第12話 水先案内人
水路が整備されている帝国ウィスティリアは、透き通るような水流がどこまでも続き、宝石のように一日中煌めいている。
「この国は、至る所に水路がある為、船も行き交っているのです。その美しい景観から『水の都』なんて呼ばれてもいるようですよ」
カエルム様から詳しく説明して戴き、わたしは興味を持っていた。
「船、ですか」
「丁度あそこにゴンドラあります。少し水上を散歩してみましょうか」
四~五人程は乗れるであろう黒い船があった。あれがゴンドラなのね。
「わぁ、本当ですか。是非」
「乗船料金はセルリアン銀貨一枚ですが、僕が出しますのでご安心を」
水先案内人に料金を支払い、カエルム様についていく。黒い船に乗って、直ぐに出発した。
「お客さん、遊覧コースでいいですかね」
よく見ると、案内人は青髪の女の子だった。……子供のように見えるけれど、しっかりした雰囲気があるし、落ち着いていた。
「ええ、それでお願いします。バーラエナ」
「了解です」
今、カエルム様あの女の子の名前を?
「お知り合いなんですか」
「実は僕はこの船が好きで、よく彼女に乗せて貰っているんですよ。何度も通っている内にバーラエナとは仲が良いんです。ねえ」
「……は、はい。あの、カエルム様……その金髪の女性は……」
なんだか申し訳なさそうに振り向くバーラエナさん。そうね、せっかく船を共にするのだから仲良くしておきたい。
「こちらはスピラ・ネルウス様です」
と、紹介された瞬間、バーラエナさんはガタッと転倒しそうになった。……危ない、もうちょっとで水路に落ちるところだった。
「……うそ」
「えっと、スピラ・ネルウスです。バーラエナさんですよね、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いしま……うわぁぁッ」
握手を交わそうとすると、バーラエナさんはバランスを崩し……ドボンと、水路に落ちてしまった。
「えぇ……!?」
「お任せください」
カエルム様が飛び込み、バーラエナさんを救出された。良かった……。わたしは二人に手を貸して、船へ――――あれ。
「ちょ、え……、きゃあぁ…………!」
わたしもバランスを崩し、水路へ落ちた。
……あ、マズイ。このまま落ちていく……わたし、泳げないのよね。
……息が。
………カエルム様のお顔が。
酸素不足で意識が朦朧として、ハッキリと分からないけれど――唇を重ねられ、空気を送られているような――。
それから、救出されて舟へ戻ったらしい。
「――――っ」
「スピラ様、ご無事ですか!? 大変だ……息をしていない。もう一度……」
また口移しで酸素を送られているような。
……って、現実だった……。
「……あぅ」
「おぉ、スピラ様、意識を取り戻されましたね。良かった……貴女に何かあったら、僕はもう生きていけません」
ぎゅっと抱きしめられ、わたしは嬉しかった。事故とはいえ、カエルム様に助けて戴き、しかもそこまで言って戴けるとか……。
「私の不注意で……も、申し訳ありませんでした……カエルム様、スピラ様」
頭をブンブン振って謝罪するバーラエナさん。
責任を感じて泣き出しそうだった。
「バーラエナ、お客さんを落とすのはこれで三度目です。一回目は僕。二回目も僕。そして今回は僕とスピラ様」
そんな落とされていたんだ!?
「ごめんなさい……」
「いえ、僕も何度も落とされれている過去を失念していました。これは我が失態……危うくスピラ様を失ってしまうところでした。これを恥とし、僕はインペリアルガーディアンの地位を返上しようかと」
「「そ、そこまで責任を感じなくていいですよ!」」
わたしとバーラエナさんでハモった。
それが何だかおかしくて、二人で笑い合った。
「よろしくお願いしますね、バーラエナさん」
「は、はい……スピラ様」
すっかり打ち解けた。
……でも、全身がびしょ濡れ……困った。カエルム様もあんなに濡れられて。
どうしようかと困っていると――
「このままでは風邪を引いてしまいます。スピラ様、そのまま動かないで」
右手をわたしの方へ翳され、なにやら暖かいものを感じた。……これって、魔法よね。凄い……暖風がどんどん服を乾かしていく。
「一瞬で……これはどんな魔法ですか?」
「僕は万物からあらゆる力を借りれるのですよ。魔法とはちょっと違う部類でして、詳しい事はまたお話しますね」
へぇ、これは驚き。
それからカエルム様はバーラエナさんの服も乾かし、自身も整えた。すっかり元通り。
「ありがとうございます」
「いえ、これくらいお安い御用です。スピラ様、本当にお怪我はありませんね?」
「大丈夫です。カエルム様も心配……ちょっと診せて下さい」
「ぼ、僕は良いんです。わ……スピラ様、近いですよ」
「さっき二度も人工呼吸しておいて何を仰るんですか」
「……う」
わたしは念入りにカエルム様のお身体を確認した。……なんて鍛えられた筋肉。少しばかり華奢に見えるけれど身体を絞っておられるのね。
……あぁ、それと鎖骨のラインがたまらな……いけない。大丈夫そうね。
「はい、問題ありません……あ」
簡易的な診察を終えると、手を握られた。
「スピラ様、僕は……」
見つめ合っていると――バーラエナさんがわざとらしく咳をされた。
「――おほんっ。二人とも、お熱いのは結構ですが……私が居る事をお忘れなく」
そうでした……。
それから帝国を一周して、元の場所へ戻った。