19.領主様のお呼び出し
翌朝、ギルドへ顔を出してみると、依頼の掲示板にいつもは残っているはずの町の中での依頼、お掃除仕事や修理仕事、果ては買い出しのお手伝いなんてのもあったはずなんだけど、それらの依頼の木札が全くなかった。
ま、まあ、そっちの依頼を請けようと思って来たわけじゃないからいいんだけど。
私達に気が付いたマリーが受付窓口から、こっちこっちと手招きしてるんですけどっ、報酬支払いの雰囲気ではなさそうね。
「ギルドマスターがお待ちかねです。2階へお願いします。」
「なぜ、来た途端に呼び出し?」
「理由はギルドマスターに聞いて下さい。それに掲示板の依頼請けようと思っても、依頼札無くなってるでしょ。今日はハンティングに出ても獲物は近場にはいないらしいですよ。いつもハンティングに出るハンター達が雑仕事の依頼札の取り合いしてましたからね。」
依頼受注用木札が全くないのはそういうことですか・・・・・ って獲物いないんですかっ。
ま、まあ、あれだけのハンターが森に入って荒らしまわれば、普通は森の奥に逃げこむでしょうね~。
獲物が捕れないなんて困ったわね。早く馬車を買うお金を貯めないといけないのに。もう、今回のゴブリン討伐報酬で馬車買えないかしら。
ギルドマスターは私達に何の用かしら。2階への階段を上りながら考える。ゴブリンの討伐数はもう耳の数を数え終えてるんだから、討伐報酬は計算されているはずだわ。きっとお金の受け渡しに呼ばれてるのね。耳の乾燥、焼却にも追加報酬を付けてくれるらしいからちょっと期待できるのかも。
扉の前でマリーがノックして声を掛ける。
「『風鈴火山』の皆さんをご案内しました。」
「入ってくれ。」
ギルドマスターの呼びかけで応接室に招き入れられれば、そこにはマスターの向かいに『暁の空』が座っていた。
『暁の空』までいるって事は
「ギルドへ顔を出してくれて助かったよ。もし来なかったら宿まで迎えを出すつもりだったんだ。『風鈴火山』と『暁の空』が揃ったところで話を進めるか。」
「ゴブリン討伐報酬の支払いじゃないの?」
「え? 計算は出てるから渡せるが、先に欲しいのか?」
「忘れられたら困るから、もらえる物は早めにもらっておくわ。」
「そうか、しっかりした娘だな。
マリー、『風鈴火山』と『暁の空』のゴブリン関係の報酬を持ってきてくれ。」
私達の目の前にドンと置かれた金貨。『暁の空』に8枚。私達の前には18枚。
「『暁の空』はソフィさんの護衛報酬、ソフィさんは治癒魔法に対しての報酬、そこにゴブリン討伐作戦の参加報酬を上乗せしています。明細を確認いただけましたら受け取りのサインをお願いします。
『風鈴火山』は討伐作戦の最初の竜巻魔法の報酬、ゴブリン討伐報酬、ゴブリンキング討伐報酬、ソフィさんの護衛報酬、その他雑用をマスターがお願いしたとかで少し色を付けておきました。確認の上サインをお願いします。」
「180万ゴルビー? テオ、これって馬車買えるんじゃないの。」
「そうですね。そうすればこの町を出発してもいいでしょう。」
「待て待て、『風鈴火山』が旅をしているのは聞いているが、もう少しこの町にいてくれないか。」
「私達をこの町に囲い込もうとしてるんじゃないわよね。」
「あ、いや・・・・・ 俺はそんなつもりは無いぞ。」
この言いよどみかた。俺は、って言ってるからマスター以外の誰かがって事じゃない。それってこの町を収めてる貴族が、って事よね。貴族に無理難題を押しつけられる前に町を出たほうがいいかも。
「テオ、やっぱり早めに町を出ましょう。馬車の手配は狼から助けてあげた商人さんにお願いしましょう。」
