を持つ子が産まれた事は、王族との血のつながりがあるという事で喜ばしい事なのであろうが、今は駄目だ。
今の王族には金銀がそろった者は存在しない。いや、王族以外にも存在していないだろう。
数年前に金銀の子が産まれ、それを自慢げに吹聴してまわった候爵。子を差し出せとの王命に異を唱えただけで国に対しての叛意ありと、その候爵家の血筋が根絶やしにされた。
肖像画でしか見た事は無いが、先々代の王が金銀の瞳と髪の女王だった。よい王であったと聞き及んでいる。
女王の子達は誰もそれを受け継がなかった。金銀の子がいなければ長男が王を継ぐ。
しかし、現王とその王子王女は駄目だ。民に重税を課し欲する物は全て手に入れようとする。これに関して王族をおだてて甘い汁を吸っている公爵家を筆頭とした貴族共にも責任はある。
このままではいずれ国が崩壊する可能性もあろう。
そんなクズ共の巣窟に我が娘を差し出すわけにはいかない。我が娘の誕生を王宮に知られてはならない。どうするか・・・・・・・
「グラシアン様、いっそこの子は死産として誰の目にも触れないように育てましょう。」
「そんな事をしたらこの娘があまりにも不憫ではないか。」
ロクサンヌの意見に私は異を唱える。
「5年としましょう。5年の間にこの子が安心して生活ができる場所を他国に準備します。5年後に信頼できる者と共に送り出しましょう。」
「そんな事をしたら二度と会う事もできなくなるぞ。ロクサンヌよ、それでもよいというのか。」
「いい訳がありませんっ。わたくしは母親なのですよっ。でも、この子を王族に差し出す事を考えたら、他国で自由に生活できる事がこの子のためになると信じます。」
妻の意思は固いようだ。私もその意見に賛同はできる。しかし、5年・・・・・ この可愛らしい天使のような娘を5年後に手放す事ができるだろうか。
我が娘ヴィヴィアンが誕生してもう8年になる。5歳を迎えたときに他国へ送り出すと決めていたはずなのだが、あまりにも可愛く賢く育つヴィヴィアンを見て、もう少しもう少しと先延ばしにしてしまった。
賢さは既に大人並み。親のひいき目とかではなく、ヴィヴィアンの教育係に付けたテオドールの話では、教えれば教えるほど吸収していくとの事だ。文字の読み書きに始まり、算術に至ってはテオドールを越えているらしい。
そこまでに優秀な我が娘を手放さなければいけないとは・・・・・
もうすでにヴィヴィアンを送り出す準備はできている。我がデルヴァンクール王国から東、険しい山を越えて進めばヴァランティーヌ様を奉るヴァランティーヌ教国がある。その教国を南部から東に広がるブルダリアス王国、その国の僻地の農村に我が領の騎士隊を引退した年寄り夫婦を住まわせてある。そこへ息子夫婦が子供を連れて戻ってくる、といった設定だ。
しかし、農村に突然よそ者が入り込んだら警戒され排除されるだろう。そこでヴァランティーヌ大神殿に多額の献金をして、年寄り夫婦に神学を施し、神父としてその農村に送り込んだ。教会などない僻地の農村だ。村人達は喜んで迎え入れてくれた、と報告が来ている。教会も村人達の手で古民家を改造して作ってくれたらしい。
ヴィヴィアンの生活の拠点は整った。
後は私とロクサンヌが笑顔で送り出すだけ・・・・・ なのだが、踏ん切りが付かなかった。
妻との話し合いで第二子はつくらなかった。もう一人金銀の子が産まれたら隠しようがなくなる。そのような確率などないに等しいのかもしれないが、もしかしたらとそれが恐かった。
跡取りを残さなければと、近隣の貴族家から第二夫人を娶るように勧められているが、全て断っている。
辺境伯家の地位など私にはもう必要はない。辺境伯家など従弟にくれてやるつもりだ。叔父にもそのように伝えてある。辺境伯家の当主教育はちゃんとやってくれるだろう。
いつまでも先延ばしにしていたのがいけなかった。王宮騎士隊に護られた馬車が辺境伯領に入ったとの報告が届いた。
王宮でのパーティーの時に死産したはずの私の子のことを根掘り葉掘り聞いてきた候爵がいたが、まさか奴が勝手に話をでっち上げて王に進言したのか? いやいや、まだ噂の段階だと思うが? いや、騎士を引き連れてこんな辺境まで来ているんだ。何か確信があって来てるのか?
「テオドール、王宮からの使いの者がこちらへ向かっている。何の確証もなく噂だけで動いているだけだとは思うが、今すぐヴィヴィアンと共に発てっ。」
「はっ、無事お嬢様を送り届けます。」
今まで何度も話し合ってきた事だ。詳しい説明などしなくても、その会話だけで何をすればいいかが伝わる。テオドールとニコレットは執事と侍女とヴィヴィアンには伝えてあるが、実はとても優秀な騎士だ。護衛としても遺憾なく力を発揮してくれるだろう。忠誠心にも厚い。
その忠誠心がいつまで続いてくれるのかはわからないが、
騎士隊の先触れが来た、というか、どう見ても先触れじゃないぞ。一隊まるごと乗り込んできている。これは完全にクロとみて家捜しでもするつもりじゃないだろうな。
「王宮騎士隊のエドゥアール・ラプラードです。ライオネット辺境伯領の査察に、ニールス・マレイネン公爵様があと二日ほどでこちらに到着致します。公爵様を迎え入れる準備をお願い致します。」
「事前に書簡が届きそうなものだが、唐突すぎではないのか。」
「国王様の書簡をマレイネン公爵様が直々にお運びしておられます。」
不意を突いて何かを見つけようとする魂胆が丸見えだ。
やはりあの候爵が国王に進言したのか。いや、逆もあるか。マレイネン公爵が子飼いの候爵を使って私を調べようとしたか?
