表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/118

09

拒絶の左手と、淡い雷光を宿した細剣がニアミスする。

ミーアとしては潜り抜けるように首を狙った一撃だったが、思った以上に拒絶の魔法の影響で軌道が湾曲した結果だ。

(接近戦は、慣れが必要ね)

敵の魔法の効果範囲はもちろん、その反応速度や、柔軟性などを把握してから攻めるのが妥当だろうか。

現状、ミーアにとって幸いなのは相手の右手が潰れているおかげで、光に纏わる魔法を警戒する必要がない事だ。冷気と魔法消し、そして拒絶の三つだけに対応すればいい。

此処でラウとの連携が必要になってきそうなのは、色食いによる魔法の掻き消しへの対処だろうか。そして厄介なのは、それと同時に併用される冷気による全体干渉。

(この身体の猶予は、どれくらいあるか……)

接敵してまだ間もないというのに、既に手の感覚に違和感を覚える程度には、体温の低下を感じている。

身を守るために皮膚の上に展開していた電流による結界が、無力化された故の不味さだ。これが骨の髄まで行き届けば、まともに動く事も出来なくなるだろう。その前にこの問題を解決する必要がある。

つまり、両眼を潰すのが最優先ということだ。それも死角から射抜くという条件付きで。でなければ、魔眼の効果によって、武器に滲ませた魔力すら掻き消されてしまうだろう。

この魔眼は対象との距離によって効力が変わる。それが、今の攻撃ではっきりした。拒絶の魔法によって逸らされた斬撃が完全に魔力を失ったのが、ちょうどテトラの脇を掠め、最も彼女の眼球に近付いた時だったからだ。

(厄介な能力。余裕をもってあたるのは難しいか。なら、彼女への対処も急いで共有する必要がありそうですね)

すれ違いざまに脇腹を蹴って、その反動で再度距離を取りながら、ミーアはちらりと横目にヴァネッサを捉える。

こちらの彼女の攻撃手段は単純だ。布石などは一切なく、ただただ今敵がいる場所に向かって弾丸を飛ばし、ある程度距離が近付けばそちらに肉薄して、水の刃を乱舞させるだけ。

とはいえ、攻撃のタイミングが極めてランダムなうえ、上手いと下手が極端に混在している動きをしている所為で対処が楽という事にはならない。さらに、誘導自体は簡単だが、そこを理解しているテトラは常にヴァネッサを中心にした立ち回りをしていて、今もラウがヴァネッサにちょっかいをかけているが分断できそうな兆しは見当たらなかった。

(……いや、そもそも何故、彼女はラウ・ベルノーウをこちらに近付けたのかしら?)

一対一を続けていれば、ほぼ間違いなくテトラがラウを始末して、ヴァネッサの加勢をすることが出来ていた筈なのだ。その流れをわざわざ蹴って、不確定要素を取り込むのは迂闊すぎる。

向こうにも、なにかしらの問題があると考えるのが自然だ。

雷を司るミーアの擬似『核』に使用上いくつかの制限があるように、テトラにもそれがある可能性。

普段、目隠しをした上に拘束具まで装着しているような相手である。そう考えるのも有りと言えば有りだろう。けれど、単純に周りを考慮してというパターンもこの手の特異な魔法使いには多いので、あまり決めつける事も出来ない。早く終わらせて追いかけたい、という先程のテトラの言葉がそのまま真実で、ただそれだけの為にこの状況を作った可能性だってある。

仮にそうだった場合は、焦らしが有効なのかもしれないが、長引けば長引くほど不利になるのはこちらの方だった。

結局は向こうが有利な局面。

だからこそ、極端な選択が必要になってくる。

「――おい、あとどれだけ凌げる?」

ミーアと同じ認識なのだろう、生身の方の拳を強く握りしめたラウがそんな事を訪ねてきた。

耳元で囁かれるように響いた魔法の問いだ。感知を利かせてみると、テトラの眼から隠れるように遠回りをして、こちらの背中に魔力の糸がくっつけられていた事に気付く。さすがはリッセの弟といったところか、細かい芸当も得意だったらしい。

