100.村民会議
次の日には村人が教会に集まった。村長さんのおかげというのもあるんだろうけど、娯楽の無さそうな村だし、『集会を開くぞ』のお声掛けですぐに人は集まるんでしょう。
教会とは言っても、元々がお屋敷に隣接された倉庫みたいなものを無理矢理集会所にしてしまった感がいなめない。隅っこに物資が山積みされてるし。
集まった村人達を見回せば、若者がいない? おじいちゃんおばあちゃんばかりが椅子に座って、話が始まるのを待っている。
若者達は農業を諦めて出て行っちゃったのかも。痩せた土地で無理して農業しなくたって、近くに大都市があればそっちで仕事を探すわね。
前に出た村長さんが村民達に話しかける。これは村民会議と名付けてもよさそうね。
「この村の再開拓が始まるとかで、人が集まってきて建物を建てたり家を修理したりと、ずいぶんと村が賑やかになっとる。
わしはこんな無駄な銭を浪費する貴族様を、腹の中で大笑いした。何したって痩せた土地に作物は育たねえんだ、と。」
「ああ、そうだ。これまでわしらは必死になって麦を作ってきた。どんだけ手をかけても収穫は先細り、食っていくのもやっとだ。奴らが何かしたって収穫は上向かねえ。」
村長さんの話に同調する村民達。そこへ力を込めて反論する村長さん。
「今まではわしもそう思っていた。でもそうじゃねえんだと、こちらの神父様のお客様、え~と、
なんとお呼びしたらええですか。」
「私のことはヴィヴィと呼んでくれていいですよ。」
「あ、はい。
麦ばかりを作ってたらダメだと、ヴィヴィさんがおっしゃっている。」
「麦を作らなきゃ、食うものがなくなっちまうだろう。」
「今年穫れた麦で来年はいいが、その次の年はどうするつもりだ?」
「そもそも、そんな小さな子供の意見に従って大丈夫なのか?」
村民達に否定的意見をぶつけられ戸惑う村長さん。
一時は私の意見で村を立て直せると思って希望が膨らんだのに、村民の反対意見でみるみるしぼんでいく様相を見せられている気分だわ。
ここは私が代わりましょう。
「皆さん、畑で麦ばかりを作っていたと思います。同じ作物を作り続けるとその作物に必要な土中の栄養素が減っていきます。それは年を追うごとに不作になっていくという事です。そこでブランシュ商会に持ってきていただいた5種類の種をそれぞれの農家で作付けしてください。種は大豆、トウモロコシ、ゴマ、菜の花、ひまわり、です。これを農家の皆さんが持ち回りで、」
「ちょっと待ってくれっ。大豆、トウモロコシはまだいい。ゴマだの花だのと食えねえものを育てていたら、おらたちが食っていけなくなっちまう。」
自給自足で細々と食いつないできた村民達にしてみれば、主食にできないものを作れと言われて、納得できないのも無理はないわね。
でもこれからは村民達の意識改革よ。自給自足の農民根性を改革して、農作物を売って利益を上げる事を覚えてもらわなくちゃ。
「農家の皆さんに作っていただいた農産物は私が買い取ります。その対価を元に皆さんの食料や衣類その他必要な物を購入してください。ブランシュ商会さんがこの村にお店を開いてくれます。店では食料品や生活雑貨に始まり農機具なども販売してくれます。ここまでの話はよろしいですか?」
「そんな簡単に買い取るなんて言われても、豊作になるとは限らねえ。麦と同じで不作だったらどうすんべぇ。」
「豊作になるように私も努力をします。皆さんも豊作になるように努力してください。」
そうなのよ。結局は農業のプロなんだから、農民達本人が頑張らないとダメでしょう。 でも、不作が私が思ってるとおり連作障害が原因だったら、麦と違う作物を植えることによって実のつき方がきっと上向くはずよ。そうなれば村民達の意欲も改革できるはずよ。
「では先ほどの話に戻ります。5種類の種子を農家の皆さんが持ち回りで育てていただきます。その農作物の植え付け用の種を隣の農家に回すことによって、毎年違う作物を育てられます。それを3年から5年ぐらいやれば、麦も育つ畑になると思います。」
「そ、そんな事までして新しい代官が来たら、また年貢を納めなきゃいけねえのか?」
その言葉に勢いよく神父様を振り返る村長さん。
「だ、代官・・・ 来るんですか?」
その言葉に神父様も困惑の表情を私に向ける。
「私ではあずかり知らぬ事だが、そのあたりはヴィヴィは承知しておるのか?」
「ガエル村はクレマンソー侯爵領となりました。再開拓に関しての資金はクレマンソー侯爵家が出しています。この村を管理するためにどなたかが送られてくるのは当然でしょう。」
「わしら、年貢なんて納められねえ。」
「年貢の徴収はありません。収めるのは農産物を売って得られる対価から、必要経費を引いた純利益に税金を掛けられます。ただしクレマンソー侯爵様との約束で、5年間は無税、6年目以降年を追うごとに1割2割3割と引き上げられます。3割になった時点でこの村の状況を確認しながら、上げるか下げるかの相談をするそうです。」
「3割なんかで済むわけねえ。前の代官はおら達の麦を6割も持ってったぞ。」
ええ~っ、おじいちゃん家令が言ってたわ。5割以上の重税を掛ける領主もいるって。この村人達はそんな重税に苦しめられていたって言うの? 連作障害で収穫が先細る前の話よね。
でも6割よ。領主がそれを望んだのかしら、それとも代官が私腹を肥やすために?
