第22話 結婚指輪
※帝国を出る前のお話です
――帝国ウィスティリア――
「御加減は如何ですか、スピラ様」
お庭でユーデクス様の育てられた『イーオン』のお花を見つめていると、カエルム様が背後から声を掛けて下さった。
「お気遣いありがとうございます。今日は元気ですし、ほら、こんな青空で気持ちの良い天気ですから」
ヘルブラオ・ヴァインロートの事件から一日が経過して、わたしは気晴らしにオーリム家のお屋敷を歩き回っていた。今はその散歩の最中でお庭に目を奪われていた。
このユーデクス様が丹念に育てられた虹色の花は、何度見ても綺麗で、心を奪われるようだった。でも、今はカエルム様にわたしの心は奪われてしまっている……なんて。
「そうですね。ん……スピラ様?」
「あっ、いえ……なんでもありません」
カエルム様のお顔を見るだけでドキドキする。それも有り、中々顔を合わせられないでいた。でも、カエルム様の方からわたしを探して下さったから……これって、気持ちを素直に伝えてもいいのよね。
決心して、わたしを可愛がって欲しいって伝えようと思った。
「あ、あのですね……」
「ええ、どうなされましたか」
「あの、あのあの……」
あっ~~~…、もうそんなお優しい目を向けられると、わたし……わたし、幸せすぎて辛いッ。もう見つめられるだけでも最高の至福。一日の幸せを掴み取った気分。でも、伝えなきゃ……この思いを言葉にして伝えなきゃ。
と、今度こそと決心した。
その時。
「ス~ピ~ラ~ちゃ~ん! 今日は、帝国の中央噴水広場で慈善市があるらしいの! 貴族も参加する慈善事業よ~。利益は恵まれない子供立ちに――って、アレ、なんだか残念そうな顔ね? どうしたの?」
このキャピキャピとしたテンションは、カエルム様のお母さま――ウィンクルム様。今日も手加減のない太陽のような明るさで振舞っていた。この元気、どこから湧いてくるんだろう……。
「そ、そうなのですね。ちょっと興味あるかもです」
「そう! なら、カエルムと一緒に行ってきなさいな。はい、これお小遣いね! あ、カエルム、他の女の子に靡いてはいけませんよ! ちゃ~~~んと、その青い眼でスピラちゃんを見て、護ってあげるの。いいわね」
「もちろんです、母さん。僕は、スピラ様一筋です。百以上あったお見合いも、一方的な婚約も全て破棄しました。……兄上が対処してくれたんですが」
え……そんなお見合いの数あったんだ。それに、一方的な婚約。そっかー…、カエルム様は、インペリアルガーディアンという重要な立場にあられる。国民的人気があるのは当然。ああ言って下さっているけれど……だからこそ、ちょっと心配。
「……」
「スピラ様、落ち込まないで。言ったでしょう、僕はスピラ様しか見ておりません。この通りね」
体を持ち上げられ、わたしはカエルム様にお姫様抱っこされてしまった……。そうよね、こんなに思ってくれているんだから、心配する必要はないわよね。
「ありがとう、カエルム様」
「ええ、これが僕の気持ちですから。それでは、僕らは外出してきますね、その慈善市とやらを見に行ってきます。その方がスピラ様の気も紛れるでしょうから」
ウィンクルム様と別れ、外へ――。
◇
噴水広場へ近づくほど、女性はカエルム様に反応した。
「あ、あの騎士様って……インペリアルガーディアンの!」「カ、カエルム様……」「わぁ、背が高くてカッコいい」「って、あの金髪女は誰よ!」「そんな……恋人はいないって聞いたのに」「あんな田舎っぽい娘のどこがいいの!?」「でも、彼女……聖女って話よ」「うそー!」「いいなぁ……。わたしもカエルム様に手を引いて戴きたい……」
当然、そんな声が交錯した。
「……はぁ」
「スピラ様、笑顔です。貴女は笑っている方がお美しいですから」
「は、はい……」
ま、まあいいか~…カエルム様を独り占めしているのは、わたしなんだし。
慈善市へ到着。
噴水広場を囲うように様々なアイテムとか売られていた。使い古された武器や防具、お洋服から日用品。錬金術師の作ったらしい、芸術的な空のポーション瓶とか、何やらアンティークなモノで溢れかえっていた。
「これは活気がありますね。初めて来ましたが、知り合いの貴族も散見されます。なるほど、これほどの慈善イベントだったとは……認識を改める必要がありそうです」
感心なされるカエルム様は、並べられている品をひとつひとつ吟味なされていた。わたしも同じように品々に目を通していく。
ゆっくり回り、気に入ったお洋服やアクセサリーなどの品物を購入。満足した所でお屋敷へ帰った。
「う~ん、楽しかったです!」
「それは良かった。うん、スピラ様の元気もすっかり元通りのようですし、行って良かった……。そうそう、これを」
懐から小さな小箱を取り出された。
「こ、これって……まさか婚約指輪」
「いえ、これはエンゲージリングではありません。それはまた別の機会に渡そうと思っています」
婚約指輪ではないのね。
ちょっと残念……でも別に機会に渡してくれるんだ。それを教えてくれただけでも、わたしは安心した。
「では、この指輪はなんですか?」
「マリッジリングです」
「マ……マリッジリング!? そそそ、それって……もう結婚指輪じゃありませんか」
突然の事にわたしは動揺した。
激しく動揺した。
頭がどうかなるくらい動揺した。
順番……間違ってるけど、でも嬉しい!!
「ありがとう、カエルム様。とても、とっても嬉しいです……! 感激しました。まさかいきなり結婚指輪とは……」
「……その、すみません。兄上がこうした方がスピラ様が驚くと仰るものでしたから……サプライズというわけです」
ユーデクス様が……!
も~~~、あの人ってば……!
ありがと!!
本当に驚いたし、最初はどうかなって……複雑な気持ちもあったけれど、でも何よりも気持ちが嬉しかった。幸福が圧倒的に勝ってしまった。
指輪をはめて貰い、それから手を繋いだ。
帰ろう、オーリム家へ。
◇
――それから、二日後。
わたしとカエルム様は帝国を出た。
約束の『聖域領地クォ・ヴァディス』を目指し、辿り着いた。花の聖地で幸せに暮らした。
ここまでありがとうございました!
また気が向けば『番外編』あるいは『連載』をしようかなと思います。応援戴ければ幸いです。