「貴方の方はどうなのですか?」

密談に相応しく、ミーアも剣をやや高い位置に構えながら、口元を隠して自身にすら聞こえないような音量で問い返す。

「お前よりは耐えられるだろう。水の方にもな」

「貴方がどちらも引き受けると? とてもそんなことが出来る状態には見えませんが」

「それはお前の眼が節穴なだけだ。真正面から打開できる力があるのなら、それでもいいがな」

「あれば、とうに始末していますね」

此処で強がる理由はないので、これといった手がない事を示しておく。

ついでに、この世界に来て早々に、遠方で育てておいた魔法に少し意識を向けてみた。隠密と強化の二つを同時に行っているそれはまだ気付かれていないが、これ以上育つとさすがにテトラにも感知される恐れがある。ラウが無茶をして彼女を掻き乱さなければ。

問題は、本当にそんな価値ある隙間を彼が生み出せるかどうかだが……

(……制御に集中して、この攻撃に賭ける方が見込みはあるか)

それに、ラウ・ベルノーウは不意打ちとはいえ一度自分を綺麗に負かした相手なのである。信用は、それで十分だ。

「では、合図を出したら刺し違えるつもりで隙を用意してください」

「いいだろう。上手くやれよ?」

どこまでも素っ気なくそう言って、ラウは足場を踏み砕き、そうして出来た残骸に自身の魔力を宿して凶器と変え、それらをテトラ目掛けて蹴り飛ばした。

それらが彼女の視界を妨げたからか、一瞬身体を蝕んでいた冷気が和らぐ。魔法消しの効果が消えたのだ。

あの魔眼は非常に強力だが、透視の類は一切ないらしい。……いや、或いはそれは右腕を失った代償と捉える事も出来るだろうか。

テトラ・アルフレアという人物の魔力の流れはかなり歪で、だが歪ゆえに奇蹟的なバランスで四種の魔法を共存させていた。その一種の核がラウの奇襲によって潰された事によって、拒絶の魔法を制御するのに普段以上の負担がかかっている。……少なくとも、ミーアにはそう見えた。

ならばと、こちらも足元に建物を切り裂いて、それをテトラ目掛けて投げつける。

「――鬱陶しいわ、ね」

苛立ちを滲ませた呟きと共に、テトラの身体から凄まじい冷気が吹き荒れた。

その冷気によって、蹴り飛ばした瓦礫がぴたりと空の上で静止する。

瓦礫だけではない。足場の建物も、周囲の複数の建物もみんな、その場に凍りついた。

よほど魔眼の効果外に行かれるのが嫌なようだ。まだ慣れていないから、と見る事も出来るだろう。

(それにしても大した規模の魔法ね。でも距離が離れるごとに強度は確実に落ちている)

遠距離戦はやるだけ無駄だと思っていたが、これなら戦場を広く取った方が良さそうだと、周囲に建物に向かって無秩序な雷撃をばら撒き、無数の残骸を生成する。

それらはすぐさま停止するが、ミーアの魔力の残滓を帯びた残骸に限っては、こちらに向かって緩やかに近づいてきているのが確認できた。

五十メートルほどまで接近したところで、それらも魔法の餌食になったが、奇襲を仕掛けるには十分な距離である。

その陰に身を隠すようにミーアは大きく跳躍して、そこで魔力を周囲に波のように広げ、自身の気配を曖昧なものへと変えていった。

リッセ程じゃないが、ミーアもまた隠密の技術にはそれなりの自負がある。そして特異な魔法に染まっている人間は得てして、そういった基礎的な技術に乏しいものだ。

だからこそ、テトラはミーアを追跡するという選択は取らない。不得手な事を無理にやろうとするよりは、確実に行える事――奇襲の条件が揃う前にラウを始末するという、こちらが用意した舵を切ってくれる。

もちろん、ただ潜伏しているだけならあっという間にラウは殺されてしまうだろう。

保険として用意していた切り札を少し切り崩して、彼の延命に用いる必要がある。そこまでが前提だと、いつのまにか音を外に届かせる事が出来なくなっていたこの身体が訴えていた。

(ここまで精緻な魔法を維持しながら戦える余裕なんてないと思うのだけど、ずいぶんと期待されているものね)

多少プレッシャーを感じているのは、その所為だろうか。

でも、悪い感覚じゃない。こういった緊張感は自身の能力を最大限発揮させるには必要な要素だ。それを判って発破をかけてきたのかどうかまでは知らないが、軍貴の血筋の者として、その期待には正しき応えたい。

「……不味い時も言ってください。一度くらいなら、まともな援護も出来るでしょうから」

その独白を最後に、ミーアも自身の気配を完全に消し去り、ラウの決死をつぶさに見つめながら奇襲の時を待つことにした。



次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