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幕間2/レニ・ソルクラウの変化

 目の前の龍の命を絶った直後、妙な光景が浮かび上がった。

 都市に藍色の花が咲き、空が裂けるというものだ。

「――ちっ」

 思わず舌打ちが漏れる。

 斬撃を放つ最中だったのなら、そのノイズの所為で振り抜いた腕が千切れ飛んでいたかもしれない。

「どうした? 昇華の行使中に雑念とは、なかなかに自殺的じゃないか? レニ」

 高みの見物を決め込んでいたラガージェンが、振り返った先で悪戯っぽい微笑を浮かべていた。

 こちらになにが起きたのか、理解しているといった様子だ。

「説明しろ」

 噴水のように降り注ぐ龍血を浴びながら、レニは冷ややかに言う。

「説明も何も、お前さんが今想像した通りだ。本物であるレニ・ソルクラウと完全な複製品である倉瀬蓮には切っても切れない縁がある。まあ、お前さんたちが再会する事は二度とないだろうが……しかし、なんだ、最弱候補だったとはいえ単騎で龍を倒すまでに至ったというのに、そちらの方が気になるのか?」

「当然だろう。こんな死骸にどうして興味を持てる? それに、あの光景には――」

「神の気配を感じたか? 正解だ。今、倉瀬蓮は壊れた神共の思惑の中にいる」

「それを野放しか?」

「我々の計画の邪魔になる要素ではないからな。むしろ好都合に働く可能性もある。だからこそ許された事態だ。それに慰めくらいは与えてやらないと、さすがに可哀想というものだろう?」

 くつくつ、とラガージェンが悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 この男がもっとも活き活きとしていると感じる表情だ。よほど、リフィルディール以外の神が嫌いなのだろう。

「……つまり、貴様がよく口にしている『延命』の一種というわけか」

「その中では一番大掛かりだがね」

 笑顔を消して、つまらなげにラガージェンは吐き捨てた。

 彼としてはそれでこの話は終わり、という事なのだろうが、こちらはそうではない。

 視線に力を込めて、続きを促す。

 すると、それをどう受け取ったのか、ラガージェンは微かに眉を顰め、

「くれぐれも再戦など望まないでくれよ? せっかく彼女が消耗してまで拵えた器なのだ。意味もなく壊されたら、さすがに気分が悪くなる」

 と、普段よりやや低い声色でそう言った。

 本気の警告だ。だからこそ、愉快な気持ちを覚える。

「見当外れ。貴様、どうやら色々と見えているようで、その実そうでもないのか。結果の判りきっている事に興味はない。得るもののない勝利にもな。それより、早く私の関心を満たせ。こうしてまた龍を殺してやったんだ。今更隠すような事もないだろう?」

「元々、この件に隠し事の類はなかった筈だが。……というか、最初に会った時に詳細な説明をした気がするのだが、私の記憶違いだったかね?」

「あぁ、貴様の話はろくに聞いていなかった。あの時、私にとって重要な事は、彼女を信じるか否か、だけだったからな。大体、貴様は最初から胡散臭かった。そんな者の話に耳を傾けなければならない理由がどこにある?」

 そう言うと、ラガージェンは疲れたようにため息をつき、

「わかったわかった。龍殺しの報酬の一つとして、ここは寛大に、大雑把にしか事態を把握していなかった粗忽者に、もう一度ちゃんと説明をしてやるとしよう」

 と、空間転移一つでこちらの眼の前に現れ、足元の血だまりを操作して椅子の形を二つ作り、それを凝固させて腰かけ、どうぞ、と左手を対面の椅子の方に軽く流した。

 あまり座りたい代物でもないが、既に血みどろだし、鎧を着ている分には支障もないので、それに倣う。

 倣ったところでラガージェンは満足そうに目を細め、話し始めた。

「龍という存在が、この世界にとってどういうものかは知っているな?」

「世界を維持する柱のようなもの、だったか。神以上の」

「あぁ、だからこそ、龍を滅ぼさない限り、この世界を糧に新しい世界を再構築することが出来ない。あげく、今の奴等は淀みそのもので、生きているだけで世界を穢していくからな。事実、魔域の規模は年々広がりをみせ、中域との割合を維持するために、この世界は無理な肥大と変化を続けている。その果てにあるのは決壊だけだ。白陽が死に、世界の心臓が腐り始めた時点で、救いのある未来を生み出す手段は一つしかなかった」

