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05

 倉瀬蓮にとって、戦争という言葉はニュースの中やゲームの世界でしか縁のないものだった。

 多くの日本人にとってもそうだろう。

 でも、今俺の目の前に広がっている光景は、まさに戦争そのものだった。

 門をくぐった先は、更地になった場所から少し離れた街のビルの上だったのだが、至る所から黒煙が上がっている。

 サイレンの音、様々な悲鳴に怒号。まさに阿鼻叫喚だ。

(ずいぶんと奇妙な代物だな)

 壁を物抜いて走行する戦車を前に、レニが呟く。

 電車のようなものはトルフィネにもアルドヴァニアにもあるが、砲台のついた軍用車というのはなかったんだろう。まあ、特に必要もないものだから、当然と言えば当然だ。

 しかし、どうして此処に戦車なんてものがあるのか? 自衛隊の基地なんかが近場に会った記憶はない。この世界が、倉瀬蓮が死んでからどれくらい経過した世界なのか正確には判らないけど、鶫と朱鷺弥の外見は俺の知るそれと変わっていなかったから、長く見積もっても二年程度の誤差くらいしかないはずだ。その程度で、近くに基地が出来るとは思えない。

 だとしたら似て非なる世界なのか……いや、違う。

 よく観察すれば、街を蹂躪しているあの戦車には、微かだけど魔力が感じられた。おそらくは母の魔力だ。なら、そこらの自動車を戦車に造り変えて、簡易な命令を与えて暴れさせているといったところだろか。そのあたりが妥当な気がする。

 そんな戦車の砲口が、こちらに向いた。

 直後、耳を劈く轟音と共に砲弾が放たれる。

 大した魔力は感じられないので観察を優先させた結果、その砲弾が足元のコンクリートを固めた物だというのが判った。

 車体の腹にある口でコンクリートを食べて、それを中で丸めて飛ばすという方式らしい。原始的というかなんというか、それがまかり通るが故に魔法的というべきか……。

「――見つけた。では、私は行くわ」

 左手からの声に視線を向けると、もうそこにアカイアネさんの姿はなかった。

 そうこうしている間に砲弾が迫ってくる。

「私が処理しますか?」

「ううん、大丈夫」

 傍らのミーアにそう答えて、俺は右手に大剣を具現化し、砲弾を切り落とした。

 毒なんかが入っている可能性も少しは危惧したけれど、そういった脅威はなし。つまり、レニ・ソルクラウを想定して攻撃を仕掛けてきたわけじゃないという事だ。

 でも、他にも人がいる中で俺を狙ってきたという事は魔力に反応したという事でもあるので、虐殺のための要因というわけでもないんだろう。

 まあ、どちらにしても破壊しておくに越したことはない。

 右手の大剣を投擲して、戦車に風穴を開けて機能を停止させる。

 と、そこで空から煩いヘリの音が聞こえてきた。

 見上げると戦闘ヘリが十七機群れをなして、こちらに近づいてくるのが見えた。ただし一直線に向かってきているわけではなく、標的の直線状に俺たちがいると言った感じだろうか。その直線状に魔力を持った人の気配はない。

 なら、そのヘリの狙いは一般人という事になる。

 儀式のための生贄か、ただの憂さ晴らしかは知らないが、備え付けられた機銃が狙いを定めるように動いた瞬間、俺は迷うことなく地面を蹴っていた。

 一瞬で全ての動きがスローになり、自身が臨戦態勢に入ったのを実感する。

 全ての感覚がより鋭敏に研ぎ澄まされたおかげで、遠方で起きている戦闘の気配を捉える事も出来た。ただし、その中にヴァネッサやテトラの気配はない。現状は潜伏を優先しているようだが……まあ、目標を探すのは脅威を片付けたあとでいいだろう。

 右手に長大剣を具現化して、ヘリに目掛けて振り抜く。愚鈍な鉄くずだ。回避なんて味な真似が出来る筈もなく、綺麗に両断することが出来た。

 攻撃が中断され、ヘリが墜落していく。

 が、それだけではトドメにはならなかったようで、ヘリは切り落とされた下半分をムカデの足のようなものに変化させ、再び上半分と融合し地面を這って移動を再開した。

 その先にあったのはデパートだ。

 耳を澄ましてみると、無数の人の声が聞こえてくる。中に結構な人数がいるのだ。

 ――どうすれば無力化出来る?

 いくつか方法は思いついたが、無駄な手間は掛けたくないのでレニに訪ねる。

(先程の個体と違って、あれは極小の群れだ。魔力を研ぎ澄ますのではなく、広げて根こそぎ潰せばいい)

 ――わかった、ありがとう。

 剣に凝縮させていた魔力を周囲に漏れるように広げながら接近し、剣の腹で叩き潰す。

 すると、それは角砂糖のように細かく砕けて、灰になって消えた。

 効果あり。間髪入れず残りの十六体も殲滅して、一息をつく。

 ついたところで、激しい雷鳴が鼓膜を叩いた。同時にミーアの魔力を感じ取る。

 視線をそちらに向けると、遠方で黒焦げになって落ちていくヘリの姿が確認できた。

「珍妙な存在ですが、脅威としては赤子にも劣りそうですね。そんなものから逃げるしかないなんていうのも、おぞましい話ですが」

 再度遠方で落ちた複数の落雷を前にため息交じりに呟き、ミーアがこちらに向かってやってくる。

 あっという間の、空の制圧劇だった。

「凄いね。でも、大丈夫なの?」

「借り物の核の魔力は殆ど消耗していませんから、これくらいなら問題ありません。ここは、魔法を使う上では理想的な環境のようですしね。だからこそ、敵はこの場所を選んだのかもしれませんが」

