第23話 大変な事
聖域領地クォ・ヴァディスで幸せに暮らし、一ヶ月が経過した頃だった。ある日、わたしの元に手紙が届いた。
「――これは、ウィンクルム母様からね。えっと……『スピラちゃん、元気ー!? あのね、オーリム家が大変な事になっちゃったの! 今直ぐにカエルムと一緒に帰って来られないかしら! あとお土産よろしくねー!』……って、ナニコレ」
母様は相変わらずなテンションでした。変わらないなぁ……って、大変な事に? それは一大事だわ。静かに読書されているカエルム様に近づいて、お声を掛ける。
「あ、あの……カエルム様、今よろしいですか」
「……おや、スピラ様。申し訳ない、本に夢中になっていました。これは兄上が薦めてくれたのです」
そう本当に申し訳なさそうに本を閉じられる。タイトルは『死の家の記録』とあった。……な、なんだか物騒な書物ね。でも、帝国ウィスティリアではベストセラーになったと、カエルム様は仰った。へ、へぇ……。
とはいえ、薦めたのはカエルム様のお兄さん、ユーデクス様。あの人は、髪の毛の色とか色々と豪胆すぎて読めない。
――って、それはいいわね。
「あの、カエルム様。この手紙」
「そ、それは……母さんの。ええ、この直筆は間違いありません。……中身を拝見」
わたしは手紙を手渡した。カエルム様は手紙に目を通され、眉間に皺をギュッと寄せられていた。……そうよね、そうなるわよね。
「どうしましょうか?」
「……オーリム家が大変な事になったと書かれていますね。母さんや父上、あるいは兄上の身に何かあったのかもしれません。大至急、帝国ウィスティリアへ戻りましょう。よろしいですか、スピラ様」
とても不安そうな青い瞳を向けられる。わたしとしてもオーリム家で何があったのか気になるし、皆が心配だった。
「ええ、帝国へ参りましょう。カーリタースちゃんのお世話になれば、直ぐですものね」
モフモフ巨大猫のカータリースちゃんは、この聖域領地クォ・ヴァディスで飼っていた。とても従順で、素直な良い子。今回も背中に乗せて貰い、帝国へ走って貰おうと思った。
「そうですね、あの子……カーリタースならば半日で到着できます。ここの管理を執事のフィニスに任せます。彼は長年オーリム家を裏から支え、仕えていますし、信頼できます」
「分かりました。それではさっそく出発ですね」
まだお昼前。今から出ればギリギリ日が沈む前に辿り着けるはず。カエルム様もそれを理解していたようだけど――。
「その前に、スピラ様……少しの間でいいのです」
急に抱き寄せられて、わたしはドキドキする。
この聖地へ来て一ヶ月経っても、カエルム様は変わらずわたしを愛してくれていた。こうしてたまに優しくギュっとしてくれる。
そうね、帝国へ行けば間違いなく他の女性が寄ってくる。カエルム様は、帝国の皇帝陛下が認めた『インペリアルガーディアン』。その地位は今も揺るぎない。要請があれば、帝国へ向かって護衛のお仕事をしているみたいだった。
だから、たまに独りぼっちが寂しかった。でも、これから一緒に帝国へ行くなら心配ないかも。お傍にいられるし。
「……嬉しいです」
「ええ、僕もです。こうして二人きりになれる時間も暫く無くなるので、今の内にスピラ様を感じておきたかったのです」
「そうでしたか。でも心配は無用ですよ、カエルム様。向こうでもこうやって抱き締めてくれても構いません。寧ろ、してくれなきゃ拗ねちゃいます」
照れ臭そうにカエルム様は微笑んだ。
それから「努力します」と仰ると、わたしの体を持ち上げられた。こ、これはお姫様抱っこ。このままカーリタースちゃんの所まで運んでくれるのね。
いよいよ帝国へ出発。
しばらく続きます。