第31話 「説教くさくて聞く気にならない。おまえは俺の先生か?」
「単刀直入に聞きます。カイゼル神父を殺したのはリュージ様、あなたですね?」
翌日の朝――というには遅く、昼というには早いころ。
アストレアは部屋にやってくるなり開口一番、強い口調でリュージに言った。
「それがどうした?」
しかしリュージは片手腕立て伏せを継続しながら、顔だけをアストレアに向けると、どこ吹く風で飄々と言葉を返す。
「カイゼル神父は、次の大司教の候補にも名前があがるほどの清廉潔白な人だったんですよ?」
「そんなことは俺には関係ない。あの事件の関係者は全員殺す、俺にあるのはそれだけだ。それに神父1人で済ませただろう? おまえとの約束はちゃんと守ったはずだ……よし、200回と」
日課を終えたリュージが立ち上がった。
リュージの上半身は裸で、その鍛え上げられた肉体にアストレアは一瞬目を奪われてしまう。
新進気鋭の若き女王とは言え、アストレアも男性の身体とか裸とか筋肉が気になるお年頃であるから、それもまた仕方のないことではあった。
しかしアストレアはすぐに邪な考えを追いやると、さもそんなことは微塵も考えていませんよと言わんばかりのお澄まし顔をして、言った。
「そうですけど……ですが今までリュージ様が手にかけてきた相手は、わたしの父をはじめ、殺されても仕方がないような誰が見てもわかる悪人ばかりでした。ですが今回のカイゼル神父は、それはもう評判のいい人だったんです」
「罪を犯しながらその罪を償いもせず、あろうことか隠してのうのうと生きてるクソ野郎がいて、俺がそいつを裁いた。たまたまそれがあの評判のいい神父さまだったというだけだ」
「ですが――」
「神さまがちゃんとそれ相応の罪償いをさせてやっていれば、俺が手を下す必要もなかったんだよ。まったく神さまってやつはひねくれ者で、妙に悪人に甘いから困ったもんだよなぁ? とても信じる気にはなれないぜ」
「ううっ、相変わらず言葉が軽いです……すぐにでも教会本部と折衝して代わりの司祭さまに来てもらわないといけないですし、ああ……また仕事が増えちゃいます。睡眠時間がさらに減るかも……」
「まぁ頑張れよ」
「他人事みたいに言わないでくれません!? あなたが殺したんですよ!?」
「なんだ、今日はえらくつっかかってくるな。職業差別か? 品行方正な神父さまは特別ってか? あいつは神の前では何人も平等だって言ってたぞ?」
「誰もそんな話はしてません。例えばわたしの父ライザハットは王でしたが、討たれるべくして討たれたと今でも思っています。ただ――」
「ただ?」
「人は時に過つものだと思うんです。決して間違いを犯さない完璧な人間がいたとしたら、きっとそれは神さまと呼ばれる存在なのではないでしょうか――って、聞いてます?」
「説教くさくて聞く気にならない。おまえは俺の先生か?」
「ううぅぅっ!」
まったく聞く耳を持ってくれないリュージに、アストレアははしたなくも子供のように地団太を踏んでしまった。
「ま、おまえはおまえの正義を貫けばいいさ、俺も俺の正義を貫く。交わる必要はないし、どちらかが譲る必要もない。俺の正義は、俺が決める」
「これまたはっきりと言い切りましたね……」
「俺たちは互いの正義を、完全ではないにしろ認めあって協力してるんだから、議論をしても有益な答えなんて出るはずはない。するだけ時間の無駄だ」
「まぁそうなんですけどね。実際リュージ様があれこれやらかしてくれたおかげで、主だった守旧派は一掃され、わたしは労せず改革を進められるわけですし」
「よくわかってるじゃないか」
「ちなみになんですけど、わたしが自分の改革の邪魔をする者をこっそり暗殺して回っていると、守旧派は戦々恐々としているみたいですね。特にグラスゴー商会を壊滅させた一件の直後から、抵抗勢力が完全に鳴りを潜めましたから」
「キリング・クイーン・アストレアの面目躍如だな。血塗られた苛烈な女王として、後世の歴史家も筆が進むことだろうよ」
「はぁ、こんな形で後世に名前を残したくないんですけど……。リュージ様と話して、今日はなんだかどっと疲れたような気がします。まだお昼からもいっぱい会議が残ってるのに……」
アストレアが大きなため息をついた。
「そんなお前にこれをやろう、この前のケーキの礼だ」
そんな悲壮感すら漂わせているアストレアに、リュージは机の上に置いていた小袋を開けて丸薬を取り出すと、手渡した。
直径5ミリほどの小さな黒い丸薬だ。
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