私、どこか変ですか?
朝、いつも通り朝食の準備をしようとキッチンへ入ると、これまたいつも通りに灯りのついていない部屋に1人立っているリズムがいた。
リズムは起きてきた俺に気がつくと、いつもの明るい笑顔をみせた。
「おはようございます、善さん! 今日も張り切っていきましょう!」
「おう、おはよう。いつも早いな……」
俺はコップに水を注いで、乾いた喉を潤した。
「あれ、なんかいつもと雰囲気違うな」
「え?」
俺は傍に立つリズムを見て微妙に違和感を感じた。そして気がつく、いつもと違うところに。
「あ、リボンの色が違うんだ」
「ああ!」
リズムもそうですねと言って笑う。
いつもは白いリボンを着けているが、今日は黒いリボンをしていた。昨日びしょ濡れで帰ってきた時に頭のリボンも濡れていたから、洗濯でもしているんだろう。
「白い方と黒い方、どっちが好きですか?」
「え? なにいきなり」
リズムの問いかけに俺は聞き返す。
「いえ、ただの興味本位です。善さんの好みはどっちかなーと思って」
「え、いや、どうかなぁ。リボンの違いで好き嫌いとかないし……」
「そうですか」
リズムはニッコリと笑微笑むと、「じゃあ……」と言って、俺に一歩近づいた。
「人間とヒューマノイドならどっちが好きですか?」
「……は?」
リズムはいつものまっすぐな瞳ではなく、何かを試すような瞳で俺を見ていた。
「……なんてね。冗談ですよ⭐︎」
リズムは俺から離れると舌をペロリと出して戯けた顔をした。
俺は何が何だか分からず、しばらく惚けたように立ち尽くしていた。
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学校へ着くとリズムはまたすぐに教室からいなくなろうとしたので、俺は慌てて声をかける。
「おい、また授業サボる気か?」
「え?」
リズムは目をパチクリとさせた後、すぐに笑顔になり「いえ、ちゃんと受けます」と言っておとなしく席についた。その日はそのまま、どこへも行かずに大人しく授業を受けていた。放課後になると、リズムは俺の隣に立ってこう言った。
「善さん、私少し調べたいことがあるんですけど、よかったら一緒についてきてもらえませんか?」
なんで俺も?と疑問に思ったが、放課後は特に予定もないので、リズムに付き合う事にした。
「調べたい事ってなんだ?」
「えっとですね〜」
俺はリズムの後について廊下を歩いて行く。
そして3組の教室へ差し掛かった所で、教室から出てきた生徒に声をかけた。
「あ、ちょうど良かった。皆月さん」
声をかけられた生徒はビクリと肩を振るわせる。
「え? あ、久保田くん!?」
恐る恐る振り返った皆月は、リズムの隣にいた俺を見て驚く。
「少しお聞きしたい事があるので、一緒に来てもらえませんか?」
「え? うぉに、ですか?」
皆月は俺とリズムを交互に見ると、不安げな顔で瞳を揺らした。
「あ、俺も一緒に行くから」
「久保田くんも…?」
顔見知りがいる事に安堵したのか、皆月は少しだけ表情を明るくした。
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「き、昨日はごめんなさい……うぉの所為でびしょ濡れになっちゃって……」
最初に口を開いたのは皆月だった。
俺にはなんの話かわからなかったが、昨日リズムがびしょ濡れで帰ってきたのは皆月と何かあったからだったのかと理解した。
「ああ、いえ、その事は本当に気にしてないので大丈夫ですよ」
リズムはニッコリと笑って言った。
「それより、昨日一緒にいた方はどなたですか?」
「えっと、メグちゃんのこと……?」
「そう、その『メグちゃん』さんです。フルネームとクラスを知っていたら教えて欲しいんです」
「え、え、えっと……名前は、メグルちゃんで、苗字はえっとなんだったかな? ちょっと分からない、です……」
「クラスは?」
「え、ク、クラスも……わからない、です。あ、でも3年生です! 前にそう言ってたから……」
「3年生……」
リズムは右手を唇に当て、何かを考えるような仕草をしたまま黙り込んでしまった。
「えっと……」
急に黙り込んだリズムを見て、不安げな表情になった皆月は俺を見る。俺にも何がなんだか分からないが、とりあえず皆月の不安を和らげようと会話をつなげた。
「なんか急にごめんな。俺もよく分かってないんだけど……昨日、コイツとなんかあった?」
「え? えっと、その……」
皆月は言いにくそうに目線を逸らしたので、俺は慌てて話題を変えた。
「あ、この後、皆月は部活か?」
「え?」
「皆月、美術部だろ? 美術室で絵描いたりするのか?」
「う、ううん……美術室は人が多くて……あんまり集中出来ないから……いつもは他の空き教室を使わせてもらってます」
「へー、そうなんだ」
「はい。それで、メグちゃんも空き教室に来てくれるから、よく2人でお話しをしてます」
「その空き教室はどこですか!」
さっきまで黙って考え込んでいたリズムが突然会話に入ってきたので、俺も皆月も驚いてしまう。
「場所は!」
「あ、きゅ、旧校舎の3階の、1番奥の部屋です!」
リズムの勢いに押されて、皆月も早口で答える。
「旧校舎ですね! では今からそこへ行きましょう! 案内してください!」
リズムは皆月の両肩を掴んで言った。あまりに強引なやり方を見て、俺は2人を引き離そうとリズムの肩を掴む。
「おい、リズム。一体どうしたんだよ、なんか昨日から様子がおかしいぞ?」
「……え、私どこか変ですか?」
そう言って俺を見たリズムの表情に俺はゾワリとした嫌な感覚を覚えた。
顔は笑っているが、大きく見開いた目は無機質で、とても冷たい色をしていた。