「待て、待ってくれ。ヴィヴィとソフィが領主様からの招待を受けている。今日はその話をしたかったんだ。」
「お断りよっ!! 領主が囲い込もうとしてるんでしょ。」
「相手は領主様だぞ。断れるわけがないだろう。それに囲い込むだなんて、言い方が悪い。ヴィヴィとソフィには領主様からゴブリン討伐作戦の活躍に対しての褒賞金を直々に手渡したいとおっしゃっている。」
「ぐ、金が欲しけりゃ招待を受けろという事ね。お金を諦めるのももったいないし、」
「そんなところへヴィヴィだけで行かせるわけにはいかない。」
「そりゃ、もちろんテオもニコも一緒に行くわよ。」
旅の路銀だって馬鹿にならないし、もらえる物ならもらっておきたいわよね。
「行ってくれるのか?」
「行かなきゃ、お金くれないんでしょ。」
「無理言ってすまん。」
「待ってっ。私は行けません。」
あ、もう一人の当事者、ソフィが会話から置いてきぼりになってた。
「貴族様に会ったこともないし、どう接すればいいのか分かりません。」
「あ、あ~、大丈夫だ、ソフィ。礼の仕方は教える。会話は~・・・・・ ヴィヴィに任せておけ。」
「ちょっとっ!! マスターっ、そんな投げ方アリなのっ?」
「そこは、なんとかしてくれ。」
まあ、そういうのはなるようにしかならないんだけどね。
あとは付き添いね。私の付き添いはテオとニコで何の問題もないけど、ソフィの付き添いでジュストは・・・・・問題あるかも。
「私にはテオ達が一緒に来てくれるけど、ソフィはリリアが行ってくれるのかしら。」
ほんの一瞬ジュストに視線を向けたら、バッチリ目が合った。
「おい、そういう場に俺はふさわしくないと思ったんだろう。」
「だって、ジュストはがさつだし、子供っぽい所もあるし、貴族の前に出すのは危険だわ。」
「ひでぇ言われようだな。でもその通りだっ。俺はそんなところへは絶対行かねえぞ。リリア、任せたっ。」
「なに勝手なことを言ってるのよっ!! 私だって嫌よっ。」
ジュストとリリアの言い合いにオロオロのソフィ。
同行する人がいなくても、私達がいるからいいんだけどね。
「ソフィ、私達が一緒に行くから大丈夫よ。
ジュストもリリアも落ち着いて、同行しなくても何の問題もないわ。」
「でも、もし貴族様を怒らせてしまったりしたら、この町にはいられなくなるわ。」
「そんなことにはならないし、もしなったとしても私達とこの町を出ましょ。」
そうよ、ソフィを私達のパーティーに勧誘してしまえばいいのよ。素直ないい子だし、きっといい旅の道連れになるわ。
「だめ、孤児院の小さい子達の面倒を見ないと、」
「おいっ、俺達のパーティーメンバー引き抜こうなんて許さねえぞ。」
グダグダになってるところへマスターの一喝。
「いい加減にしろっ!! この町を収めてる領主様はちゃんと平民の事を考えてくれてるんだっ。おまえらが考えてるようなひどい扱いはしないぞっ!!」
確かに町は活気があって重税で苦しんでいるふうでは無さそうだから、平民にとってはいい領主なのかも。
でもね~、ゴブリン討伐で領主が出兵させた騎士や兵士達は、私の竜巻やソフィの治癒を見てるのよね。私兵を置いてるぐらいだから、あわよくば魔法使いも囲い込みたいなんて考えていたら・・・・・
ソフィは破格のお給金で雇ってもらえるならそのほうが幸せかも。私は断固拒否だけど。
「それって、いつ行けばいいの。」
「もう三日後に決まってる。」
「ちょっと、急すぎじゃない。しかも決まってるって、私達の都合は聞かないのね。」
「あ、俺が決めたんじゃないぞ。領主様だ。」
「そんなの分かってるわよ。」
「急いでくれと言われてる。早く来れるのなら明日でもいい、とも。」
「何をそんなに急ぐ理由があるのよ。」
