9. 彼女の秘密
「いつまで隠すおつもりですか」
浅葉が潮の居室から出るやいなや、影からこん太が顔を出す。非難の色を隠さないこん太に、浅葉は肩をすくめる。
「んー? 何を?」
「とぼけないでください。潮殿の“痣”ですよ」
浅葉の影から完全に抜け出たこん太は、浅葉の前に立ち塞がる。
「三つ子殿が初日の風呂場で、潮殿に『柊の痣を見た』と言っているのでしょう? ならば、彼女が柊家の式神遣いであることは確実。そろそろ話すべきです」
「却下」
浅葉はこん太の横をすり抜けたが、式神も諦めず食い下がる。
「潮殿は、日によって霊力が酷く不安定です。今朝までは高い水準で安定していたのに、今はほとんど無いに等しい。同じ人間なのにここまで霊力の振れ幅があるのは異常です。体調も安定しないのは、それが原因かと」
「わかってる。今僕も調べてるところだよ」
「本人に霊力の自覚がないこともおかしいですが、彼女に式神が付いていないことの方がもっとおかしい。潮殿が存命であるということは、彼女の式神もどこかにいるはずです」
「わかってるってば」
浅葉は普段の人の良い笑みを消し、自身の式神を睨む。
「簡単な話じゃないんだよ」
浅葉は腹に溜まったものを吐き出すがごとく、低い声で続ける。
「あの子をここに置いているのだって、ただの善意じゃない。知ってるだろ?」
「正直にお話しすれば、潮殿は理解してくださるやも」
しかし、浅葉はそれを一蹴する。
「どうだろうね。僕があえて情報を伏せていると知ったら、彼女は僕らを信用しなくなる。もしかしたら、ここを出て行こうとするかもしれない。それは困るんだ」
「伝え方によっては、きっと――」
「知ってしまったら、あの子は逃げられなくなる」
浅葉は己の式神を見上げる。浅葉の切れ長の目がきゅうと細くなる。
「家同士の問題に巻き込まれてしまう。せめて今だけは何も知らない方が幸せだよ」
こん太はぐっと黙ると、呆れたように首を振る。
「だからといって、いつまでも何も知らないわけにはいかないでしょうに。あるじはお優しいのか、そうでないのか……」
「僕にとっては大事なことなんだよ」
「はぁ……お優しいことで」
こん太はため息を残して浅葉の影に戻ってしまった。浅葉もまた、ため息を零す。
止まっていた足を動かし、自室へと戻る。
「柊家をどう調べても、潮の情報が全く出てこない。本当にあの子はあそこにいたんだろうか。あの紫とかいう不可思議な女性も、見たものと聞いた情報がうまく繋がらないし……」
浅葉の独り言に、こん太は反応しない。
「僕の情報網だけじゃ限界があるしなぁ、時期尚早だけど、兄さんに聞いてみるか……はぁ、やだなぁ……」
足取りの重い浅葉の呟きは廊下の奥に消えていった。
寝こける潮は、そんな話がされているとは露にも思わなかった。