07
肉体を失う間際、鼓膜に金属音が届いた。
ただ一つ残された自身の義足が地面に落ちた音だ。
どこか物悲しくも、どこか誇らしげな響き。
そんな風に感じたのは、それがヴァネッサにとって、ただの補助道具以上に意味のあるものだったからだろう。
ヴァネッサ・ガルドアンクは、ディアネットが創造の魔法を用いて最初に生み出した人型だった。
まだまだ魔法の真理には程遠かった未熟な彼女が生み出した失敗作だ。自身の器として使用する予定だったモノでもあり、妥協する理由などなく、本来ならそのまま破棄されていた筈のもの。
だが、ディアネット――倉瀬華は、その欠損にこそ意味をもった。倉瀬蓮という半身を失った自分には、それこそが相応しいと感じたのだ。
そうして出来損ないの器は成長の機会と同時に、人格を与えられた。ヴァネッサと名付けられたその人格は、この世界の仕組みを知るたびに多くの力を手にし、与えられた魔法の技術を磨き上げ、やがてその分野においてルーゼでも指折りの存在となるまでに至った。
華は、この身体を当主にするつもりだった。彼女は初めてから自身が表舞台に立つつもりはなく、だからこそ最初から人格を育てるという方針を取っていた。
それが頓挫し、ディアネットを騙る二番目の人形が作られたのは、先代の当主である男(この世界に転生した瞬間から倉瀬華だった彼女は、その男を父親と認識した事は一度たりともなかった)が、片足がない事に難色を示したからだ。
これがイル・レコンノルンだったのなら、外見など一切気にせず優れているからという一点で次期当主として推しただろうに、哀しいかな当時のレンヴェリエール家は歴史が長いだけの貴族の家でしかなかったのだ。
思えば、この時から華はあの男をいつ処分するか考えていた。それが、最近まで長引いたのは、いつでも殺せるという慢心があったからか、或いは倉瀬蓮との生活に戻った時に、自分が昔以上に血も涙もない怪物になってしまっている未来を恐れての事か……このあたりの事はヴァネッサにも判らない。主導権を渡している間も意識は許されていたが、彼女の深層心理に触れる権利までは与えられてはいなかった。
自らが生み出した自律人形にすら、彼女は心を許せなかったのだ。
彼女は、この世界でずっと独りだった。
そんな彼女を、人形たるヴァネッサは愛している。たとえそれが元々組み込まれていた感情だったとしても、後悔することなく命を賭せる程度には愛している。
だからこそ、今の彼女にブレーキをかけず終わる事に、少しだけ後悔があった。
(意見する権利は、許されていたというのにな)
この先に、本当に彼女が望む未来はあるのか……今の彼女は釣り合いが取れていないから、楽観的にその可能性を期待する事は出来ない。
(……釣り合い、か)
それは、彼女がよく口にする言葉だった。暴走しがちな自分を戒める為の呪文のようなものだと、以前に教えてくれたのを覚えている。
元は、倉瀬蓮が彼女によく使っていた言葉らしい。
六歳とか七歳の子供が親に使う言葉としては、相当に異様な気もするが、そういう子供だったからこそ、彼女は今もなお狂ったように求めているのだろう。
(もし、本当に出会う事が出来たのなら、彼女は救われるのだろうか? そうであれば、いいのだけどね……)
自身の切り札が完成したのを認識しながら、最後にそんな事を抱き、ヴァネッサ・ガルドアンクは繋ぎ止めていた意識を手放して、人形としての最後の役目を解き放った。
次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