 そう言って、ミーアは視線を空に向けた。

 釣られるように俺もそちらに意識を流し、ミーアの言葉通りだという事を理解する。

 こちらから見て左手十キロ程度の上空に、小さな孔が開いていた。

 トルフィネと繋がっているのとは違う、別の孔だ。

 孔の大きさは、大体半径一メートルくらいだろうか、人が通るにはちょうどいい広さで、周囲に大きな影響はまだ発生していない。

 あれは、一体どこに繋がっているのか……?

 現状、特に手がかりがあるわけでもないので、地上にいる敵はこちらが片付けるとミーアに告げて、目に付いた戦車を駆逐しつつそちらの真下に向かう。

「……」

 見上げた先にあったのは、見知った学校だった。

 俺が通っていた高校だ。強化した視力が、通学途中の学生を捉えている。此処とまったく同じ世界に見えた。

 大きな違いがあるとすれば、向こうは平和だという事だ。この孔の存在に誰も気づいていない。

 今だけだ。そこに倉瀬蓮がいない事が確認されれば、此処と同じ惨状が待ち受けているだろう。……あぁ、母が何をしようとしているのか、これではっきりした。

「ここと同じような景色に見えますが、敵は一体なにをしようとしているのでしょうか?」

 俺と同じように真上を見ながら、ぽつりとミーアが呟く。

 その言葉には、先程保留した質問への解答も含まれている。

 あの時点ではどこまで話すべきか迷っていたけど、もう結論は出ていた。

 ある程度は真実を話すけど、大事な部分では嘘をつく。その方針の元、俺は口を開いた。

「当たりを引くまで繰り返すつもりなんだよ。彼が生きている世界を引き当てるまでね」

「…………ええと、つまり、ディアネットはレニさまと同じ世界から来た人物という事ですか? 知り合いだったと?」

「ただの知り合いだったらよかったんだけどね。原因の一端は私にあるんだ。だから、私が終わらせないといけない。それが責任だと思うから……なんて言ったら、欺瞞にしかならないかな」

 自嘲気味に嗤ってから、俺は言葉を続けた。

「許せない相手だったんだ。この手で殺したいって思うくらいに。……でも、もう昔の事だし、水に流してもいいって、ディアネットが彼女だと知った時はそう考えた。考えたんだけどね、やっぱり駄目だった」

「レニさま……」

 ミーアの表情がわかりやすく曇る。

「ごめんね、くだらない私怨に巻き込むことになって」

「……いえ、感情を優先する事は、けして悪ではありませんから」

「ありがとう」

 これで、ミーアが先走って母を殺す恐れは無くなった。

 あとは彼女を見つけて、出来るだけ苦しませずに殺すだけ。躊躇の類は、真上の世界を見た瞬間、もうどこかに消えてしまっていた。

「あの世界に、魔力の気配は感じられる?」

「いえ、まだ感じられません」

「そう……」

「先回りしますか? 罠という可能性もないとは言い切れませんが」

「早合点して中に入ったところで孔を閉じられたら、確かに困りそうだね」

 正直、今の倉瀬華にそういった小細工をする余裕があるかどうかは怪しいけれど、テトラもいるのだ。彼女が悪知恵を働かせない保証もない。

「やっぱり、まずはこの世界の状況を把握した方が良さそうだ」

 少なくともテトラの居場所は見つける必要がある。

 そのためにもヘキサフレアスの手が借りたいところだけど、彼等が戦闘を始めるまで待つべきか、それとも――

「――レニさま、上を見てください」

 思考を遮るように、ミーアの声が届いた。

 言われた通りに再びあの世界に眼を向けると、先程はなかった赤い点がそこには浮かび上がっていた。

 火災だ。民家が燃えている。

 そしてその民家は倉瀬蓮の家の近くであり、その近くには何故か見覚えのある魔力があった。

「……レドナさん?」

 行方の分からなかった彼女の気配がどうしてそんな場所にいるのか――疑問を追求するより先に、大地が揺れた。

 凄まじい魔力が、この地に吹き荒れたのだ。

 焦り、怒り、恐怖がない交ぜになった魔力。

 それを喰らい尽すように、さらに激しい魔力が複数顔を出す。これはラウとテトラ、そしてヴァネッサの気配だろうか。

「炙り出した、と言った感じでしょうか?」

「……みたいだね」

 釈然としない部分もあるが、それを気にしている暇はなかった。

 両者の動きはあまりにも鋭く、始まりと同時に致命傷に近いほどの鮮血を撒き散らしていたからだ。

 判断一つ間違えるだけで誰かが死ぬ。そんな予感に突き動かされるように、俺もまたその戦場に向かって駆けだしていた。



次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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