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第10話 想い

 手を引いて戴いて、お屋敷へ戻るとカエルム様は階段で止まってこちらを向かれた。そこにはお優しい笑顔があって――わたしは呆気ない程に見惚れてしまった。



「……」

「先ほどはありがとうございました、スピラ様」


「……いえ、わたしは何も」


「兄上の名誉を守って下さいました。あのような一風変わった(なり)はしていますが、尊敬すべき立派な兄なのです。それをあのグラキエスは……。ですので、兄の人柄を理解してくれた事に感謝しているのです」



 なんて優しい瞳。

 我儘(わがまま)かもしれないけれど、ずっと見つめていて欲しいなって思った。……いえ、今はユーデクス様の事ね。



「少し前、ユーデクス様とお話しした時に分かったんです。……純粋無垢な方なんだって。そうでなければ、あんな髪色にはしないと思いますから」


「ええ、あれは花畑をイメージしたものだそうですよ。真実を言えば、辺境伯の影響なのですが……今はそれは置いておきましょう」



 ――なるほどと、わたしは納得する。



「カエルム様、グラキエス・インサニアはどうなりますか?」

「……直ちに罰が下されるでしょう。(たと)えボヤであろうとも放火はそれほどに重い罪。下手をすれば、大監獄・ロクスソルス送り。因みに、この大監獄は海底三千マイルに実在する監獄。一度収監されれば二度と外の空気を味わえないでしょう」



 噂くらいは耳にした事がある。

 帝国ウィスティリアは、御伽噺(おとぎばなし)のサラマンドラの業火を恐れるあまり、火に関する罪をやたら重くしているようだった。



「そうなのですね……」


「とは言え、ボヤ程度でありましたから、監獄送りにまではならないでしょう。目撃者も複数人いましたし……ですが、彼女……グラキエスは当分の間、取り調べ等で拘束されるでしょう。安心していいですよ」



 そう聞かされ、わたしは安堵する。次は逆恨みで本当にお屋敷を燃やされるかもしれないし、そんな事になれば大惨事。死者だって出てしまうかもしれない。それだけは……イヤだ。



「安心しました。では、一度お部屋に戻りますね」

「ええ。もうすっかり夜ですから、この後は食事にしましょう。では僕もいったん部屋に戻りますね」



 手を離され、わたしは胸が苦しくなるほど名残惜しかった……。このままカエルム様のお部屋に連れて行ってくれても……いえ、これは欲ね。



 ◇



 ――それから豪華すぎる食事を終え、お風呂へ。今お屋敷に女性はわたし一人しかいないようで孤独な入浴となった。



「……さびし」



 大浴場は広くて大広間並だった。

 人間二十人、三十人は余裕で収容できる空間。湖のような泳げる浴槽。獰猛(どうもう)そうなモンスター像の口からお湯が出ているし、何ならサウナもあった。……凄い、あれって最新の魔導具よね、初めて見た。



 お湯の質も高くて、少し塗りたくるだけで肌がスベスベになる。美肌効果もバッチリみたいねッ。



「……ふぅ」


 マッタリ湯船に浸かる。

 なんて幸せな……一時。



 思えば、ヘルブラオ・ヴァインロートに()てられて……いえ、(だま)されてわたしは今に至る。



 何故かカエルム様の気に留めて戴き、オーリム家にお邪魔している。……なんでだろう。なんで、わたしは此処(ここ)にいるのだろう。



 漠然とした衝動がわたしを襲う。



「――――」



 婚約破棄されたから?


 聖女予定だから?



 カエルム様は……わたしをどう感じ、どう想っているのだろう。……少なくともわたしは…………あ。



 途中で気づいて湯船に潜った。




 ――そっか、わたし。


 初めて芽生えたこの気持ち。これが――





 お風呂を出て通路を歩いて食堂前。話し声が聞こえた。このお優しい声は、カエルム様とユーデクス様。二人は本当に仲良しなのね……って。


 不本意ながら聞き耳を立てしまうと、会話が聞こえた。



「……兄上、僕はスピラ様を愛しています」


「ああ、そうだろうな。そもそも、あの悪徳貴族ヘルブラオ・ヴァインロートが彼女を掠め取ったのが事の発端。スピラ様は本来なら、カエルム……お前とお見合いする予定だったのだからな」



「けれど、スピラ様はその前(・・・)にアスプロの街をひとり出られてしまった」



「そこで行違ってしまったわけだな。お見合いも破談となり、彼女はこの帝国へ……ヘルブラオに目をつけられてしまったわけだ」



 ……!


 そ、そうだったの。



 もしや、アスプロに留まっていれば……わたしはカエルム様と出逢っていた? ……そっか……ヘルブラオに追い出され、彷徨っていたわたしを見つけたのも偶然ではなかったんだ。



 カエルム様はずっと前から、わたしを知っていたんだ。親の言いつけを守っていれば、騙される事もなかった。



 ……わたしの馬鹿。


 落ち込んでいると――



「僕はいつかヘルブラオに罪を償わせ、スピラ様に振り向いて戴けるような騎士になってみせます。そして近い将来、聖域へ移住し、彼女を幸せにしてみせます」


「あー…、なんだ。カエルム……余計なお世話かもしれんが、振り向かせるも何もスピラ様もお前を相当気にしているようだぞ。彼女のお前の見る目は、俺とは明らかに違う」



「そうかもしれません。でも、それでもです。この想い……愛を伝えきるまで、僕は全力でスピラ様をお支えします」



 ユーデクス様は苦笑しながらも「お前なら出来るよ」と言って、立ち上がった。……あ、まずい。


 鉢合わせる前に、わたしは自室へ戻った――。




「…………あぁぁぁッ! カエルム様、そんなにわたしの事を想って……」




 ベッドで嬉し泣き。

 良い意味で枕を濡らし、足をジタバタさせ、こそばゆい感情に悶えた。




 わたしは何も失ってなどいなかった。

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