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6. カフェーにて(中編)



 

「カフェーって、もっといかがわしい場所だと思ってました」

「そんな場所に君を連れてくるわけないでしょ……ま、そういう場所も確かにあるけど、ここは違うよ」


 浅葉(あさば)と向かい合うようにして(うしお)は丸い木製のテーブルに腰掛けた。

 すぐに白エプロンの女給が水差しとお品書きを持ってやってくる。


「潮は何にする? 僕はハットケーキとコーヒー」

「ハット……?ええと、私は……」


 お品書きを見ても横文字ばかりでどんな料理なのかわからない。シュークリイム、カスタプリン、ワツフル……? お食事欄のところの料理名は大体理解できるのだが。

 洋食は洋食でも、潮にとって甘味は未知の世界だったようだ。とりあえず甘味で唯一理解できたものを指さしておくことにした。


「フルーツポンチで」

「飲み物は?」

「ええと、ミルクセーキで」

「可愛い組み合わせだね」


 口に合うかわからない菓子を食べるには勇気がいる。これなら問題なさそうである。

 浅葉が女給に注文をするのを見ながら、潮は店内を見渡した。


 洋装の高い天井に硝子のシャンデリアがぶら下がっている。高級感ある内装に自然と緊張した。右隣の席は全身洋装で固めた男性で、左隣は和装の御婦人方だ。いかにもお金持ちといった雰囲気で、潮は自身が場違いであると痛感した。

 浅葉はこういう場に慣れているのか、気にする素振りはない。

 

「にしても思ったより混んでるね。休みでもない昼日中なのに、皆よく来るなぁ」


(その言葉、そのまま先生に刺さるのでは?) 


 とはさすがに言えなかった。

 

「ここは最近できたばかりのカフェーだから物珍しいんだろうな。女給が可愛くて、お偉いさんも足繁く通ってるんだって」

「詳しいんですね」

「はは、周りから聞いただけだよ」


 くしゃりと笑う浅葉に潮は生返事をする。と、横からコーヒーカップを持った女給の白い手がするりと伸びてきた。


「まあ、お綺麗な妹さんですこと。兄妹仲がよろしいのですね」


 浅葉と潮を交互に見る女給に、潮はきょとんとした。

 潮の歳が正確にわからないので何とも言えないが、浅葉と潮の年齢差はひと回り以上はあると思う。兄妹だと見られてもおかしくはない……のだが。

 戸惑う潮に、浅葉の方が先に口を開いた。


「いやぁ、実は兄妹ではないんですよね」

「あら!デェトでしたのね!これは失礼いたしました、ごゆっくりどうぞ」

 

 潮のミルクセーキを置くと、ホホホと会釈して離れていく女給。潮はちらと浅葉の表情を確認する。なんとも気まずい。

 しかし浅葉は全くそうではないようで、表情ひとつ変わらない。


「ごめんね、変な勘違いされちゃった」

「いえ、こちらこそ申し訳ないです」

「なんで君が謝るのさ」


 砂糖の入った瓶を漁る浅葉を潮は見つめた。彼の指先には仕事柄か右手中指にペンだこがあった。

 

 この男が何を考えているのか、わからない。

 

 潮はミルクセーキを一口飲んでから口を開く。

 

「先生って変な人」

「え、いきなり酷いな」


 潮の硝子玉のような瞳が浅葉をじっと映す。

 

「私みたいな得体の知れない人間を拾って、しかも式神遣いなのにお勤めは文筆。変というのが正しいでしょう」

「はは、はっきり言うね。確かに変だ」


 時は大正36年。

 帝都・東京は関東大震災から立ち直り、西洋の文化と入り混じりながら華やかに復興を続けている。古くから続く制度や慣習は急速に変わりつつある中で、シキガミ遣いは昔から変わらない地位を守り続けている。

 

 平安より続く御三家たる(えんじゅ)家、(かしわ)家、(ひいらぎ)家を筆頭に、式神遣いの血を受け継ぐ者達は、政府に囲われて特別な地位を与えられている。

 式神遣いは軒並み陰陽寮(おんみょうりょう)に配属され、緊急時や式神の力を借りたい案件の際に出動される決まりとなっている。故に、式神遣いらは荒事や要人の警護などに駆り出されることが多いらしい。軍の特殊部隊のような位置づけだ。

 

 よって、陰陽寮にも所属せず作家業で生きている浅葉はどこからどうみても異質だった。


「お役所勤めは僕の肌に合わないんだよ」

「それで許されているのがすごく不思議なんですが」

「あははー」


 わかりやすく誤魔化された。

 潮はゆったりと波打つ浅葉の影に目を落とす。

  

「こん太さんはどんな式神なんですか」

「見た通り、狐の式神だよ。式神としての力は変化(へんげ)かな。擬態や化けることが得意なんだ。技を打つような派手な術は使えないんだ」


 ちゃぷんと音を立てて影から狐面が顔を出す。

 

「あるじ、私の力が不満ですか」

「全然。君の力は使える場面は限られるけど、便利な力だと思ってるよ?」


 はぁとため息をついて、再びこん太が影に隠遁した。

 浅葉はカップにいくつも角砂糖を放り込むと、スプーンでかき混ぜた。


「それより僕は君のことが知りたいな」 

「私ですか?」

「何か思い出したことはないの?」


 机に肘をついて前のめりになった浅葉に、潮は俯く。


「申し訳ないです、まだ何も……」

「責めてるわけじゃないからね。よく寝込むし、なかなか調子が戻らないねぇ」


 体調不良は潮もずっと気にしている。

 朝起きたときにすっきり元気でも、不調の波はいきなりやってくる。そうなると、半日から一日は動けなくなってしまう。しばらく休むとまたケロッと元気になり、また不調の日が続く。

 医者は、問題なし記憶喪失以外は健康体だと言うが、ここまでくると何か大きな病気か呪われでもしているのではと不安にすらなってくる。


「大丈夫だよ。きっとどこかで記憶も体調も戻るから」


 暗い潮の思考とは裏腹に、浅葉が何の根拠もないのにのほほんと言い切る。楽観主義なのか、なんなのか。潮もつられて頷いてしまった。

 

「ね、潮は式神に興味があるの?」

「なぜですか?」

「よく僕に式神遣いのことやこん太について聞いてくるだろう。気になるのかと思って」

「それは……」


 それは確かに式神遣いは珍しいので興味がありはするのだが、それ以上に。


(素性の怪しい浅葉に探りを入れているだなんて、口が裂けても言えない……)


 潮自身も記憶喪失の得体のしれない女なので、どちらもおあいこではある。


 どう答えようか悩んでいると、急に入り口の方が騒がしくなった。



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