表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バリバリOLの庭  作者: たまねぎスープ
1/6

いつもの社内 いつもの自分 

 窓が日光の日差しで、まるで鉄板のようにジリジリと熱い、8月31日の午前。

世の学生たちは、『夏休み 最終日』を、思い思いに過ごしている。

 結局終わらなかった宿題を一気に片付ける、夏休み最終日に思い切り遊ぶ・・・など。

___まぁ、一人暮らしをしている自分には、何の関係もない話だけど。


 窓の外では、買い物帰りなのか、汗をかきながらも楽しそうに歩いている子供の姿が目立つ。

自分の勤めている会社は違うけど、学生の長期休みは、品々を売る企業にとって、『稼ぎ期シーズン』


 でも、その長い休みが過ぎてしまえば、会社前の通りを歩く人は、ひとまわり歳をとった『紳士・淑

 女』の姿に変わる

『平日に優雅にお買い物』 そんな事ができる日が、自分にも来るのか。


 毎日の生活費を稼ぐのに必死な自分は、窓の外から見える、そんな景色を眺めるだけで精一杯。

入社して2年が経てば、2階から見える都心の光景に、そろそろ飽きてしまう。

 会社に入りたての頃は、窓の外を見ても、何も思うことはなかった。

仕事を覚えるのに必死だったから。


 でも、最近になって、外で自由な時間を楽しむ人を見ると、羨ましく感じるようになった自分。

入社して2年で、だいぶ仕事が頭に入ってはきたものの、まだまだ自分は社会人になりきれていない。


「___ふぅー。」


 自分はため息をつきながら、視線をパソコンの画面に戻す。

そして、キーボードに手を置いたと同時に、横から『先輩』が声をかけてくる。




「青山君、さっき作ってもらった資料のここ、間違ってる。」


「あ、すいません・・・・・」


「もう入社二年になるんだから、そろそろこれくらいの失敗は自分で気づいて直して。」


「すいません・・・・・」


 緑川さんは自分の机の上に、ついさっき提出したばかりの書類を置くと、早足で自分のデスクへと戻

 っていく。

俺は恥ずかしくて、唇を強く噛んだ。そして、自分の無力感に苛まれる。


 そりゃ・・・緑川さんと比べたら、自分なんて足元にも及ばない。

___いや、彼女の足元ですら、自分には遠く感じられる。

 自分にとって、彼女はあまりにも眩しすぎる存在だ。

あんなに内面も外見もいい人、この会社には勿体無いくらいだ。


 綺麗に一つに束ねられた髪は、まるで『黒い蛇』のように艶々。

それに、眼鏡や靴に至るまで、全て綺麗でピカピカ。

 いつ見ても新品に見えるくらい、丁寧に手入れされている。

爪や肌のお手入れも完璧。まさに『デキるOL』


 自分もかつては、緑川さんのように、都心でバリバリに働く社会人を目指して上京した。

頑張って働く姿が社内で評価され、働いてから数年経つ頃には、会社の重役にも任されるくらいの実力を身につけられる・・・・・と思っていた。


 でも、現実はそう上手くいかない。

働き始めてもう三年になるのに、自分の仕事はなかなか上手くいかない、緑川さんには何度も何度も注意を受けている。


 自分がまだ幼い頃は、『消防士』や『警察官』になりたかった。

でもそんな淡い夢は、成長していくにつれ、現実の厳しさがことごとく壊してしまう。

 だからせめて、社会の歯車として活躍できるように頑張るのが精一杯。


 それでも、現実は厳しくなる一方。

IT企業に就職したくても、結果的に第二希望である『農林産業』の仕事に就く事に。

 自分がIT企業に就職したかったのは、ただ単に『一番稼げそうだから』

しかし、自分なんかより、ITに詳しい就活生が当然優先される。


 だから今はこうして、デスクの上で淡々とキーボードを叩きながら、パソコンと睨めっこする生活を

 送っている。

(自分一人が生活するだけの賃金がもらえるなら十分幸せ)そう思うしかない。




 そんな自分に、緑川さんが『新人教育係』になってくれた事、最初はすごく嬉しかった。

緑川さんは、社内で有名な社員。彼女はまさに、自分の『理想像』でもある。

 まだ仕事のノウハウが分からなかった新人時代の自分でも、緑川さんの凄さは大いに伝わっていた。

