17.村長討伐
身体能力を強化して大人並み以上の速度で走り続ける私に、かろうじてテオとニコがついてくる。
その遙か後方から殺気を振りまいた何者かが、私達よりも速い速度で追いかけてくる、気がする。いえ、気がするだけじゃない。追われているわよね、すごい殺気を背中に感じる。ハンターや騎士達はゴブリン村長の足止めもできなかったって事なの?
「テオ、ニコ、森から出るまで足を止めないでっ!! 森の外で迎え討つわっ!!」
テオもニコも聞き入れてくれたみたい。その場で振り返り迎え討とうとはせず、私の後ろを走る。
木々の切れ間が見えてきた。森から出るわ。
『暁の空』がひとかたまりで集まってる。よかった。バラバラになってたら護れなかったわ。みんなのいるところまで走って合流する。
森からはゴブリン村長が飛び出てきた。ヤバかった。間に合ったわ。
合流した『暁の空』と私達を囲うようにウルチョラマンバリア、ドーム型っ!!
キンッと音が鳴ったような気がして、私達の廻りを光り輝くドームが囲う。光はすぐに収まり無色透明の結界となって私達を護っているはず? だと思う。透明になっちゃってるんだから分からないのよね。
私達を追って森から走り出たゴブリン村長、あちこちから緑の体液を流しながら勢いを殺さず走ってきて光のバリアに激突、後ろへ跳ね返っていった。バリアには垂れ流しになっていた緑の体液がべっとりこびりつく。
「おいっ!! なんてバケモンを連れてきたんだよっ!!」
「なんなの、この化け物は、こんなのが森の中にいたのっ!!」
ジュストもリリアも、ゴブリン村長の突然の襲撃に恐れおののいている。
「ジュストは戦いたがっていたじゃない。外に出て戦ってみなさいよ。」
「こんなバケモン、相手にできるかっ!!」
「私が出るっ。ヴィヴィ、結界の解除を。」
「駄目よっ、テオ、すぐにハンターや騎士達が来るはずよ。それまでこの中にいて。」
頭を振りながら起き上がってきたゴブリン村長、今度は突進することはせず手に持つ棍棒をブンブン振りながら、自らの体液がべったり付いている所まで近づく。
ガシ―――ン 棍棒がバリアを叩いた。そこにバリアがある事を理解したゴブリン村長が徹底的に棍棒をふるう。
ガンガンガンガン バキッ
棍棒が折れて飛んでいく。諦める事なく岩を拾い上げ、岩で叩き続ける。
怒りの形相が無色透明の結界越しに丸見えなんだから、みんな恐怖に打ち震えているのかと思ったら、ソフィが風の刃をゴブリン村長に飛ばした。
「だめっ、ソフィ、結界を越えないわ。」
風の刃はバリアの内側にぶつかって消え去った。
「攻撃の手段はないのっ。」
私がやってもいいんだけど、ここはソフィにやってもらった方がいいかも。そうすれば光魔法としてバリアの張り方を覚えられるんじゃない?
「ソフィ、私の結界は光の魔法だと思って。結界に手を当てて念じてみて。結界の外側に光の矢を形成するイメージを、その矢を射るイメージを。」
岩を振り上げバリアをガンガン叩くゴブリン村長の前に対峙して、バリアに手を当てるソフィ。凄い恐怖だと思う。
ソフィの手を当てた先に、矢と言うにはあまりにも小さな光の突起物が形成された。
ぶっつけ本番で思った通りの物は出来なかったけど、それを撃ち出す事ができれば儲けものね。
「射て――――っ!!」
瞬間、ゴブリン村長は身を捻り後ろへ倒れ込んだ。
ソフィが叫ぶ。
「ごめんなさいっ、避けられたわ。」
「初めての光魔法だったんでしょ。しょうがないわ。後は私がやるわ、見ていて。」
バリアの外側に無数の光の矢が形成される。あ、背中を向けた。逃げ出すつもりね。逃がさないわ。
無数の矢を一気に射出。背中に光の矢が刺さってハリネズミのようになったゴブリン村長が地に沈む。
バリア解除。
「テオっ、結界は解除したわ。とどめをお願いっ。」
私の声で即座に反応したテオが、ゴブリン村長の首を切り落とす。ふ~、一件落着ね。
「ジュスト、ゴブリン討伐に行っても大丈夫だと思うわ。」
ふるふると横に首を振るジュスト。あら、今のゴブリン村長にびびっちゃった?
