第38話 セルバンテス大公(先王ライザハットの弟)の罪
「叔父上が挙兵ですって!?」
セルバンテス大公は先王ライザハットの弟、つまりアストレアから見て叔父にあたる元王族の大貴族だ。
「呼応した周辺諸侯とともに、現在この王都を目指して進軍中とのことです。その数5千を超えるとのこと」
「5千を超える兵力……!」
アストレアが目を見開いて息をのんだ。
そう大きくないシェアステラ王国にとって、5千人の軍勢というのは超がつくほどの大軍だ。
よくもまぁこんな数を動員できたというレベルである。
アストレアとセバスチャンが言葉を失い、重い空気が場を支配する中、
「やっと動いたか、おせーんだよ。ほんと使えねぇ野郎だなアイツは」
リュージが平然とした顔で言った。
「……リュージ様、今の言葉はどういう意味ですか? まさか叔父上に内通していたのではありませんよね?」
アストレアが信じられないといった顔をしながらリュージを問い正す。
「ん? ああそういう意味じゃねえよ」
そこでアストレアに誤解をさせたことにやっと思い至ったリュージが、笑いながらアストレアに次げる。
「ではどういう意味なのです?」
「セルバンテス大公が俺の次ターゲットだからだよ。だからやっと動いたと言ったんだ」
「叔父上が?」
「あいつは兄であるライザハットと一緒になって、姉さんを犯したんだ。必ず殺す、絶対に殺す。絶対の絶対にだ」
リュージの声に鋭利な刃物のような殺意が籠る。
「叔父上が復讐対象であることについてはわかりました。ですがそれと、動くのが遅いという話が繋がりません」
「セルバンテス大公は自己中心的で民を家畜とでも思っているような、貴族の悪いところを煮詰めたような人間だ。ライザハットよりもさらにたちが悪い。領地では若い娘をさらっているって噂まである。まさに人間のクズだ」
「叔父上がクズだというのは、姪のわたしとしても否定はできませんね。良からぬ噂もおおむね本当のようですし」
嘆くように言うアストレア。
「しかもあの野郎は重度の臆病者で、城の中に引きこもって表に出てくることが少ないんだ。しかも影武者が10人以上いると言われている。殺して回るのは骨が折れるし、本物を殺し損ねる可能性があった」
「そういえばそんな話を聞いたことがあるような、ないような……セバス?」
「たしか最新の情報では、セルバンテス大公の影武者は11人にございます」
11人というセバスチャンの言葉を心にメモしながら、リュージは言葉を続ける。
「だから俺はヤツが動くのをずっと待っていた。大義を掲げる戦場に、親玉が出てこないわけにはいかないからな」
「そうでしょうね、自分だけ安全な最後尾にいて大義がどうの偉そうに語っても、誰もついてきはしませんから。いざという時になればなるほど、それは顕著になるでしょう」
「だがもし戦場に出るとなれば何があるかわからない。となればだ、普段は分散させている影武者を、相当数集めてリスクを回避しようとするはずだ。それを根こそぎ殺して回れば労せずチェックメイトだ」
「なるほどそういことですか」
と言いながらも聡明なアストレアは実は、自分の身の安全を最優先するセルバンテス大公はこの局面であっても影武者に全てを任せて、自らは戦場に出てこない可能性の方が高いのではないかと踏んでいた。
そしてリュージもきっと同じように考えているだろうから、つまりさらにその次の手まで用意しているに違いないと推測していた。
今の『なるほど』は、そこまで込みの『なるほど』である。
アストレアも、伊達に『聡明な若き女王』などとは言われていない。