第8話 サラマンドラの業火
「ヘルブラオ……貴方にはいつか相応の重い罰を受けて貰います。それもサラマンドラの業火に焼かれるような……」
バルコニーに出て、わたしは呪詛のようにつぶやいた。それが偶然にも下にいたユーデクス様のお耳に入っていたようで、彼はギョッとしていた。
「ば、罰……? サラマンドラの業火!? 俺焼かれるのか!?」
「い、いえ! 誤解なさらないで……ユーデクス様の事ではありませんから」
「そ……そうか。サラマンドラの業火といえば、地獄の指す。数千年前、まさにその地獄がこの世で体現されたという伝説の御伽噺だ。子供なら誰でも聞かされていたな。懐かしい」
と、ユーデクス様は子供の様な表情をされ、庭へ出られた。それにしても耳が良すぎる気が……ここ二階なのに。
もしかして、ユーデクス様は地獄耳の加護をお持ちなのかもしれない。
――そんなわけで、オーリム家での新生活が始まったのだけど――
「……雨」
突然雨雲が集まって、ぽつりと小雨が。
やがて強雨が襲いユーデクス様は、またずぶ濡れになられた……。でも何故だろう。とても楽しそうに燥いで子供ように空を仰がれていた。
なぜ、そんな爽やかな笑顔を――。
その滑稽とも取れる光景が何故か様になっていた。晴れてもいないのに虹が出ているように見える。ユーデクス様ってば……おかしい。
きっと彼は純粋な心の持ち主なんだ。彼を見ていると、悩みなんて吹っ飛んでしまいそう。
◇
部屋で寛いでいると、扉をノックされた。
返事を返すとその向こうからカエルム様のお母様――ウィンクルム様がお顔をひょっこり出されていた。
「えっと……」
「スピラちゃん、ひとつ忘れていたわ」
「はい?」
「そのメイド服よ。家でメイド姿はマズイわね。辺境伯はメイドにとにかく五月蠅いの。だからそうね~、私のお洋服でよければ貸してあげるわ。サイズは多分同じくらいだし」
そう言ってクローゼットを漁られるウィンクルム様は、適当な服を見繕ってくれた。わぁ、可愛い。
「いいのですか?」
「いいの、いいの。スピラちゃん絶対似合うと思うから」
さっそく着替えて見ると――
「……って、これフリフリ」
「ええ、すっごく似合っているわよ」
黒のベールといい、どう見てもゴスロリ。どんな趣味……しかも、スチームパンク寄り。なんかブラウンでカッコ良さもあって可愛いからいいけど!
――って、まって。
「頭は普通、ヘッドドレスかボンネットでは? せめてリボンとか!」
「このブラックベールは特注品なの。私が若い頃に使っていたものよ。どう? 可愛いでしょう」
「え、ええ……まあ」
そうゴリ押しされ、頭を優しく撫でられては逃げられなかった。若い頃って……ウィンクルム様は今でも十分に若いと思うけれど、一体いつ頃の話だろうか。
それにしても……困ったような、嬉しいような。メイドから何故かゴスロリにクラスチェンジして新しい服を入手した。
貴族って、こんな格好だっけ……?
うん、多分きっとこんな感じよね。
そのまま食堂へ向かうと、カエルム様がわたしを見るなり顔を逸らされた。……もしかして、お気に召さなかったのかな。やっぱり、わたしには似合っていないんだ。
「……」
「ち、違いますよ、スピラ様。落ち込まれないで下さい!」
「え」
「あまりに似合っておられたので……その、心よりお美しいと感じたのです。それで、目を合わせられなくなってしまったんです……。ええ、溜息が出る程にお美しい」
面と向かって言われ、わたしも顔を赤くする。というか、目を合わせられなくなった。でも……良かったぁ。……あぁ、カエルム様に褒めて戴けるとこんなに嬉しいんだ、わたし。
「これ、ウィンクルム様に見繕って戴いたんです」
「やっぱりそうでしたか。母さんは若い頃からファッション好きでしてね、多種多様な服やアクセサリーをお持ちなんです」
そうほのぼの会話を交わしていると――
「た、大変だ……カエルム!」
ユーデクス様が顔を青くして食堂に走って来られた。
「どうしたのですか、兄上」
「グラキエス・インサニア……グラキエス・インサニアだ! あの女が放火を……! カエルム、お前が手に入らないのなら、この屋敷を燃やすと言ってきたんだ! それで火を放ってきた! 庭が燃えている!!」
「なんですって!?」