「い、いや、俺じゃあんなバケモンとは戦えねえ。」
「ゴブリン村長はあれ一体だけよ。後は小さいゴブリンばかりよ。」
「そ、村長? い、いや・・・・・・・ 俺は遠慮深い男なんだ。 遠慮しとく・・・・・」
う~ん、まあ、遠慮深いかどうかは置いといて、腰が引けたときは無理せずにおとなしくしてる方がいいかも。無理をさせたりすると往々にしてケガするものなのよね。
森の奥から息を切らしながら走り出してくるハンター達。それに遅れて金属鎧の騎士達。多分ゴブリン村長を追いかけてきたんだと思うけど、ゼーハーゼーハーと呼吸困難に陥ってる。
「そんなんでゴブリン村長と戦うつもりで追ってきたの? マスター、運動不足じゃない?」
「ゼーッゼーッ キング ゼーッゼーッ どうやって ゼーッゼーッ」
会話にならないわ。治癒魔法で疲労回復ってできるのかしら。
マナにイメージを送れば、地面に倒れ込んでゼーゼー言ってる人達が光に包まれる。
「おおっ、これは凄い。呼吸が楽になった。」
「もう普通にしゃべれるでしょ。」
「あ、ああ、あの平地を駆け抜けたゴブリンキングを迎え討って傷を負わせたんだが、殴り倒される奴が多くて、あっという間に抜けられた。で、ゴブリンキングは明らかにヴィヴィ達を追って行ったのが分かったから、ここまで走ってきた次第だ。」
その状況は想像出来るけど、殴り倒されたって事は森の奥に負傷者が多数出たって事ね。
「負傷者は運び出せるの? それとも私達が行った方がいいの?」
「負傷者が出た時の運搬を依頼しているグループがあるから、ここで待っていてくれればいい。」
それならここで待っていればいいわね。ゴブリンの残党が出るかもしれないところにソフィを連れて行きたくないし、ソフィの護衛役のジュストは腰が引けちゃってるし。
「そんな事よりもゴブリンキングだ。やつの首をはねたのは誰だ。」
怪我人の事を『そんな事』で済ませるなんてひどくない? でもここでそれを指摘すると話が変わっちゃいそうだし、スルーしましょ。
「テオよ。」
「ちょっ、ヴィヴィ、」
「あら、テオは自分じゃないって言いたいの。私はたしかに見たわ。テオがゴブリン村長の首をはねるのを。」
「村長ってなんだ?」
「王でもないのにキングはないでしょ。ゴブリン村の長だからゴブリン村長で充分よ。」
「お・・・ おう ま、村長でも問題はないか。
じゃあ、今回のゴブリンキング討伐はテオで問題はないか。」
マスターがその場にいた『暁の空』のメンバーを見まわして確認をとる。皆がうなずいてくれてるって事は、テオに討伐報酬とか出るんじゃない? これは馬車が買えるかも。
森からわらわらと人が出てきてる。歩いてこれる怪我人はいいけど、数人がかりで運ばれてきてる怪我人って大丈夫なの? 死んでる人間は治癒出来ないわよ。
歩ける怪我人はソフィの所へ行ってもらって、運ばれてる怪我人の容態を看てみる。
今にも息を引き取りそうな人が三人いる。その三人は一緒の場所に横たえられた。その三人に二人がついて涙を流してる。同じパーティーメンバーなのかしら。もう駄目だと諦めちゃってる感じだわ。
「あなた達、諦めてメソメソしてる場合じゃないでしょ。彼らの胸に手を置いてヴァランティーヌ様に祈りなさい。あ、安らかな死ではないわよ。友人をお救い下さい、と祈るのよ。」
「そんなお祈りで助かるのか?」
「そんな事知らないわっ。メソメソしてるぐらいならお祈りぐらいしなさいよっ。」
まだ何か反論しそうだったけど、言葉を飲み込んで二人が祈り始めた。
これでこの場では私に注意を向けてる人はテオとニコだけね。お祈りを始めた人から距離を置いて、横たえられた三人の周囲のマナにイメージを強く送る。治癒の光に包まれるイメージね。
横たえられた三人が温かな光に包まれ、土気色だった頬に朱がさす。
祈っていた二人から叫びが上がった。
「おおーーっ、き、奇跡だ。ヴァランティーヌ様っ、ヴァランティーヌ様~っ。」
マナへのイメージを止め光が消える。
「駄目よっ、祈り続けて。ヴァランティーヌ様は応えてくれないわよっ。」
慌てて二人が目をつむり祈り始めれば、横たえられた三人が光に包まれる。
その場に残っていたマスター、呆れた顔で私の所に近づいてきた。
「あれはヴィヴィがやってるんじゃないのか。」
「いえっ!! ヴァランティーヌ様よっ。彼らの祈りが届いたのよ。あっちの怪我人達にも聞いてみるといいわ。ヴァランティーヌ様がお救い下さった、って言うはずよ。」
は~~~~っと長いため息をついたマスター。
「分かった、ヴァランティーヌ様の奇跡がおきたという事にしよう。で、その奇跡はこれからもちょくちょくおきる奇跡なのか。」
「何言ってるのっ、そんなに頻繁におきたら奇跡でも何でも無いじゃないっ。」
「え? あ~、もっともな意見だ。奴らには説明しておくよ。こんな奇跡はこの先出会う事は断じて無い、ってな。」
断じてないって断言しなくてもいいと思うけど。この先偶然にも命拾いする事があって、その時に『ヴァランティーヌ様ありがとうございます。』って感謝の気持ちを持つのは大切よ。実際には女神様はヴァランティーヌって名前じゃ無いんだけど。