101.雨降って地固まる?
村民会議での決定事項、誰がどの種子を育てるのか、全ての農家が納得して決定してくれた。
ベルトランさんに運んできてもらった種子を皆さんに届けなきゃいけないんだけど、まずは村長さんからよね。
ベルトランさんは店舗工事の打ち合わせで忙しいらしく、村長さん宅への道案内にアンナをつけてくれた。
「村長さんとこへ行くのに、道案内なんかいらないんだけどね。ほら、あそこに見えてきたのが村長さんの家だよ。」
ガラガラと進む馬車から指をさして教えてくれるアンナ。
「アンナはキャンプ地でもう必要なかったんでしょ。借りた空き家に物資は運び込んじゃったんじゃないの?」
「必要ないのは私だけじゃないよっ。みんな帰り支度を始めてるし。」
「ええ? もう帰っちゃうの?」
「そりゃそうだよ。侯爵様の騎士様達が王都へ帰っちゃうんだから、一緒に帰らないと旅の護衛役がいなくなっちゃうでしょ。あ、でもベルトランさんと私はまだしばらくガエル村にいるよ。」
「王都へ帰る時の護衛はどうするのよ。」
「そりゃあもちろん『風鈴火山』に護衛依頼を出すわよ。」
「あきれた。私達がいる前提での予定じゃない。私達が帰っちゃってたらどうすつもりなのよ。」
「え? もう私の話を聞いたからヴィヴィは勝手に帰らないよね。」
頼られちゃったならしょうがないわね。帰りの護衛は引き受けましょう。ベルトランさんも先に言ってくれればいいのに。
でも、ここにハンターギルドがあれば、護衛の依頼を提出できたりするし、魔物が出てもハンター達が狩ってくれたりするわね。
王都に戻ったらエメリーヌさんに、ハンターギルドガエル村支部を作ってもらうようにお願いしてみましょう。
「着きましたよ、ヴィヴィ。」
御者を務めていたテオが声を掛けてくる。
村長さんの家はちょっと大きめの家と、その横に並んで建っている・・・倉庫かな?
農家だし、農業用倉庫は必要よね。
家の前に馬車が止まった音に気がついて、村長さん夫妻が外へ出てくる。
「ヴィヴィさん、ようこそおいでくださいました。今日はどうされました?」
「村民会議で、皆さんの育てる種子が決まりましたので、各農家にお届けしようかと思って伺いました。」
「そ、そんなお手を煩わせなくても、わしが取りに行きましたものを。」
「いえ、私にも用事があったんです。気にしないでください。村長さんのところは大豆でしたよね。どのくらい置いていきましょうか。」
「それなら全部の種子を倉庫に下ろしてください。わしが小分けして配ります。」
「それなら、孤児院の子供達にも育てさせてあげたいんですよ。孤児院分も小分けをお願いします。」
「子供達はわしらの手伝いをしてくれるんじゃ・・・」
「もちろん手伝いもしますよ。でも、少しでも時間が空いたら自分達の畑の面倒も見れると思うんですよね。あ、そうそう、開拓村で未開拓の荒れ地を耕作した人は、その畑の権利を主張できるんですよね。」
「そうじゃが、荒れ地を耕すぐらいなら誰も耕作しとらん荒らした畑が、村のあちこちにあるんじゃが。」
「その畑で耕作しても権利を主張できませんよね。」
「誰も使っとらん畑じゃし、権利を主張するもんはおらんでしょう。」
隣の畑がすごい豊作になったら、そこはわしのじゃ、と言い出す人がいるかもしれないし、できることなら子供達には最初から自分達の畑だと主張できるようにしてあげたい。たとえ私の手助けで耕したとしても・・・
「とりあえず、孤児院用の畑として教会の北に広がる荒れ地を整備しようと思ってます。そこが子供達の畑になっても、ガエル村の皆さんは文句は言いませんよね。」
「あそこは、建築資材の調達に木を伐りまくってる所じゃ。切り株だらけで耕せぬじゃろう。悪いことは言いません。あんな所を開墾するよりも今ある荒れ畑を耕しなせえ。」
「そうね、無理そうだったらそうさせてもらうわ。」
村長さん家の帰り道、心配そうにアンナが尋ねてくる。
「ねえ、子供達に切り株をこいで畑を耕すなんて無理だよ。村長さんが言うように空いてる畑を耕しちゃダメなの?」
「土魔法を使って私がやってみるわ。キャンプ地へ戻って仕事があるようなら送り届けるけど、私達についてくる暇はあるかしら?」
「ま、魔法でっ? 行くっ、絶対見に行くわっ。」
教会の北側の荒れ地には雑草が生い茂っていたけど、そのまた北から森の樹木を切り出して運び出すために人々の足で踏み固められた道ができあがっていた。
この道を避けて両側に畑を耕してみましょう。まずは教会の裏手の荒れ地からね。
手始めに雑草の刈り取りなんだけど、風の刃を放って刈り取りたいわね。でもこの雑草の中に人がいたりしたら怖いことになっちゃうわ。
こんな時に【周辺警戒】魔法? 前にやったことあったわね。
感覚をマナに乗せて・・・ 感覚を 外へ外へ 広げて・・・・・
うん、大丈夫。人の気配はないし小動物もいない。
ではっ、風の刃を形成っ、生い茂る雑草に向かって次々と風の刃を放つ。
雑草がきれいに倒れた部分の面積、どのくらいあるのかしら。一反ぐらい?