仕事に対して常に一直線で、おまけに気配りもできる。その上、知識の吸収も早い。


 そして、どんなに小さい疑問でも調べあげ、分かりやすいように報告・説明を加える。

少しでも疑問や違和感を感じたら、周りを恐れず発言して、問題解決の先人を切る。

 大きなプロジェクトでも、ちょっとした雑用でも、完璧にこなす緑川さん。

自分なんて、三年目になってもまだ雑用の詰めが甘い。


 上司からは頼りにされ、部下には信頼される。完全無欠な緑川さん。

自分はひたすら、彼女の背中を追いかけ、毎日毎日、足手まといにならないように必死だった。

 でも、仕事がだんだんできるようになると同時に、緑川さんの凄さが身に染みて分かる。 

そして、自分では到底、緑川さんには追いつけない事も痛感してしまう。


(俺もいつかは、緑川さんみたいに、たくさんの部下から慕われて、会社を引っ張るような人間にな

 りたいけど・・・

 それこそ、『夢物語』だよな。)


 ため息をつきながら、緑川さんに渡された書類を眺める。

丁寧に、誤字がある部分にはちゃんと付箋が貼ってある。

 付箋に書かれている文字一つ一つも、すごく丁寧で綺麗。

どんな些細な事に対しても丁寧になれるのは、相当凄い事。


 自分は直筆どころか、パソコンに入力する文字ですら間違えてしまうんだから、彼女と肩を並べられ

 るわけがない。

今日もまた、自分は肩を落とす。最近はずっとこんな感じである。


 そんな自分を見た同期の何人かは、同情の目線を送ってくれるけど、それが余計に虚しい。

自分はとにかく、誤字を直しながら、緑川さんからのアドバイスを頭に叩き込む。


(___もしかしたら、自分と同じように、緑川さんに新人教育を受けた新人は、自分と同じ気持ちを

 抱えているのかな?)


 『頼りになる先輩』

聞こえはいいけれど、実際についていく側の人間としては、その高すぎるハードルに、やる気が根こそぎ無くなってしまう。


 学生時代にも、自分はそんな経験はしていた。

アニメやドラマでもよくある、『主人公でも越えられないポジション』の人間にとって、自分たちのような『エキストラ』は、その目にどう映っているのか。




 緑川さんのデスクからは、相変わらずキーボードを高速で叩く音が聞こえる。

何の迷いもなく指を動かす様は、まさに『ピアニスト』

 しかも全く誤字脱字がない、ちょっとした資料を作るだけで誤字を指摘される自分とは大違いだ。

世界的に活躍するピアニストと、『猫ふんじゃった』しか弾けない素人を比べているような気分。


 そして緑川さんは、他部署との面会を済ませて戻ってきた課長にこう言った。


「あ、課長。会議室の予約、埋めておきました。」


「お! 助かるよ!

 緑川さんは気が効くなぁー」


 緑川さんは、『未来予知』のレベルで先の事を考えて行動している。

その上、予知しているのは自分たちの会社だけではなく、取引先の強みも弱みも把握している。

 だから彼女が取引先との交渉に出れば、必ずと言っていいほど成立する。

この部が潤っているのは、緑川さんのおかげだ。


 自分も緑川さんと、取引先に出向いた事があったのだが、その時の自分は、話を聞くだけで精一杯。

緑川さんは、混乱する自分の隣で、淡々とプロジェクトの詳細を伝える。

 取引先の相手ですら、緑川さんの手腕に、言葉も出なかった。

相手の話したい事・話題にしたい事も、緑川さんはきっちり把握している。


 この会社に就職して二年になるのに、まだまだ追いかけているハードル(緑川さん)が遠い自分。

資料作りも誤字ばかり、取引先との交渉も一人ではできない。雑用ですら緑川さんより劣る。


 それでも、自分なりに会社の為に尽くす『意志』はある。なのに、それがまだ形になっていない。

せめて小さなミスだけでもやらかさないように、細心の注意を払っていても、それでも緑川さんには敵わない。


 自分は、緑川さんの何もかもに劣っている。でも、悔しくはない、悔しい気持ちすら抱けない。 

でも、情けない気持ちがオーバーヒートを起こして、『嫉妬』や『妬み』に変わりそうになった事は何度もある。




 もしかしたら、それは『社会人として生きる上で、絶対逃れられない心境』なのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