「故に、延命、か」

「そうだ。奴等がやっている事は、根本的な解決法からの逃避でしかない。それは神という責務の放棄でもある。――くく、まったくもって笑える話だろう? 彼女以外の全てが壊れる前から壊れていただなんてな」

「白陽とやらは何故死んだ?」

 ラガージェンの感情に付き合う事なく、レニはふと気になった事を問う。

 このあたりの暴君めいたマイペースさは、誰かに負けようが誰かを信じようが変わりはしない。

「……神にも寿命といっていいものがある。同じ神から見てなお、永遠に等しく映ろうともな。そして、だからこそ黒陽は招かれた。引き継ぎの為に。……奴等が、どう倉瀬蓮に説明をしたのかは知らないが、それは一つの予定調和だったといえるだろう。奴等の愚行を除けば、だが」

 どうやら、蓮の記憶かなにかを覗き見た故の質問だと思ったようだ。

 そんな事情はまったくないが――いや、或いは気付かぬうちに影響を受けているという可能性はあるのか。だとしたら気持ち悪い事この上ないが、まあ、おそらくそれは杞憂だろう。

 それよりも気になったのは、リフィルディールの行動だ。

「貴様はともかく、彼女ですら、その愚行とやらを読めなかったのか?」

「彼女は純然たる神だったからな。それ故に見えないものもある。だからこそ、眷属というものがいるわけだ。私のような、な」

「つまり、貴様には読めていたというわけか。だが、何も進言しなかった。していれば今のような状況になっていないだろうしな」

 世界の敵とみなされて他の神共と対立し、本来の目的以外の事にまで労力を割かなければならなくなったのは、間違いなく大きな損失だ。まだまだ、この陣営では新米といっていいレニですら、すでに煩わしさを感じる程度には。

「残念ながら根拠がなかったからな。ただの予感を口にしても仕方がない。……だが、そうだな、それでも言っておくべきだったと、後々何度も思ったものだよ。これが後悔というものなのだろうな。そして奴等も後悔をしたくなかったから、それを選択したのだろう」

 一瞬、ラガージェンの瞳に憐憫の色が浮かぶ。

 嫌悪の対象に向ける感情としては、少々歪だ。その意外さに目を丸くしたのがバレたのか、ラガージェンは自嘲的な笑みを浮かべて言った。

「お前さんだって、今もアルドヴァニアという国に思うところはあるだろう? そういう未練や愛着というものは私にもあるからな。理解くらいは出来る。むろん、私が奴等と同じ愚行を犯す事はないがね。――と、話を戻そう。今起きている事象についての説明でいいな?」

「あぁ」

「奴等はそれを堕龍計画と名付けた。言葉の通り、龍種を下位世界に落とすという計画だ。先程言ったが、龍種は存在しているだけでこの世界を穢している。かといって、殺してしまえば奴等の延命とは真逆の結果を招いてしまう。だから、奴等は問題を別の場所に放り捨てることにしたわけだ」

「その世界の一つが、倉瀬蓮の世界という事か。……奴が選ばれた理由にも関わっているのか?」

「あぁ、彼を感知出来たのは他でもない、その世界とこの世界との境界線を穴だらけにした奴等のおかげだからな。結果的に奴等は、我々の問題の一つを解決してくれる一助となった。これもまた皮肉な話だな。……まあ、それはそうと、世界の一つというのは間違いだ。おそらくその世界だけで完結するように、この計画は仕組まれている。でなければ、神殺しに目をつけられて終わりだろうからな」

「神殺し?」

「お前さんのような神を殺せる人間の事じゃないぞ? 神殺しという役割を与えられた、より上位の存在の事だ。世界を管理する神たちの、その管理者が有する特権のようなものとでもいうのか。神でもない私が知っているのはその程度の曖昧な情報くらいだが、とにかくそういう存在がいるおかげで、奴等の行動にも色々と制限があるというわけだ。……もちろん、奴等が使命の放棄と共に行った裏切りによって黒陽を奪われた我が主ほどの不自由さはないだろうがな」

