3. 風呂と三つ子
「一花です」
「二子です」
「三重です」
三人同時に『よろしくお願いします』と頭を下げた女中は、なんと三つ子だった。
潮を手伝うべくやってきた彼女達は、ぱっつんと揃えた前髪に長いおさげ髪を揺らし、勢いよく和室に侵入してきたかと思うと、息のあった動きで潮を担ぎ上げた。
「お風呂の時間です」
ひとりで歩けると主張する間もなく、潮は担がれたまま風呂場へ連れて行かれた。
脱衣所に着くと、潮はあれよあれよと服をひん剥かれ、普通の家より倍は広い風呂場にぽいと投げ入れられた。
これで終わりかと思いきや、そこに腕捲くりをした三つ子も入ってきたので、潮は固まった。
「自分で洗えます」
僅かな抵抗で近くにあったタオルを身体に巻く。
「ダメですよ、旦那さまのご命令です」
「病み上がりです」
「いい汚れっぷり。洗い甲斐のありそうな方」
次々と三つ子が発言するが、三人とも全く同じ顔なので誰が誰だかわからない。
タオルまで奪われ、潮は白い陶器の浴槽に沈められてガシガシ洗われていく。
一言で言うなら、雑。
6本の手が交互に潮をもみくちゃにする。目に泡が入り、潮は悶絶する。
「脱ぐと意外と胸がありますね」
「羨ましい豊満」
「髪の毛も洗いますよ」
宣言するやいなや、三つ子が桶で頭上から勢いよく水を掛けてくる。潮は鼻から侵入した水に咽た。これでは犬を洗うときと要領が同じだ。
「ごほっ……!あの、もしかしてあなた達は浅葉様のご息女などでは……!?」
三つ子の手の勢いをなんとか止めようと潮は話を振る。
彼女達の見た目は十代前半。浅葉の年齢からして、結婚してこれぐらいの子がいてもおかしくはない。
というよりも、女中にしては荒っぽいと思い聞いたのだが。
「まさか。私達は女中です」
三つ子が澄んだまん丸の目で女を見る。
残念、女中だった……。
「昔に旦那さまに拾ってもらったのです。旦那さまは名付け親、育ての親、そして雇い主です」
三つ子の背後に浅葉の影が見えた気がして、潮はあぁと零した。
浅葉とは短い時間しか話していないが、彼の性格を反映したような三つ子の行動に、妙に納得してしまったのだ。
潮は機敏に動く三つ子を目で追う。三人とも同じ背格好に同じ顔のため、ずっと見ていると頭が混乱してくる。
「三人は今、お幾つですか?」
「十二です」
思っていたよりも若かった。
三つ子は洗った潮の長い髪の毛を絞る。
「潮さんはお幾つですか?」
「こら。この方は記憶がないって旦那さまが」
「そうです。気を悪くされたらごめんなさい」
潮の顔色を伺うように黙った三つ子に、潮は首を振る。
「気にしないでください」
「ありがとうございます。お姉さん、無表情ですが良い方ですね。美人ですし」
褒められているのかわからないが、多分いい意味で言ってくれたのだと思いたい。
「終わりました。拭きますので、こちらに背中を向けて立ってください」
羞恥心は最早なくなっていた。潮は言われるがままに立ち上がる。
ふと目の前の鏡に、自分の姿が映っていることに気づいた。
痩せた身体に、白い肌。身体に張り付く長い黒髪は毛先が痛み切っている。丸い大きな目と長い睫毛、赤い唇。身長は女にしては高い方に見える。
どこか無機質な印象の、端正な顔立ちの女が鏡越しにこちらを見ていた。三つ子が言うように、確かに見目は悪くない。
これが自分か、と潮は初対面の気分で自分の顔をしげしげと眺めた。そして、身体のあちこちに切り傷や打撲痕があることにも気づく。どう見ても最近の怪我でなさそうなものもある。
日常的に怪我をするような環境にいたのか、はたまた殴られるような環境にいたのか。
思い出せないが、いい家庭環境で育っていなさそうであった。
「あら、これは……」
背後でタオルを広げて拭いていた三つ子の一人がぽつりと呟いた声で、潮の意識が引き戻される。
「何か?」
潮が振り返ると、6つのまん丸の目がじっとこちらを見ていた。
三つ子らはゆっくりと顔を見合わせ、そして首を振った。
「いいえ、なんでもありません」
「お気になさらず」
「独り言ですから」
そのままタオルで包まれ、風呂場から押し出されたので潮は黙って従ったのだった。