14.殲滅出来てない?
なんでギルドの2階まで連れてこられてるのよ。報告書の代筆はやりますよとは言ったけど、私は当事者じゃないでしょ。
「何だ? 不満そうな顔だな。」
「当たり前でしょっ。私は部外者なのよ。ここにいるBランクのなんちゃらに聞けばいいじゃないっ。」
「なんちゃらって・・・・・ レナルドだっ。忘れるんじゃない。
マスター、ヴィヴィの言うとおりだ。この件については俺が説明すればいい事だろう。」
「その場にいた最高ランクハンターの説明義務からすればその通りだな。それとは別の話でヴィヴィを呼んだんだけどな。
ヴィヴィ・・・ ブフッ、いや すまん。」
「笑ったわね。レディを見て笑うなんてなんて失礼なのっ。」
「笑うなって言われてもな~、その変な帽子と変なメガネは笑いを誘うぞ。やめた方がいいんじゃないか。せっかくの可愛いらしさが台無しじゃないか。」
「かっ、かっ、可愛いだなんておだてたってっ、何も出ないわよっ。」
可愛いだなんて突然言われて、声がうわずっちゃったわ。ギルドマスターがかっこいいおじさんと言うわけでもないのに。かっこよくてもおじさんは却下よ。私はおじさん趣味じゃないし。
「おだててるわけじゃないんだがな。帽子とメガネは好きで付けてるなら、問題無いな。
で、ここからも見えたんだが、森に巨大竜巻が発生したのはヴィヴィがやったのか。」
「いや、あれは突然発生した竜巻が、偶然にもゴブリンの群れを巻き上げてくれたんだ。」
すかさずレナルドさんが否定してくれた。
「なんでレナルドが否定するんだ? いや、待て。そうなるとおまえ達が持ち帰った討伐証明部位は、ほとんどが自然発生の竜巻に巻き込まれたゴブリンの耳だという事で、討伐報酬がかなり削れるな。」
「ちょっと待て―っ!! なんでそうなる。今更俺がゴブリンの討伐報酬を欲しいわけじゃないが、今回はケガした奴らが大勢いる。そいつらに充分な金を渡してやりたいんだ。」
凄いわっ、レナルドさん、他のハンターの事を充分に考えてあげてる。怪我人の人数が多すぎたからまだ全員のケガを治したわけじゃないしね。歩けそうも無い人を町まで自力で帰れるようにしてあげただけだし、帰ってきた怪我人達は町の治療院でお金を払わなければいけない。ちょっとのケガなら痛いのを我慢してる人もいるだろうけど。
おまえがやったのはわかっているんだぞ、正直にしゃべれ、とでも言いたげにギルドマスターが薄ら笑いを浮かべながら私に視線を送ってくる。
「情報を公開するわけじゃないんだから、素直にしゃべった方が得だぞ。」
「うぐぐ~・・・ わ、わかったわよ。私がやりました・・・ 」
「え? ホントにヴィヴィがやったのか?」
「なんだ、レナルド。ヴィヴィにごまかされたのを、うのみにしたのか。」
「レナルドさんは純真なのよっ。ギルドマスターは心が汚れてるわ。そういうやりかたは、人に嫌われるわよ。」
「ひどい言われようだな。しかし、この支部を預かるギルドマスターとしては、起きた事は記録に残さなきゃいけないんだ。そして、記録は真実に則ったものでなければ記録とは呼べない。」
せ、正論を射てるわ。でも、譲れないところもあるわ。
「まだ納得できていない顔をしてるな。」
「納得してないわけじゃないわ。報告書には私の名前を入れなくてもすむようにしてほしいわ。」
「いや、報告書はいらないぞ。せっかく当事者がここにいるんだから、聞き取りで俺が記録をする。」
「なんでよっ。その場の上位ハンターが報告書を作るって聞いたわよ。」
「いや~、レナルドの報告書、ひどいんだわ。要領を得ないっていうの? もう、意味不明なんだわ。そんなの読んでるぐらいなら本人前にして聞き取り調査した方がましだろう。」
レ、レナルドさん、うなだれちゃってます。どうするんですか、一番の当事者をここまで痛めつけて。