 もしリフィルディールが万全であるのなら、有象無象の壊れた神共などその日の内に根絶やしに出来ると、以前ラガージェンが苛立ち交じりに吐き捨てていた事を思い出す。

 その原因をおおまかにでも把握出来たのは良い事だが、今となっては彼女の強さ自体にはさした興味もないので、旬を過ぎた話題と言えた。

「貴様の後悔とやらはもういい。それより、どうやってその世界だけで穢れを閉じ込め続けるというんだ? 魔力もない世界なんだろう? つまり穢れに抵抗する力を一切持たない世界。腐り落ちるのはすぐだ。下手をすれば私の寿命よりも短そうだな」

「そこまで短くはないさ。だが、そうだな、せいぜい五百年程度が限度だろう。それ以上は身代わりとしての価値を失い、穢れはこちらの世界にまた漏れだしてくる。龍とこの世界は切っても切れない関係だからな、完全な隔離が不可能な以上、それは避けられない。だから、奴等は世界を切り替えるという発想に辿りついたのだろう」

「切り替える?」

「もしもの世界、というのをお前さんは信じるか?」

「なんだ、それは?」

「お前さんにとっては少し不快な例えをすることになるが、怒るなよ?」

「……続けろ」

「最初に会った頃より、ずいぶんと穏和になってなによりだ。失敗は人を成長させるというのは本当のようだな」

「今のが不快な要素か?」

「心配するな、これからだ。……ふむ、そうだな、たとえば、お前さんがその有り余る才能を正当に評価され、皇帝に認知されて育った世界がどこかにあったとする。裏切りに合う事なく、ただしく後に皇帝となる世界だ」

「そんな世界はない。どこにもな」

 おぞましいほどに冷めた声で、レニは吐き捨てる。

「あぁ、それはこの世界には存在しない概念だ。この世界は一つきり。過去を変える事は出来ないし、未来以外の全てが強固に刻まれている。全ての中に魔力という名の確固たる力、干渉に抗う抵抗力があるが故に」

「それが、魔力がない世界を選んだ理由ということか?」

「そうだ。あげく、あの世界には神もいない。かつてはいたのかもしれないが、今では誰もあの世界を管理していないのは確かだ。結果、あの世界は全てにおいて無力で、だが、だからこそ、あらゆる可能性が野放しに、殺されずに生きている。無数に枝分かれした『もしもの世界』がな。そして、それを実体化する事も向こうでは簡単だ。なにせ抵抗力がないおかげで、此処ではゴミに等しい、効果だけは立派な魔法も十二分に活用させることが出来るのだからな」

「なるほど。狙いはわかった。だが、本当に上手く行くのか?」

「さてな。穢れの対処が十分ならある程度は機能すると思うが、半永久的に続けられるかどうかは知らん。知る必要もない。それは、我々にとってはどうでも良い事だ。この件で重要なのはただ一つ、龍の居場所を特定する事だけだからな。壊れているといっても、元は世界の秩序を守る装置。あれだけ露骨に乱暴に、さらに長時間二つの世界を繋げていれば、間違いなく龍が引き寄せられる。既に場所が掴めている外れもあるが、当たりが来れば御の字だ」

「……どこまでも愚かな話だな」

 結果的にこちらに助力したという先程の話とまったく同じ有様の敵に侮蔑を覚え、レニはため息を吐いた。

「あぁ、まったくもってその通りだ。だが、これは仕方がない事でもある。なにせ奴等は今の彼女になにが出来て何が出来ないのかも判らないのだからな」

「つまり、全盛期の幻影に怯えているというわけか」

「いや、お前さんが思っている以上に、彼女はそれに守られているし無理もしている。……あぁ、だから、私も期待しているのだよ。黒陽の騎士よ。これから先、なにがあっても彼女を守ってくれる事をな」

 真っ直ぐにこちらを見据えて、ラガージェンはそう言った。

 驚くほど素直な信頼の提示に、少し戸惑いを覚えるが、

「言われるまでもない」

 はっきりとそう答え、レニは席を立った。

「帰るぞ。もはやここにいる理由もないだろう」

「そうだな、そうするか。――ネムレシア、門を開いてくれ」

 その言葉に従うように、左手に空間の裂け目が現れる。相変わらず便利ではある道具だ。

 いつか、道具以上の価値を手に入れるかどうかは不明だが、今は少しそれを期待している自分がいる。

 その変化を齎したのは、間違いなく彼であり、

(……私に勝ったのだ。無様な敗北だけはするなよ、倉瀬蓮)

 届くとは思っていないが、なんとなくそんなエールを送って、レニはラガージェンと共に、この場を後にした。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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