ショート劇場「銭湯のお姉さん」
貧乏大学生の僕は、風呂無しのボロアパートに住んでいる。
なので近所の古めかしい銭湯に行くのだが、そこの番台さんがめっぽう美人なのだ。
金髪ショートカットで切れ長の目、耳に銀色のピアスが光る。格好は白いティシャツ、青い短パンというボーイッシュな出で立ち、おまけに胸がデカいので目のやり場に困るが、眼福である。
「いらっしゃーい、今日も来たのね。」
「はい、アパートに風呂無いですから!!」
毎日通えば顔も覚えてもらえる。こんな美人に顔を覚えてもらえるなんて、男子として誉である。
服を脱いでいる間、僕はお姉さんの横顔をチラチラ見ている。
触れたら事案だが、見るだけならギリギリセーフ…の筈だ。あくまで服を脱ぐまでの間なので、セーフ!!断じてストーカーなどではない。
風呂に浸かっている間、お姉さんのことばかり考えている。たまに良からぬ想像もするが、僕だって男だ色事に興味はある。残念ながら経験は無いが。
風呂から上がると、僕は服を着て自販でコーヒー牛乳を買って一気飲み。これこそ銭湯の醍醐味だ。やったことない人は機会があればやってみるがいい。至福の時である。
ちなみに僕はコーヒー牛乳飲んでる時もお姉さんのことをチラチラ見ている。さっきと話が違う?駄目じゃないか、人を簡単に信じては。
さぁ、やることがもう無い。名残惜しいが、あの寂しいオンボロアパートに帰らねばならない。なぁに、明日もまた銭湯に来れば良いさ。
「ちょっと、常連さん。」
「は、はい、常連さんです。」
帰り際にお姉さんに声を掛けられた。掛けられるのなんて初めてなんで、変な返しをしてしまった。
「アタシ、ここ辞めるかもしれないんだ。」
「えっ?」
目眩がした。あと少しの吐き気。おそらくショックから来るものだろう。
「や、辞めるって?この仕事をですか?」
「うんうん、寿退社するかも。アテが出来たんだ。」
気だるそうに衝撃発言のオンパレード。やめてくれコーヒー牛乳が逆流する。
「んで、仕事続けるのは相手次第かな。家事に専念してくれって言われたら辞めないとだし。」
「そ、そうですか。お、おめでとうございます。」
嘘だ、祝う気持ちなんてこれっぽっちも無い。むしろ相手を呪う気持ちが出てくる。抑えろ、丑の刻まで待つんだ。
「ありがとう、んでさ、アンタはどうなの?家事に専念した方が良い?」
「はっ?」
突然どうした?全く意味がわからない。
「だから、私仕事してて良いのかって聞いてんの?」
「えっ、僕にそんな決定権無いですよね。」
「いやあんだろ。だってアンタと結婚するんだから。」
「誰が?」
「ア・タ・シが。」
「えっ、えぇええええええええ!!」
意味わからん。どうした?何がどうなった??
「落ち着けよ。アンタ、アタシのこと好きなんだろ?チラチラ見てきてたじゃん。あれはどう考えても好きなムーブだろ。」
「い、いや好きですけど、えぇ?」
チラチラ見てたのバレてたのもビックリだが、それよりも何よりも結婚のことである。
「アタシさ、そろそろ身を固めようと思っててさ。そこに来て自分に気のある男子が現れたから、こりゃ都合が良いってワケよ。あーアンタが大学生なのは知ってるから、経済面は将来性に期待よ。」
「は、はぁ。」
いやいや、もう思考が追いつかないよ。どうなってるの?
「とりあえず同棲一ヶ月ぐらいして、そっから結婚しようか?」
「ちょ、ちょっと、話が早すぎて・・・」
「何よ、嫌なの?」
「嫌では無いですけど。」
「なら決まり♪」
光の速さで結婚することが決まってしまった。スピード婚選手権一位じゃないだろうか?
「でさ、私はここで働いてオッケー?」
「いや・・・そりゃ良いですよ。」
銭湯に来ただけなのに、主人公の僕もアッと驚く展開だったが、彼女にはここがよく似合ってる。辞める必要はどこにも無い。