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 思いのほか綺麗に片が付いた。

 テトラは死に、ヴァネッサの残りの魔力も底を尽きかけている。

 これならもう、この場は彼等に任せてレンの後を追う事も出来そうだ。……とはいえ、最低限の回復くらいはしておくべきだろう。

 目的を果たし、身体を支えていた執念を失ったためか、その場に崩れ落ちたラウの元に向かって、ミーアは治癒の魔法を施す。

「余計な事はするな。急いでいるんだろう?」

 素っ気ない口調でラウは拒絶を示してきた。

 が、もちろん、そんな事で治療を止めるつもりはない。

「ええ、そうですね。ですが、このままだとトルフィネに戻る前に出血死です。そのような結末は、私もレニさまも望んでいません。……きっと、彼女も」

「……そうかもな」

 納得したのかどうかは知らないが、彼は身体を脱力させて目を閉じ、魔力も完全に抑えて、治癒を阻害する要素を排除してくれた。

 おかげで回復の速度がかなり向上する。この分なら、一、二分程度で必要な処置は終わらせることが出来そうだ。

「ラウ、大丈夫なの?」

 同じように倒れた彼を心配して駆け寄ってきたシェリエが訪ねる。

 それに対し、ラウは微苦笑を浮かべて、

「当然だ。それより、良くやった。これでアイツもきっと少しは――」

 言葉の途中で、不意に空を見上げた。

 なにか無視できない音を察知したのかと、釣られるようにミーアも視線を上げる。

 ここから見えるのはトルフィネへと続く裂け目だけだ。向こうの重力によって上昇し続けていた結果、もう一キロにも満たない距離にまで、それは迫ってきていた。

 その中から、四枚の翼をもった人型が飛びだしてくる。

 神の御使いだ。ネムレシアに瓜二つの、だが髪の色だけが決定的に異なる個体。

 そいつは右手に光の剣を握りしめ、一直線にこちらに向かって突っ込んでくる。

 気付くのが遅かったら、或いは掠り傷くらいは貰っていたかもしれないが、まあその程度の速度だ。

「貴女も下がってください」

 一応、シェリエに忠告をしつつ、ラウを抱きかかえて跳び退く。

 跳び退きながら、他の伏兵の警戒にも努めたが、そんな存在が居たらとっくにラウが感知しているだろう。増援はたったの一人。大した脅威も感じない。

(一体なにをしに来たのかしら?)

 疑問を覚えつつ、雷撃を叩き込む。

 先程のオーウェのものに比べれば些か迫力に欠けるが、殺傷力という点では勝るとも劣らない研ぎ澄まされた稲妻の槍が、一切の抵抗を許さずに御使いの心臓に突き刺さる。

 ろくに反応すらしなかったあたり、視認する事も出来なかったようだ。

(少し余分に魔力を使いすぎた……いや、そうでもないか)

 中心点で凝縮させていたエネルギーを爆発させて、身体の隅々までを破壊したにもかかわらず、炭化したそれはまだ生きていた。

 生きたままに、先程までラウがいた場所に転がっていたテトラの眼球を手に乗せて、

「被験体との、接触、、成功。媒体、、の、融和、、開始。これ、より、堕龍計、、を、実行、します」

 途切れ途切れ声を漏らしながら、その眼球を自身の胸に押し当て、体内に取り込んだ。

 次の瞬間、御使いの身体が崩れ、ミーアの魔法を汚染したかのように灰色に染まった稲妻が周囲に広がり、あとわずかで完全に機能を停止しそうだったヴァネッサに接触する。

 するとヴァネッサ――いや、もはや赤い水の塊と認識するべきだろうそれが大きく脈動し、炭化した御使いの身体へと殺到して、全てを取りこんだ。

 そして、空間を震わせる超音波が、そこから響き渡る。

 咄嗟に耳を魔力の膜で覆っていなかったら、鼓膜を痛めてしまっていたかもしれない。シェリエはそれが遅れて顔を顰めていたが、被害はそれくらいだろうか。

 つまり、これは攻撃の類ではないという事だ。かといって、ただの威嚇という事もないだろう。もはや生命ともいえないような存在なのだ。そんな無意味な事をするとも思えない。