そんな事はもうどうでもいい事だ。この者達が査察と称して我が領内を探り始める頃にはヴィヴィアンはもうヴァランティーヌ教国を迂回してブルダリアス王国に入っているだろう。
そこから生活の拠点となる農村までが遠いらしいのだが。馬車で20日~30日ぐらいと言っていたな。
「エドゥアール殿、このような辺境まで旅をしてきてお疲れだろう。食事を用意するから中へ入って休んでくれたまえ。」
「いえ、マレイネン公爵様の到着までに、ある程度近場の査察をさせて頂きたいのでこれにて失礼します。」
「え?」
エドゥアールは、呼び止める間もなくきびすを返し出て行ってしまった。玄関前にいた騎士達に指示を出し少数の班分けをして散っていく。
まずいぞ。今こいつらに領内を走り回られてヴィヴィアンの馬車に追いつかれでもしたら・・・・・ いや、大丈夫だ。昼も過ぎたこんな刻限から、あの山岳の麓の小屋まで行けるわけがない。ヴィヴィアンはきっと無事に国境を越えられるだろう。テオドールとニコレットを信じるしかない。もう私には何も出来る事はないのだ。
夕刻になって騎士達が邸の近くの宿を取ったと、知らせが来た。私の邸には来ずに宿を取るとは、明日も早くから領内を走り回るつもりか。
騎士隊が朝早く山へ向かった、と知らせが来た。
まずいっ!! テオドールはそのことを知らない。追いつかれる可能性がある。可能性どころではない。確実に追いつかれる。
騎士隊が山道の途中で諦めて引き返してくる事を祈るしかないのか。
今まで神など祈った事もない。神が人々に何かを与えた事など今までただの一度も無い、はずだ。そんな存在するかどうかもわからない神など崇めようなどとは思った事もなかった。
だが、今は祈る。ヴァランティーヌ様、どうかヴィヴィアンをお救い下さい。
翌朝エドゥアールがやって来た。伝えたい事があると言うので応接へ通したのだが、それをロクサンヌに見つかった。
ロクサンヌに聞かせたくはなかったのだが、エドゥアールの、『奥様がご一緒でもかまいませんよ。』との言葉にロクサンヌを応接から追い出す口実を失った。
「昨日は国境を越える山岳の道へ向かいました。遙か前方に旅商人の馬車を発見したのですが、どうもその馬車が切り立った崖を落ちたようです。」
「落ちたとは・・・・・ 落ちるところを見たのですか。」
ロクサンヌの慌てふためく姿を想像して目をそちらに向けてしまったが、表情一つ変える事も無く無表情のままだった。
「それは見てはおりませんが、山道に馬車の落ちた跡がありまして、崖に生えた木に車軸の折れた車輪が引っかかっていました。我々でも降りていくのが危険なほどの断崖絶壁でして、落ちた馬車の確認は諦めて戻ってきた次第です。」
「グラシアン様、落ちた馬車は我が領の商人ではないでしょうか。すぐにでも安否の確認をするべきではないかと存じます。」
淡々とした口調でロクサンヌが告げてくる。
「そうであるな。おそらく我が領民であろう。すぐにでも我が領の騎士隊を向かわせよう。
エドゥアール殿、事故の情報を届けて頂けた事に感謝する。」
「あの切り立った断崖絶壁を降りるなど危険です。安否の確認などやめる事をお勧めします。」
「我が騎士隊に、危険なら戻るようにと伝えておこう。」
足早に歩くロクサンヌを追っていけば、寝室? 扉を開ければベッドに駆け込んで布団を頭からかぶって声を上げて泣き出す。
ロクサンヌよ、よく我慢した。その慟哭は誰にも聞かせてはならない。泣き崩れた顔も見せてはならない。
せめてこの場所では、私も涙を流させてくれ。
そして・・・・・ やはり神はいなかったのだ。
教会ではこう言うだろう。神に召されたのだと、
無事に神の御許に辿り着けますように寄付をしなさいと、
あの金の亡者どもめ。教国も教会も私の生ある間、呪い続けてやる。
マレイネン公爵が邸に到着した。邸に滞在中、我が領の帳簿を調べたりしていたが、帳簿は完璧だ。ヴィヴィアンのために使った金も、教国への寄付も全て個人資産からでている。領の金は一切使っていない。帳簿からヴィヴィアンの存在はたどれない。王宮騎士隊が領内を走り回っていたが、ヴィヴィアンの痕跡は残っていないはずだ。
マレイネン公爵は7日ほど滞在した後、騎士達を引き連れ帰って行った。
ヴィヴィアンの安否確認に走らせた騎士達が帰ってきた。崖下にまわるには馬では行けず川沿いを歩いて行かなければならなかったおかげで日数がかかった。
騎士達には商人の安否確認だと伝えてあった。
「馬車の破片が散らばっていましたが、ほとんど川に流されてしまったようです。しばらくは下流に向かって歩いてみましたが、商人どころか馬の遺体さえも見つけられませんでした。あのあたりは屍体あさりの魔物も出ますし、遺体を探すのは諦めた方がいいと思います。」
「そうか。ご苦労であった。」
何も見つからないとは・・・・・ いや、叩きつけられた馬車の破片が見つかったと言っていた。何も見つからなければ、生きている可能性を考えもっと先まで捜索をさせるのだが、もう諦めるしかないのだろう。
臥せってしまったロクサンヌにこの結果を伝える事が恐ろしい。