「まず最初の聞き取りだ。あれほどの討伐証明部位を持ち帰ったんだ。ゴブリンの集落を殲滅してきた、と判断していいんだな。」
ギルドマスター以外の聞き手、レナルドさん、そして私が、え? と一瞬呆けたようになった。
「いや、そんな事は誰も言ってないぞ。」
「何? あれだけの数を討伐して殲滅出来ていないのか?」
「殲滅も何も、あまりの数の多さに怪我人を助けるのが精一杯で、逃げ帰ってきたんだぞ。」
「逃げ帰ってきたのに討伐証明部位は持ち帰れたのか?」
「ああ、そういうことか。殲滅しなきゃ討伐証明部位は持ち帰れないか。俺達の戦闘中にヴィヴィとヴィヴィの仲間が参戦してきたんだよ。」
「ニコよ。」
「そうそう、ニコっていったな。その二人のおかげで押されてた戦局が俺達に傾いたんだ。で、最後の特大の竜巻だ。それに恐れをなしたかわからないが、森の奥からゴブリンが出てこなくなった。だから討伐証明部位を回収できたんだ。」
「そこまでの数を討伐して、まだこの騒ぎは終わっていないという事かっ。」
レナルドさんが頭を振りながら返事をする。
「わからない。あの竜巻を恐れて森の奥から出てこないかもしれないし、竜巻でほとんど討伐出来たのかもしれない。逆もある。討伐した数と同じかそれよりも多くのゴブリンが残っていた場合、森を出て人を、町を襲うだろうな。」
「襲うだろうな、じゃないだろ。ちょっと待ってろ。」
慌ててギルドマスターが応接間を飛び出ていく。
「マスターはどこ行ったんでしょ。」
「緊急依頼だろ。こんな状況だ、町の防衛強化、貴族家に使いを出して騎士や兵士も出してもらわないとな。森から出てくる魔物の監視、森の中の探索、いろいろやる事は多いんだ。」
「ええ~、あんなんでもちゃんと働くんですね。」
「あんなんでもって、ひどいな。ちゃんとしたギルドマスターだぞ。」
「レディの外見を見て笑うなんて『あんなん』で充分よ。」
「いや、俺もそのメガネと帽子はない方が可愛いと思うぞ。」
「女の子は可愛く見せたくない場合もあるのよっ。」
「ああ、それも理解できる。世の中危険な奴も多いからな。色気を振りまいてたら襲われちまうしな。」
まあ、私の場合はそういう意味でメガネと帽子じゃないんだけどね。髪の毛と瞳を隠したいのよ。
思ってたより早くギルドマスターが戻ってきた。ちゃんと仕事してきたのかしら。
「早かったな。」
「早かったな、じゃないぞ。レナルドの報告書待ちだったら、対応が明日になってたとこだ。」
「口頭での報告は先にするつもりだったぞ。」
「そういった重要な事は最初にしゃべれ。」
「そうか、すまん。」
「まあいい、今後の対策だ。森の監視と探索依頼を緊急で出してる。監視程度なら逃げ足が速けりゃDランク程度でもまかせられるが、探索となるとそろそろ日が暮れて危険が増す。Bランク以上のパーティーでないと任せられない。レナルドは行けそうか。」
う~ん、と考え込んで返事をするレナルドさん。
「行く奴らがいなきゃ行くが、ゴブリン共も夜は動かないだろう。明日の討伐隊が重要じゃないか?」
「それも募集を掛けてる。じゃあレナルドは討伐隊を頼む。」
「ああ、わかった。そんときはこのヴィヴィのパーティーとジュストの『暁の空』を参加させてくれ。」
「え、私達も参加できるの?」
「待て、討伐隊はCランク以上で募集を掛けてる。『風鈴火山』はDランク・・・・・ まあいいか。俺の権限で参加OKだ。しかし『暁の空』のメンバーにはEランクが二人いる。その二人は参加させるわけがないだろう。」
「あの小さい子供は連れて行かないが、え~とソフィと言ったか、Eランクだったのか。そのソフィは治癒士として参加させたい。それだけでハンター達の生存確率が格段に上がるからな。」
ちょっ、ちょっ、ちょっと待って。ソフィはハンターをやりたいわけじゃないのに、無理矢理連れて行く事になっちゃうじゃない。私のせい? 私のせいなのっ!!