ま、まあ、いいわ。このくらいの面積を一区画として耕していきましょう。
まずは雑草の撤去ね。両手を拡げたその先に小さな竜巻を形成、徐々に大きく育て、刈り取られた雑草の上に放つ。竜巻はあちらこちらへふらふらと動き地面の雑草を巻き上げていく。
雑草を刈った場所の外へ竜巻を誘導し徐々に威力を減衰させていけば、その近辺にバラバラと降り注ぐ雑草。一山にはならずバラバラに散らばっている。
竜巻が消滅した後は散らばってしまうのはしょうがないのよっ。
でも大丈夫、散らばる雑草の周りから中心に向けて風を起こせば、ほ~らきれいに雑草の一山のできあがり。
後はこの雑草を、土魔法を発動して土の壁で囲って、水魔法で水をぶっかけて・・・蓋をしたいわね。土魔法で蓋をしちゃうと開けたいときに開けられなくなるし、どうしましょ。
向こうに木を伐った後の切り株があったわね。切り株をほじくりだして板を作ってみようかしら。
切り株の根元の土に手を当て、土魔法発動。土が水のように波打ちうねる。そのうねりの中、切り株が上へ上へと押し上げられてくる。そう、土をうねらせながら切り株に土圧をかけていけば、水に浮く木のように浮き上がってくるのよ。
水に浮く木は全部を浮き上がらせることは無理だけど、土魔法で土をうねらせ根っこを上へ上へと押し上げていけば、ほら、完全に土の上に出たわ。
そしたら【水刃ソー】発動っ。切り株の上から縦割りに切れていく。1mぐらいの板がとれそうね。
こうして数枚の板を切り出して、雑草を囲った土の壁に蓋をする。
たまに水を掛けるようにクリストフ神父様にお願いしとかなきゃね。
「ねえ、ヴィヴィ、これは何をしているの?」
何をしているのか分からなかったようで、ソフィが疑問を訴えてきた。
「うまくいくか分からないけど、堆肥ができないかやってみてるのよ。ここへ落ち葉や枯れ葉を入れたりすれば腐葉土ができるしね。」
さてここからが本番、耕耘よ。荒れ地を畑として使用できるように耕さないといけないのよ。魔法名もその名の通り【耕耘】・・・でいいかしら?
この【耕耘】に関しては絶対にソフィに習得してもらわなきゃいけないわ。子供達が増えて畑がたくさん必要になったときに、私がいなくてもソフィが畑の拡張をできるように。
「ソフィにもこの魔法を手伝ってほしいんだけど、手を貸してもらえるかしら。」
「私にもできそうな魔法なの?」
「さっき切り株を土の上に浮き上がらせた魔法を、この草を刈った場所で広範囲に発動させるわ。そのマナの流れ・・・ いえ、土の精霊の力の流れを感じてほしいの。」
「土の魔法なんて私には無理よ。」
「できるできないじゃないわ。私の発動する魔法、その魔力の流れを感じてほしいの。」
「う~ん・・・ そのくらいなら問題無さそうかな?」
そうなのよ、全く問題などあるはずもないわ。そこに問題があるとしたら、絶対に覚えさせる、と意気込んでる私だわ。
でもソフィならきっと覚えられるはずよ。だって光の魔法だって覚えられたんだもの。
ソフィをその場にしゃがませて両手を地面につける。私はソフィの後ろに回って背中に両手を添え・・・ さあ、いくわよ。
私のイメージと共にマナが動く。手のひらから動き始めたマナはソフィの背中から腕、手を介して地面に流れていく。
「すごいっ、精霊様の力が私の腕を伝っていくのが分かる。」
「その力がどんな現象を起こしているか感じてみて。」
そう、マナの流れ、そこからどういった現象が起きているか、それが理解できれば土魔法は無理という考え方もなくなるんじゃないかな。
「土が波打ってる。これは耕してるの? あっ、それだけじゃないわ、石や岩が浮き上がってきてる。」
「この力の動きを感じて、魔法をイメージして。」
畑にするんだしね、石や岩が土の中にいっぱいあったら困るよね。
うごめく土が石や岩を表面に浮き上がらせる。浮き上がった石や岩は波打つ土に運ばれ畑の外に運ばれていく。固く締まった土は波打ちながら軟らかくほぐれ盛り上がってくる。
石や岩が減った分土が減りそうな気もするんだけど、そうじゃないの。長い時を雨に打たれて固く締まった土、それがほぐれて空気を含むように、水をたっぷり含むようになっているんだから、土の体積はとっても大きくなっていく。
雨が降るとまた締まっていくんだけどね。雨降って地固まる、ってこういう事だっけ?
荒れ地の土がうねり、畑と言っても問題の無い耕作地に変わっていく状態を夢中で見つめているソフィ。
ソフィの中でもう充分なイメージはできあがってるんじゃないかしら。
私からのマナの流れを減らしていく。すると土のうねりは小さくなるけど、すぐに回復する。
もう【耕耘】はソフィのイメージで動いているわ。私からのマナの働きを停止してみましょう。
「すごいよっ、ソフィ一人でもできてるじゃない。」
アンナが驚きの声を上げた。私はすでにソフィの背中から手を離し一歩後ろへ下がっていたから。
「えっ? な、何、ヴィヴィ、どうしたの?」
「ソフィ、集中してっ。魔法が止まるわ。」
一瞬収まりかけた土のうねり、もう一度大きくうねり出す。
「ソフィ、おめでとう。土魔法【耕耘】修得よ。」