第13話 ヘルブラオ・ヴァインロートという男
下船して街を歩き回っていると、違和感に気づく。
「あら……あの男性はカエルム様では」
「そうね、なんて凛々しい」
「あの隣の女性は誰ですの?」
「あんな田舎娘、カエルム様に相応しくありませんよ」
「本当にね……」
と、カエルム様には尊敬の眼差しとか、わたしには憎悪が向けられていた。分かっていたけど、やっぱり彼は人気がある。そしてもうひとつ。
きっと妬みがあるだろうと思ったけど、現実となった。
……はぁ、と心の中で溜息を吐く。
「気にする必要はありません。行きましょう、スピラ様」
「……はい」
背後からは恨めしいというオーラがヒシヒシと……怖いなぁ。でも、そっか。カエルム様って本当に誰からも慕われているんだ。そんな彼を独り占め……うん、気にする事はないわね。
また少し歩いて貴族のお屋敷が並ぶ区域へ。あそこは……最近まで住んでいたヴァインロート家が近い。
「……」
会話も少ないまま、あまり立ち寄りたくない方向へ進んでいた。まさか……。
「あの、カエルム様」
「ええ、お辛いかと思いますが立ち寄って戴きたいのです」
「どうしてです……」
「真実を見て戴きたいからです」
「真実?」
「ええ。行ってみれば分かりますよ」
この先は『ヴァインロート家』がある。
行った所で、あの憎き男がいるだけ。
顔も見たくない。
でも、カエルム様がそう仰るのなら――。
◆
ヴァインロート家のお屋敷前。
つい数日前まで住んでいた場所……。
「ヘルブラオ・ヴァインロート……」
「彼はいませんよ」
「え……」
「今朝です。兄上がこの屋敷に調査へ参ったのです。ですが、既に蛻の殻。どうやら、彼はここを借りていただけのようですね。あるいはヴァインロートの名も……」
そう聞かされ、わたしは呆然となった。
屋敷を借りていた?
「どういう事ですか」
「僕も調べたのですが、ヘルブラオ・ヴァインロートという男は貴族なのかも怪しい人物なんです。確かに彼はそう自称していますが――」
――頭がクラクラしてきた。
なに、なんの……ヘルブラオ・ヴァインロートという男は貴族ですらないというの? わたしは一体、誰と過ごしていたの?
「……」
「すみません、スピラ様。少々、ショッキングな内容でしたね。彼の正体を知れば知るほど恐ろしい……。僕が推測するに彼は有名な詐欺師である可能性があります」
「さ、詐欺師!?」
「ええ、とても厄介なペテン師です。彼は七つの顔を持つらしく、その正体を掴むのも難しい。でも、ヘルブラオ・ヴァインロートには拘りがあるようで、この帝国ウィスティリアの女性貴族しか狙いません。彼は甘い言葉で女性を誘惑し、騙し、全財産を奪うわけです」
「そんな……ウソよ。だって、彼は貴族だって……」
「言ったでしょう。有名な詐欺師だと。なので何かしらの手を使い、ヴァインロート家へ取り入ったのでしょうね。そうでなければ、あの屋敷を借りる事すら不可能だったはず」
……それが真実、というわけね。
わたし本当に騙されていたんだ。
「……わたしは、どうすればいいのでしょう」
「ヘルブラオ・ヴァインロートの事は僕にお任せを。必ずや大監獄・ロクスソルスへ送ってみせます」
「カエルム様……頼っていいんですか」
「当然です。僕はスピラ様の味方で有り続けたい。世界の全員が敵に回ったとしても……ずっと、永遠に、貴女のお傍に居続ける」
その言葉が嬉しくて、泣いた。