今となっては分かりかねるけど・・・ クレマンソー侯爵様はそんな重税で民を苦しめることはないと思いたいわ。
「税率の約束は私にはできませんが、4割程度は普通だそうです。それを3割になった時点で相談してくれるとの事ですから、侯爵様がそれほどの重税を課すとは思えません。」
私だって『重税を課すとは思えません』としか言い様はないわよっ。侯爵様だって領内で困ったことが勃発してお金が必要になれば、税金を上げざるをえないわ。
そういうときのためにも、今私は言葉を濁すのよ。『重税を課しません』ではないの。『重税を課すとは思えません』なのよっ。
「今話した税率が守られるかどうかは、その時になってみねえと分からねえって事ですね。ただ、わしらが税金を納められるほど収穫できるとは思えねえんですよ。」
何か心配するような発言をする村長さん。
確かに連作障害だとか、他の作物を育てれば豊作だとか、私みたいな子供が言ってることを鵜呑みにはできないでしょうね。だからといって何もしない理由にはならないわ。行動を起こすのは今なのよっ!!
「見ての通り、この村には若いもんがおらんのですよ。ヴィヴィさんが言うように豊作になったら、年寄りばかりじゃ収穫が間に合わんですじゃ。」
あっ、心配はそっち? 労働力問題なのね。
「おっしゃるとおり、労働力たり得る若者が見かけられません。これでは作付けから収穫までの仕事が滞る心配を拭えません。」
村人達がうんうんと頷く。
「今更、わしらの子供達が都会から戻ってくるとは思えんし。」
「せっかくお子さん達がいるのなら、戻ってくるように手紙を出してみてはいかがですか。その上で戻らないという事でしたら、こちらで労働力はなんとかしましょう。」
「なんとかするって、そんな簡単な話ではないと思うんじゃが。」
「今、侯爵領からガエル村に来ている人達は、全員ではありませんがこの村に残ってくださる方々がいらっしゃいます。他にもこの村に孤児院を建てて、王都から孤児院の子供達を連れてきます。働ける子供達もいますので、人手が欲しい農家には子供達を派遣します。ただし、無料ではありません。ちゃんとお給金の支払いをお願いします。」
「そんな・・・ 給金の支払いなんて、そんな裕福な農家などありませんですじゃ。」
考えてみればそうよね。いっぱいいっぱいの生活をしてるんだから、お金を貯め込んでいる余裕なんて無かったんでしょうね。
さて、どうしましょうか。私が貸し出す?
貸したお金は帰ってこない可能性が高いし・・・
農作物買い取りの時に強制徴収にすれば、取り損ねが無さそうじゃない? うん、そうしましょう。
「子供達を労働力として使った場合、農作物の買い取り時に天引きすることにしますがよろしいですか?」
「も、もし不作だったら、勝手に引かれて何も残んねえ事もあるんでは?」
「不作だったら、天引き分を減らして農家の皆さんに渡すお金を極力増やすようにします。」
不作になったら私の資金で補填するしかないんでしょうけど、大丈夫よ、きっと豊作にしてみせるわ。
「では、来年作付けする種子の割り当ては皆さんで話し合って決めてください。全員が大豆、トウモロコシに偏らないようにお願いします。」
後ろの方に座って今まで全く発言をしていなかった村民が、恐る恐る手を上げ発言をする。
「あ、あの~、花なんか育てて何するんじゃろうか?」
「いい質問です。菜種、ヒマワリの種、ゴマ、これらを絞って油をとります。動物性の油に比べてあっさりしています。なお絞る種によって香りや味わいが変化して料理の幅も広がります。料理人にはきっと好評を得ると思います。」
「じゃ、じゃあ、わし・・・ 菜の花を育ててみようかな。」
「是非ともよろしくお願いしますっ。」
菜の花を育てたいと言いだしたおじいちゃんのおかげで、わしはヒマワリを、あたしゃゴマを、と言い出す村民達。
そこへ村長さんの一声、ざわつく村民達が静まる。
「待て待て、ヴィヴィさんは偏らないようにと言ってるのに、花やゴマに偏ってるじゃないか。作付けの割り当ては、わしが仕切らせてもらうぞ。」
「・・・分かった。村長が決めるんなら、わしらも従おう。」
んだ、んだ、と村民達の肯定の声が続く。
これなら偏ることなく話し合いで割り振れそうね。
何が何でも麦しか作らん、とか言いそうな頭の固い村人がいるかもって思ったけど、そんな事もなく無事村民会議を終えることができた・・・ と思うわ。