「いや、そこまでは聞いてはいないが、」
「分かったわ、こういうのは早けりゃ早いほうがいいのよ。今から行きましょう。
ソフィはどうする?」
突然呼ばれてアワアワしてるソフィ。何か返事をしようとしてるみたいだけど、頭の中で考えがまとまらないみたい。変わりにリリアが返事を返す。
「待って、そんな急に。ソフィだって領主様の前に出るのにいろいろ準備が必要でしょ。今すぐなんて無理よ。」
「領主はその無理を押しつけてきてるのよ。平民を呼びつけるんだから、ドレスを着て領主邸を訪問するだなんて思ってもいないはずよ。準備なんか考えなくたって問題無いわ。」
「そうだな、しゃれて行けとは言わんが、今から行くのはまずいだろ。領主様にも都合というものがある。」
「ダメならダメで帰ってくるからいいのよ。
さ、行きましょ。ソフィ。」
「しょうがないわね。私が付いて行くわ。」
ソフィが返事してないんだけど、リリアが付いていきますよ、みたいな流れでソフィが立たされて涙目になってる。
「どうしても嫌なら無理には連れて行かない。私だけで行ってくるわ。」
「え、でも、行かなかったら後でまた呼び出されたりするんでしょう?」
「それはあるかも。」
「じゃあ、一緒に行くわ。」
「マスター、行くことに決まったから、今から行ってきます。場所は?」
「私が知ってるわ。心配しないで。」
リリアの返事、領主様の邸だもんね。町の人なら知ってるわよね。
「一番重要なこと、領主様の名前は?」
「ラザール・ムーレヴリエ子爵様だ。忘れるんじゃないぞ。」
領主邸ヘ歩いて向かう道すがら、全員に確認をしておく。
「年長者のテオに話をしてもらってもいいんだけど、呼ばれたのは私とソフィだから、私が『風鈴火山』のリーダーとして話すわ。ソフィは私が名乗った後に続いて名乗って。それ以外は聞かれたことだけ答えて。テオ、ニコ、リリアは私が紹介するわ。」
「そうですね、ヴィヴィが子爵様と会話をするのが自然な流れでしょう。」
「ありがとう、ヴィヴィ。任せるわ。」
領主邸に着く前にソフィには確認しておかなきゃならないことがあったんだった。もし領主が魔法使いのソフィを欲しがっているのなら、お給金の交渉もしてあげないと。
まあ、それはソフィが行く気があれば、なんだけど。
「領主の私兵達はソフィの治癒魔法を見てるんだけど、その話は領主に伝わっているはずなの。領主がソフィを雇いたいって言ったら、その話を受ける気はある?」
「ええ? そんな・・・・・ お貴族様の元で粗相でもしてしまったら、私の命は無くなるんでは、」
「そんなひどい貴族ではないと思うけど、気が休まらないかもね。領主様に雇われたいのならお給金の交渉をしてあげるし、行きたくなければキッパリ断ってあげる。」
「あ、あの・・・・・ 断って・・・・・」
「待って、断ったりして領主様は怒ったりしないの?」
リリアが心配するように質問をする。
「マスターが言ってたじゃない。平民の事を考えてくれてるって。その程度で怒ったりはしないと思う。」
「でも、もしも怒りを買うようなことがあってソフィがこの町にいられなくなったら、ヴィヴィ、あなたがソフィを連れてって。」
「リリア、私はいらないのっ。」
「いらないんじゃ無いわ。私達はパーティーだけどお互いを縛り合う仲間じゃ無いの。ソフィにとってよりよい所があるのなら私達は笑顔で送り出すわ。」
「ジュストはどうするのよ。許さないなんて言ってたわよ。」
「ジュストだって孤児だったんだから、ソフィのことはちゃんと考えているはずよ。それでもダダをこねると思うけど。」
ムーレヴリエ子爵邸が見えてきた。門前に兵士が二人立っていた。