「ソフィが治癒士だなんて聞いてないぞ。」
「め、目覚めたのよ。たくさんの怪我人を前にして目覚めてしまったの。」
「目覚めたって、そんな簡単に【治癒】の魔法に目覚めるもんなのか。」
見透かすように、じ~っと私の目を見つめてくる。
お、おじさんと見つめ合う趣味はないわっ。
目をそらせば、
「やっぱ、ヴィヴィが何かやったのか。」
「ちょっと、目をそらしたからって私が何かやったみたいに言わないでっ。ギルドマスターと見つめ合いたくないだけよっ。それとソフィはハンターをやっていきたいわけではないようだから、討伐隊には連れて行かないで。」
「そんな我が儘は今回は通らないぞ。ハンター登録者は町に危険が迫ったとき、ギルドが必要と認めた人員は参加義務が発生する。よほどの拒否理由がない限り強制参加だ。」
「よほどの拒否理由って?」
「動けないほどのケガを負った、とか。」
どうしよう。ケガを負わせるわけにもいかないし、他にも何か拒否理由を提示してくれてもよさそうなのに、参加させたいんだから教えてくれないわよね。
あ、そうだ。ソフィはハンターをやりたくない、ってことは、
「ハンターなんかやめちゃえばいいのよ。」
ソファーから立ち上がった私は制止する声も聞かず応接を飛び出た。
ソフィ達はまだ一階にいるはずよね。量が多すぎてゴブリン討伐の換金は終わってないはずよ。
「あ、ヴィヴィ、終わりましたか。」
ドアの外で待っていたテオとニコの間をすり抜け、足早に階段に向かう。後ろからのマスターの声には耳も貸さずに階段を駆け下りる。
一階はハンター達でごった返していた。ギルドからの直接の依頼、森の監視、森の探索、討伐隊の依頼の木札が出されてその廻りに人が集まっている。
この喧噪の中でソフィを探し出せるの。受付にも人だかりがあるし、食堂にはこんな早い時間からお酒を飲んでる集団はいるし。
あ、ソフィの声が聞こえる。木札が貼りだされたボードの所だ。依頼を読み上げてるみたい。
そうか、文字を読めない人、いっぱいいるもんね。その人達のために依頼内容を読み上げているんだ。
人混みの中に突入して、なんとかソフィのもとまでたどりついた。
「ソフィ、聞いてっ。このままだと明日の討伐隊にソフィが強制参加になるわよっ。」
私の言葉に横にいたリリアが反応した。
「なんですって。討伐隊の募集はCランク以上って書いてあるわよ。ソフィは参加させないわよ。」
「レナルドさんがソフィを参加させろって言ってるし、ギルドマスターは必要と認めた人員は強制参加だって言ってるわよ。」
「それは無理よ。募集ランクにその本人のランクが届いていなければ拒否する事はできるのよ。でも、本人に参加の意思があれば参加可能なんだけどね。」
「ええー、そんな事一言も言ってなかったわよ。」
なんだ、簡単な事じゃない。ランクを盾に拒否すればそれで済むんじゃない。それを拒否権は無い、みたいな言い方して。
人混みをかき分けかき分けギルドマスターが依頼票ボードの前まで来た。
「ここにいたか。」
「強制参加を拒否できないみたいな言い方してひどいんじゃない? ランクが満たない者は拒否できるらしいじゃないの。」
「ありゃ、誰かに聞いたのか?」
「黙ってるなんて卑怯よ。」
「まあ、ソフィ本人にはそれも踏まえて説明するつもりだったんだがな。」
ホントかしら。知らなきゃ何も説明せずに無理矢理連れて行くこともありそうな話しぶりだったくせに。
「ソフィと・・・ ジュストはいないのか。じゃあ、リリア、会議室に来てくれ。
ヴィヴィもパーティーメンバーと会議室に来てくれ。」
テオとニコなら私が動けば必ず私のそばに来てくれているから、探す必要はないわね。この会話も聞いているから、何も言わずとも会議室へ動く。
もう一度二階へ戻る。今回は人数が増えて応接室じゃ手狭って事ね。リリアとソフィ以外の『暁の空』のパーティーメンバーも見つけたら会議室に来るように伝えていたし。