灯台下暗し
あれから数週間経つが、依然として『メグル』という人物についての情報は皆無だった。
航が調べてくれた当時住んでいたと思われる住所へも行ってみたが、すでに西日野と言う名前はなく、その後の足取りについても不明のままだった。
俺は、皆月に次にまた『メグル』に会った時は連絡して欲しいと伝える事くらいしか出来ることが思い当たらなかった。
リズムは俺の許可があればもう少し範囲を広げて捜索が出来ると言ってきたが、話を聞くにどうにも法律に引っかかりそうな内容だったので、それは保留にしておいた。
そしてそのまま、なんの進展もなく月日は流れ、勇希との約束の日になった。
「勇希、手伝いに来たぞ」
俺とリズムは、社務所の扉を開けて中にいるであろう勇希に声をかけた。
出迎えてくれたのは勇希ではなく、弟の和希だった。
「おはようございます、善さん。えっと、その方がリズムさんですね。勇希から話は聞いてます。どうぞ、上がって待っててください」
「おう、悪いな」
「お邪魔します」
和希は温かいお茶を淹れてくれた。俺は遠慮なく、そのお茶をすする。
「勇希のやつ、何してんだ?」
俺が柱にかけられた時計に目をやると、室内の電話が鳴った。和希が受話器を取る。どうやら内線のようで、何度か返事を返して受話器を置いた。
「勇希がリズムさんを呼んでるみたいなんで、母屋へ行ってもらえますか?」
「私ですか? わかりました」
リズムは立ち上がると、母屋の場所を確認して部屋を出て行った。
「なんでリズム?」
「さぁ?」
和希も事情は知らないようで、首を傾げた。
・・・
「ごめんください」
リズムは和希に教えられた家は行き、玄関の扉を開けた。すると、廊下の奥から勇希の呼ぶ声が聞こえたので、リズムは言われるがまま、部屋へと足を運んだ。
「あの、勇希さん? 私に何かご用でしょうか?」
「おお、悪いな。ちょっとこれを着てみて欲しくてさ」
「え?」
勇希はリズムの前に袴を広げて丈の長さを確認した。
「サイズもよさそうだな」
「これは、巫女さんコスチューム!?」
リズムは驚きの声を上げる。
「コスプレみたいに言うな。巫女装束な」
「すみません、知識が足りてませんでした!」
「別に謝らなくてもいいよ、とりあえず今日はこれ着て作業してもらうから」
「何故ですか? 私はお手伝いに来ただけで、巫女ではないのですが…」
「ああ、寺の関係者って一目で分かるようにする為だから。そんなに深い意味はないよ」
「ああ、なるほど!」
「一般客も多少来るからさ、なんかあった時に声かけやすいだろ」
「和希さんも着ていましたね」
リズムは和希が来ていた浅葱色の袴を思い出した。
「服はそこに置いといていいから。先にこれを着て」
そう言って勇希はリズムに手際よく着付けをしていく。リズムは言われるがまま、従った。
「善さんは着ないのですか?」
「ああ、男物は余りがなかったからしゃーない。巫女装束着せるわけにも行かないからな」
そう言って勇希はケタケタと笑った。
「よし、出来た。うん、なかなか似合ってるじゃないか」
「ありがとうございます。……勇希さんは着られないのですか?」
リズムはジャージ姿の勇希を見て不思議そうに言った。
「ええ、オレ!? オレは……い、いいんだよ。袴とか着てなくても関係者だって皆分かるし……それに、善もその方がやりやすいだろ」
「……善さんの為ですか?」
「別に善の為って訳じゃないよ、不用意に近づいてゲロまみれにされたくないだけだし……アンタなら善に近づいても平気みたいだし、その衣装でも問題ないだろ?」
「……」
「な、なんだよ」
「……灯台下暗しでした」
「は?」
「勇希さん、すみませんでした!! 私はあなたの普段の装いから勝手に推測して、候補者から外していました!!」
「な、何、急に? なんの話?」
「勇希さんと善さんは幼馴染ですよね!?」
「まぁ、そうだけど」
リズムは目を輝かせた。これでまた一歩、善の未来へ近づけたと感じ、1人静かにやる気を漲らせていた。




