第9話 一番目の少女の歪んだ愛
念の為と、一緒についてくるように言われ、庭へ出た。すると、外は赤く燃えていた。メラメラ、バチバチと音を立てて。
激しい火の手が迫っ――
「ボヤだわ……」
よく見ればボヤ騒ぎだった。
け、けれど、これでも立派な放火には違いない。柵の向こうにはグラキエスの姿。彼女はカエルム様を見て歓喜する。
「カエルム! カエルム!」
「グラキエス! 君はなんて事を……! 放火は重罪だぞ」
「知った事ではないわ。カエルム、貴方と再び会えるのなら、悪魔と契約したって構わないの。カエルム、私と一緒に来るのよ……!」
「断る。僕にはスピラ様しか見えない……! 悪いが、君を捕まえるよ」
「ええ、私を捕まえてカエルム!」
……グラキエス。そこまでしてカエルム様に……。けれど、彼女のした罪は重いし、決して許されない。カエルム様は柵を一瞬で飛び越え、グラキエスを確保した。
「ああっ……カエルム様……!」
最中、ユーデクス様が現れ、カエルム様を労う。
「よくやった。それとすまない……元とはいえ婚約者が迷惑を掛けてしまった」
「いえ、兄上は悪くありません。全ては彼女……グラキエスの行いです」
「カエルム……苦労を掛ける。俺は兄失格だ」
ユーデクス様は落ち込む。
それは違う。
カエルム様は、ユーデクス様を慕っていらっしゃる。此処へ来てまだ浅いけれど、二人を見ていると分かる。
「そんな事はありません。ユーデクス様は弟思いの優しいお人です」
わたしはつい居た堪れなくなって、二人の仲に割って入ってしまった……。――あぁ……。
二人は顔を見合わせ、笑った。
「ありがとう、スピラ様」
「俺からも礼を言う」
そう二人から笑顔を贈られ、わたしは赤面する――。二人してその笑顔はズルイ……。
俯いていると、グラキエスが唐突に叫んだ。
「ふざけんな、金髪の女!! アンタ、いきなり何よ! アンタなんか所詮、ヘルブラオ・ヴァインロートの玩具じゃない!!」
そんな風に鬼の形相でこちらを睨む。
「……!」
どうして彼の名が出て来るの……!
「その驚いた顔。知らないようね、フフ……私は一番目だったの。最初はヘルブラオ・ヴァインロートを愛していたわ。けれど、私はインペリアルガーディアン候補のユーデクスも好きになった。――でも、それ以上にカエルム様が好きになった。心より愛しているのはカエルム様ただひとりよ! ヘルブラオ・ヴァインロートでもユーデクスでもない……インペリアルガーディアンであるカエルム様なの!」
彼女が……一番目。
そうだったの……わたしと同じような境遇だったんだ。でも、彼女は……。
カエルム様がグラキエスを連行しようとしたけど、ユーデクス様がそれを止めた。
「その役目は俺が。カエルム、お前はスピラ様を守るんだ」
「兄上……ありがとうございます。やっぱり兄上には敵いません」
引き渡され、グラキエスは発狂した。
「ふざけんな! ふざけんな!! ユーデクス、私に触れないで! 穢らわしいわ!」
「……グラキエス、俺は真剣に君を愛していたんだがな」
「知らないわよ! アンタなんか! アンタなんか所詮、カエルム様以下の出来損ないじゃない……!」
その言葉にわたしは許せなくなって、グラキエスの頬を叩いた――。
「……ッ!!」
「サイテーですよ、グラキエスさん。ヘルブラオやユーデクス様と何があったかは存じませんけれど、ユーデクス様はお優しくて良い人よ! 彼は純粋で本当に貴女を愛していた……それなのに!」
「うるさい! ねえ、カエルム様もそう思うでしょう!? ユーデクスを邪魔に思っていたんでしょう!?」
頬を押さえ、必死に訴えるグラキエスだったけど。
「グラキエス……君には失望したよ。僕は兄を敬愛している。だからもう二度と僕の目の前に現れないでくれ……!!」
――と、カエルムさまは、わたしの手を優しく握って下さった――
「……!」
す……好きになってしまう。
というかもう、好きで好きでたまらなかった……カエルム様に手を引いて戴いている。なんという僥倖。幸せ。
グラキエスはついに泣き出し、喚いた。
「そんな! そんなあぁぁぁぁ! うあぁぁぁあ…………! どうして……どうして、私の愛に気づいて下さらないの……!! カエルム様ぁ…………」
その後、彼女は放火の罪で逮捕連行された。