荒野でのキャンプ一日目。
今日もお仕事、お疲れさまでした。
社会人になって半年。二十歳のOL生活にも、少しずつ慣れてきた頃です。
私の趣味は、眠ること。お休みの日は、目覚ましもかけずに、好きなだけ眠ります。
明日はガーデニング教室の日でしたっけ。
……まあ、明日のことは明日考えましょう。
「すやぁ……」
どれくらい眠っていたのでしょう。
目を開けると、視界いっぱいに広がるのは、やさしい夕焼け空。
とても綺麗――なのですが。
「……あれ?」
草と土の匂いが、やけに濃い。
辺りを見渡してみると、見えるのは焼けた色の大地と、ぽつぽつと生えた草だけ。
「ここ……どこ?」
まるで絵本に出てきそうな、何もない荒野。
あまりにも非現実的で、逆に頭は妙に落ち着いていました。
土の上で寝ていたせいか、髪は少しバサバサ。
あとでお風呂、入りたいな……。
そう思いながら身を起こすと、枕代わりにしていたものに気づきました。
一冊の、本です。
古びた茶色の表紙。長い時間を過ごしてきたような、不思議な存在感。
表紙の文字は見たことのない言語で、まったく読めません。
「どこの国の言葉なんでしょう?」
首をかしげつつ、そっと表紙をめくります。
――あ、読める。
【ブルームの世界へようこそ】
ブルーム。聞いたことのない名前です。
【貴女は、目覚めることのない病で命を終えました】
「……え?」
衝撃的な一文。
でも、こうして意識もあるし、体もちゃんと動きます。
【神は、貴女に異世界で生きる権利を与えました】
「なるほど……異世界、なんですね」
神様って、本当にいるんだ。
【この本は、読むことで貴女を助ける力となるでしょう】
【願わくば、新たな人生に幸多きことを】
少しだけ、不親切な気もしますが……
その文字は、ふわりと本から浮かび上がり、光の粒になって夜空へ溶けていきました。
白紙だった一頁目に、ゆっくりと文字が浮かび上がっていきました。
インクの匂いが、ほんのりと漂います。
【スキル:土魔法】
【土を自在に変形、変化させる力】
「……便利そうですね」
使い方も、限界も、注意書きもありません。
まるで「できるよ」とだけ書き残して、あとは任されたような気分です。
「……ずいぶん、ざっくりですね」
本を振ってみても、ページをめくってみても、それ以上の説明は出てきません。
二頁目以降は、相変わらず真っ白なまま。
この本は、教科書というより……
気まぐれな日記帳のようでした。
辺りはすっかり暗くなってきています。
試すなら、今しかありません。
私は半信半疑のまま、土を見つめました。
どうすればいいのかは分かりません。
ただ、「こうなったらいいな」と思っただけ。
すると、土が――
まるで昔からそうしたかったみたいに、静かに形を変え始めたのです。
「……できちゃいました」
理由も、仕組みも分かりません。
でも、できてしまったものは、仕方がないですね。
二頁目は、やっぱり白紙のままでした。
この先、何が書き足されるのか。
それとも、ずっと何も書かれないのか。
考えても分からないので、考えるのはやめました。
分からないことは、明日の私に任せることにして――
荒野の夜は、静かに更けていきました。
このまま夜を迎えるのは、ちょっと心細い。
「よし……お家、作りましょう」
イメージを膨らませると、土がやさしく動き出し、四方に壁が立ち上がります。
……でも、ドアがないですね。
少し形を変えて、ちゃんと開くドアを作りました。
中に入ってみると、今度は天井がありません。
土で塞ぐと暗くなりそう……。
「そうだ、硝子にしましょう」
砂を変化させ、何度か失敗しながらも、透き通った硝子ができあがりました。
星空が見える天井。ちょっとお洒落です。
お腹は空きましたが、今日は我慢。
疲れも一気に出てきました。
「とりあえず、今日は寝ましょう」
「おやすみなさーい……」
荒野で始まった、新しい人生。
その一日目は、とても静かに幕を下ろしたのでした。




