ミッション開始です!
朝、いつもの様に朝食を作りにキッチンへ行くとリズムがいた。特に何かをする様子もなく、電気も付いていないキッチンにただ静かに立っている姿に俺は一瞬驚いた。
「マスター! おはようございます!」
リズムは俺に気がつくと、ハツラツとした声で朝の挨拶をした。
「お、おお。おはよう、早いな」
「マスターは少し寝不足のようですね」
「まぁ、昨日いろいろ考えてたら眠れなくってな」
俺はキッチンに立って朝食のコーンフレークを皿に出す。冷蔵庫から牛乳を取り出してかけるだけのお手軽朝食だ。
「マスターのお嫁さん探しのことですか?」
「……っ」
俺は図星を突かれて、思わず咽込んだ。
「あ、まぁ、それだ」
「ご安心ください! マスターの家系は途絶えることなく未来へ続いているのは確定事項です! なので、将来的にマスターの懸案事項である『女性アレルギー』は改善されるものと推測します」
「う、うーん」
リズムの自信ありげな話を聞いても、俺にはいまいちピンとこない。
「たぶん、マスターが恋をした時がアレルギー克服のチャンスなのではないかと思うんです」
「はぁ? こ、恋?」
唐突に何を言い出すんだ。この未来のロボットは。
「そしてその方そこ、マスターのパートナーになる方で間違いないと思います!」
どういう理屈でその答えに行き着いたのか気になるが……確かに、女性アレルギーが治って、恋人が出来ればそれに越したことはない。だが、そう上手くいくだろうか。
「……とりあえず今は成り行きに任せるって感じだな」
俺は食べ終えた皿を流しに置き、着替えをする為、2階の自室へ戻った。制服に着替えて階段を降りるとさっきまで未来的な服装をしていたリズムは、現代の学生服を見に纏っていた。
「では、行きましょう!」
「おお」
「喜美さん、いってきます!」
リズムと俺は2階にいる喜美に声をかけ外へ出た。
「マスターは今、気になる方とかいらっしゃらないのですか?」
「はぁ!? お前、本当、いきなりだよな!?」
「でもリサーチしない事には今後の作戦に支障が出ます」
「作戦って……。いや、待て。そのマスターって呼び方も人に聞かれるとアレだから、普通に名前呼びにしてくれ」
「了解しました! 善さん!」
リズムはビシっと敬礼のポーズをとった。
朝からこのテンションは正直疲れる。
「てか、勇希の奴、遅いな」
俺はいつも家の前で待ち合わせしている勇希の姿を探すがどこにも見当たらなかった。
「勇希? 卯ノ沢勇希さんですか?」
「ああ、毎朝ここで待ち合わせしてるんだけど……」
「悪い! 遅れたー!」
遠くから走ってくる足音と、勇希の声が聞こえて俺は振り返る。勇希は俺を見て、それから隣にいるリズムに気がつくと足を止めた。
「え、なんで転校生がここに?」
「あ……」
しまった。すっかり失念していた。
リズムが俺の家に居候する事になった経緯を説明しなければならないが、果たしてリズムが未来から来たロボットだという事を正直に話してしまっていいのだろうか。
「善さん、私の正体は内密におねがいします」
リズムがコソッと耳打ちした。
それもそうか。この俺ですら、実際にはまだ半信半疑だ。正直に話したところで、信じてもらえない可能性の方が高い。ならば、ここは適当に誤魔化すのがいいだろう。
「実はコイツ、親父のツテを頼って日本に来たらしくてさー、だから、俺の家で居候する事になってて、いやー、ほんと、マジで驚きだよなー」
我ながら嘘が下手すぎるが、他に言い訳が思いつかなかったのでしかたない。
「ふぅん、確かにお前の親父さんならやりそうな事だな」
意外にも勇希はすんなりと納得したようで、特に追求することなく受け入れてくれた。
「あ、遅刻する! 急ごうぜ」
そう言って走りだす勇希の後を追うように俺たちも走り出した。
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学校へ着くやいなや、リズムは姿をくらませた。
ホームルームが始まる頃には教室へ戻り、授業を受け、休み時間になるとまた直ぐにどこかへ行ってしまった。
「飯食った後の運動って、マジで辛いわ」
俺の隣を走る海斗が息を切らせながらぼやく。午後の授業は体育だ。男女別々に別れて授業を受ける。男子はマラソン。マジで辛い。
「てかさ、朝のアレはどういう事だよ」
「朝?」
「リズっちと一緒に登校してきたこと、だよ!」
「朝、説明しただろ」
「説明は聞いたけど、納得はできん!」
息も絶え絶えに海斗はしつこく理由を聞いてくるので俺はめんどくさくなって、走るスピードをあげた。
グラウンド5週というノルマを達成した俺は水分補給のため、運動場の隅で腰を下ろす。
直ぐに走り終えた海斗と航もやってきて隣に座った。
「勇希は?」
「見学だって。また保健室でサボってるっぽい」
俺の質問に航が答える。勇希は運動が苦手なのか、体育の授業は休みがちだ。
運動場の真ん中では2組と3組の女子達がキャッキャとはしゃぎながらダンスの練習をしているのが見えた。
リズムもすっかりクラスに馴染んでいるようで、清宮とペアを組んでダンスを教わっているようだった。
「リズっちに熱い視線を送ってんじゃないわよ!」
俺の視線の先にリズムがいる事に気がついた海斗が茶々を入れる。
「別に送ってねーし。てか、アイツはそんなんじゃない」
「そんなんじゃないってどーゆうことよー!? ねー、サトちゃん意味わかる〜?」
「ええ、いやぁ。俺にはなんとも」
海斗のウザ絡みに航は苦笑いで答える。
「アイツはこう、なんて言うか、スマホみたいな感じで……」
「は? 意味わからん。何コイツ、サイコパスなん?」
「う、うーん?」
「くっ……!」
うまい例えが見つからず、俺は親友2人から冷たい視線を浴びせられる。
「いや、だから、スマホって大事だけど恋愛の対象にはならないだろ?」
「流石に女性をスマホ扱いはちょっと……」
航の正論に俺は言葉を呑むしかなかった。他にいい例えがないか考えていると、突然女子の騒つく声が聞こえた。
声のした方を見ると、リズムが転んで尻餅をついたようで周りの女子達が心配そうな顔をしている。そして倒れたリズムの前には石姫が立っていた。
「なになに? 女子のケンカかぁ? こっえー」
海斗が女子の様子を伺いながら言った。
ここからでは2人の会話は聞き取れなかったが、石姫がリズムに何かを話した後、直ぐにその場を離れて授業は再開された。