第7話 七番目って?
銀髪の美しい女性はカエルム様のお母様だった。若い、若すぎる。花のような明るい振る舞いで、わたしを観察してくる。
「誰、この子」
「母さん、この方はスピラ・ネルウス様です」
紹介された途端――
「な……なんですって!? この子が……」
驚いては、またわたしを観察。そうジロジロ見られると、居心地が悪すぎる。って、この口ぶりはまるでわたしを知っているかのような。
「あの、わたしを知っているんですか?」
「知ってるも何もないわ。全身びしょ濡れのユーデクスから聞いたの。そう、貴女が噂のスピラちゃんね。事情は聞いているし、そうね、この部屋を使ってちょうだい」
「え……いいんですか?」
「構わないわ。私はテトラルキアの所へ行かねばならないの。カエルム、後は頼んだわ。その子をヘルブラオ・ヴァインロートから守るのよ」
「もちろんです、母さん」
カエルム様のお母様は微笑むと部屋を去った。まるで嵐のような女性だったなー。
「ところで、テトラルキアさんとは?」
「エキャルラット辺境伯の本名です。つまり、父の本当の名なんですよ」
わたしは納得した。
そういう事。カエルムのお母様は、辺境伯を探していたのね。……でも、どうしてヘルブラオの名を知って? ……ああ、それもきっとユーデクス様から聞いたのね。
「教えてくれてありがとうございます。それにしても……お母様、大変お綺麗ですね。とてもお若いですし」
「ええ、自慢の母です。いつも優しくて明るい、健やかな女性ですよ」
確かに天真爛漫な雰囲気がした。
香水もどことなく甘くも爽やかな感じがしたし、性格そのものが滲み出ているような気がしてならなかった。きっと皆に優しいタイプね。
そう軽い分析をしていると、カエルムのお母様が顔をひょこっと出した。わぁ、まだ近くにいらしたのね。
「カエルム、ひとつ言い忘れていたわ。ヘルブラオ・ヴァインロートは七人の女性と関係があったらしいわよ。そこのスピラちゃんは七番目だったみたい。じゃあ、私は行くわね」
そう言い残して去った。
「え……ななばんめ?」
ポカンと立ち尽くすしかなかったわたし。えっと……ちょっと、まって。七番目ってどういう意味よ。
「……やはり」
カエルム様も何だか神妙な面持ちだった。
「も、もしかして……わたし以外にお付き合いしていた女性がいたって事……?」
「母の情報は確かです。……らしいですね。最悪な事にヘルブラオ・ヴァインロートは何人もの女性と婚約を交わして、気に入らなければ全財産を奪ったうえで捨てていたようです。……おっと、スピラ様!?」
わたしはそれを聞かされ、海より深すぎるショックを受けて気絶しそうになった。転倒しそうになったところを、カエルム様に身体を支えて戴いた。
……そんな。
そんな事って……。
じわっと涙が溢れ出てきて、悔しいというより悲しみが勝った。……あの、男。あの男……ヘルブラオ・ヴァインロート……!
あまりに悲しくなってきて、わたしは大泣きした。そんな醜態を晒すわたしをカエルム様は優しく包んで下さった。……今はただ泣きたい。
「スピラ様、僕の胸でよければお貸ししますよ」
「カエルム様、わたし……わたし……っ」
もう頭がぐちゃぐちゃになって何も考えられない。どうしてこんな事に……。
「ご安心下さい、ヘルブラオ・ヴァインロートの悪事は必ず僕が暴いて見せましょう。インペリアルガーディアンの名に懸けてお約束します」
「お願いします、カエルム様……。わたし、もうあの男が許せなくて許せなくて……。このままだと……どうかなりそうです……。他にも同じ被害者の女性がいると思うと、胸が張り裂けそう」
「僕としてもヘルブラオはもう看過できません。このまま彼を放置していれば、もっと被害を被る女性も増えましょう。そうなる前に彼の悪行を世間に知らしめ、相応の罰を受けさせます」
そう断言してくれて、わたしは僅かばかりだけれど安心した。カエルム様ならきっと……きっとあのヘルブラオを止めて下さる。そう信じている――。