 だとしたら、この咆哮には一体なんの意味があったのか……

「――聞こえるかしら?」

 突然、魔力の膜を張った耳の内側から声が響いた。

 まるで膜を張る前にすでに居座っていたかのような音の響き。

「アカイアネさん?」

 彼女の魔法は距離に纏わるものだと言うが、実際のところどの程度の融通が利くものなのか、こういう体験をするたびに強く興味を引かれるが、まあ今はそれを追求する時でもない。

「――最悪なのが来たわ。まさか、あれが釣れるなんて彼女も思っていなかったんじゃないかしら? だってあれは最終目標だもの。今居場所が分かったところでなんの意味もない。あぁ、でも、そうね、あれが来たのなら平行世界を無限に食いつぶして延命するという彼等の思惑も台無しになったのか。だって、崩壊の速度に追いつけないものね。それを喜ぶべきか、悲しむべきなのかは怪しいところだけど」

 珍しく、ナアレは焦っていた。口早に自身に言い聞かせるように喋って、精神状態を落ち着かせようとしているのが目に見えていたのだ。

 どうやら、それだけ危険な存在が今の咆哮によって招かれたという事らしい。思えば、たしかに今のあれは龍の咆哮に似ているような気もしたが。

「――いい? 絶対に手を出してはダメよ。静かにやり過ごすの。それと気を強く持って、あとは、そうね、他の世界に堕ちないように。またトルフィネで会いましょう。あぁ、これが遺言にならないといいけれど」

 最後に気弱な呟きを残して、彼女との交信は途切れた。

 それから数秒も経たないうちに、異変が訪れる。

 トルフィネとこの世界を繋ぐ裂け目が一気に十倍以上に広がり、見渡す限り全ての光景に亀裂が走ったのだ。

 その中にあったのは、この世界に酷似した無数の平行世界だった。

 もし亀裂が更に広がれば、これらの世界は一体どうなってしまうのか……答えは、すでにナアレが口にしている。

 正直、ミーアにとってこの世界は余所の国でしかないので、どうなろうと心が痛むことはないが、レンにとっては故郷の世界だ。守れるものなら、守りたい。

 が、そんな考えはトルフィネから訪れたそれを前に、完全に塵と化した。

 人生で二度目の遭遇となる龍種。

 その体躯は前の奴よりもずいぶんと小さくて、三メートル程度しかなかったが、とてもそうは見えないくらいに大きく感じる。それはきっと、レニの黒よりもずっと深くおぞましい魔力の所為だろう。完全に、常軌を逸した密度だ。

「――」

 おかげで、否応なく思考が停止する。

 呼吸もすぐに覚束なくなり、指先から心臓に向けて急速に体温が冷えていくのが解った。

 魔法による影響ではない。これは本能の叫びだ。諦める事こそが唯一の救いだと言わんばかりの絶望を前にした時の、強烈な死への誘惑である。

「あ、ああ、ああぁああああああああああああ!」

 ミーアですら咄嗟に唇を噛み千切ってようやく衝動を押し殺せたほどの圧力なのだ、力のないユミルなんかには劇的で、彼女は両膝をついて焦点の合わない眼で空を見上げながら、金切り声をあげだした。

 衝動的に「煩い!」と叫び返したくなったが、その衝動が思考を取り戻してくれる。

「……」

 深呼吸を一つ取って、龍の動向を観察する。

 幸いな事にそいつは騒音に興味はないようで、ユミルの事など歯牙にも掛けず悠然とこの世界の空を旋回していた。キョロキョロと、なにかを探しているような感じだ。

 今のところは無害。ただし、それは個人に対してであり、この世界は龍の出現と共に荒まじい速度で終焉に近づいている。おそらく、もうあと五分も耐えられないだろう。

「今のうちに、戻った方が良さそうだな」掠れた声でラウが言う。「……お前はどうする?」

「お先にどうぞ。私の目的に変更はありません。……ええ、何も変わりはしない」

 龍の視線が、ある世界への入り口でピタリと止まった瞬間に総毛立った全身を必死に制御ながら、ミーアは硬質な声で答え、ゆっくりと口を開き視認するだけで眩暈がしそうなほどに集束された魔力の塊を解き放とうとしていた龍の側頭部に、使いそびれていた切り札を全て解き放った。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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