それは野暮な質問です
「まぁ、ちょっと焦げたけど……食べられない事はないな」
俺はカレーを皿に盛り付け、テーブルに並べる。リズムは目の前置かれたカレーを不思議そうな顔で見ていた。
「喜美、ご飯だぞー」
俺は階段下から2階に呼びかける。しばらく待つが、相変わらず返事はない。
「きみ?」
「ああ、おれの妹。喜美って言うんだ。中学生なんだけど、ちょっと事情があって、引きこもり状態で……」
「お兄ちゃん……その人、誰?」
振り返ると、妹の喜美が柱の影に隠れた状態でこちらを見ていた。どうやら、テーブルに座っているリズムを見て驚いている様だった。
「おお、喜美。ちょうどよかった、紹介するよ。コイツはリズム。
ちょっと事情があって、しばらくウチで一緒に暮らすことになったからよろしくな」
「よ、よろしくお願いします!」
リズムは立ち上がり、妹に会釈する。
「は…? 何それ、キモ」
喜美はさらに不信感を強めた様で、テーブルに置いてあったカレーを手に取ると、すぐに2階の自分の部屋へと帰って行った。
「……私、やっぱりお邪魔なのでは」
「いや、アイツは誰に対してもあんな感じだから、気にしなくていいよ」
「そうですか?」
「それより、カレー食べようぜ。冷めちまう」
「あ、はい! いただきます!」
リズムはぎこちない動きでカレーを頬張り、固まった。
「どうした? 不味かったか?」
「いえ、味は正直よくわからないんですけど……なんだかとってもあったかいです」
「そりゃ、出来立てだからな」
なんとも掴みどころのない感想に俺は思わず苦笑した。夢中でカレーを頬張る姿を見ていると、ますます彼女が人間では無いことが信じられなくなってくる。見た目はどう見ても人間そのものだ。
「そういえば、風呂とかは入れるのか? ロボットは水とか苦手だとだろ?」
「……マスター、あまり細かい事は言いたくないんですが、私はロボットではなく、ヒューマノイドです」
何故かリズムは少しだけ不服そうな顔をして言った。
俺にはロボットとヒューマノイドの違いがよくわからないが、リズムにはリズムなりのこだわりがあるのだろうか?
「お、おう、悪かった。ヒューマノイドな、了解。でも機械は機械だろ? やっぱ水が入ると故障したりするのか?」
「一応、防水加工はしてありますし、多少の水になら耐性もありますが……。入浴などは必要無いですね」
「必要ない?」
「私の体にはピコマシンが搭載されていますので、表面についた汚れなどは常に洗浄されます。なので、汚れる心配は無いんですよ」
「へー、さすが未来の機械。便利だなぁ」
「ピコマシンは洗浄作用の他にも、細胞の再生機能を高めたり、物質を再構築したり、様々なものに応用されてます」
リズムは得意げにふふんと鼻を鳴らした。
ロボットにもプライドのようなものがあるのだろうか? 知れば知るほど、この目の前のヒューマノイドというものが分からなくなってくる。
「どうかしましたか?」
「ん、いや。なんでもない」
この会話もプログラムされたものなのか? だとしたら未来の技術半端ねーな。もしかしたら、人間の心も読めるようになってるんじゃ……。
「あー、そうだ。リズムの部屋、案内するわ」
俺は未来の技術に少しだけ恐怖を感じ、それを振り払うかのように話題を変えた。
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「この部屋は好きに使ってくれていいからな」
俺は1階の使われていない部屋をリズムに案内した。
中は和室で、片隅に化粧台とタンスがあるだけの簡素な部屋だ。
「ベッドはないから、布団でもいいか?」
「マスター、それは野暮な質問です」
リズムは人差し指を立てて横に振る。
「機械は眠らないです。私には、メンテナンスマシンがありますので、夜間はその中に入ります。でも決して寝ているわけではないので、この家のセキュリティは万全です! 全て私にお任せください」
「セキュリティって?」
「私は主に警備専門のヒューマノイドなので、この規模の建物であればドローン一機たりとも侵入はさせません。もちろん、契約者であるマスターの身を護るのが第一の勤めとなりますから、いつでも警備対象の動向は把握しております。そこは安心してください」
「そ、そうか。それは頼もしいな」
こんなボロ屋には不釣り合いなぐらいの警備体制だが、本人がやる気に満ちているようなので俺は特に何も言わなかった。
「これが私のメンテナンスマシンです」
俺が目を離した一瞬の間にさっきまで何もなかった和室の真ん中にそれは現れた。
どこか見覚えのある形をしたそれを見て、俺は思った事を口にする。
「き、着ぐるみ……?」
「着ぐるみじゃないです! メンテナンスマシンです!」
「いや、どう見てもうさぎの着ぐるみだろ」
それは白いふわふわとした身体に、長い耳をはやしたうさぎ型の着ぐるみにしか見えなかった。
「これは我が社のマスコットをモデルとして設計されたものなんですよ。ほら、さっきあげたマスコットアバターも同じデザインをしているでしょう?」
「マスコットアバター? あ、あれか」
俺はズボンのポケット入れっぱなしにしていた、キーホルダーを取り出した。よく見ると確かにうさぎの形をしている。
「そのアバターと、このメンテナンスマシンは同期しているので、私のボディが同行できない場所でもそのアバターが24時、マスターを見守っていますから、無くさないようにしてくださいね」
「あ、ああ……」
一介の高校生にはほぼ必要ないであろう、警備システムに内心複雑な思いだった。
「では、ミッション開始は明日からという事で、今日はこのままメンテナンスに入らせていただきますね。メンテナンス中はスリープモードなので、緊急の場合はそのアバターを3回握ってください」
そう言ってリズムはうさぎの着ぐるみを見にまとった。そのなんとも緊張感のないフォルムに俺は思わず笑いそうになる。
「み、ミッションって?」
「もちろん、善さんのお嫁さん探しです!」
「は? ヨメ?」
俺は聞き間違いかと思い、思わず聞き返すがリズムは返事をしなかった。どうやらスリープモードに入ってしまったらしい。
「寝るか……」
なんだかドッと疲れが押し寄せてきたように感じ、俺も寝ることにした。




