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04

 大掛かりな儀式というものには、決まって必要な時期というものがある。星の位置や魔域の調子などによって、その成功率が大きく変わるためだ。

 今回の儀式は今日でなければならない理由がいくつかあり、倉瀬華の中に先延ばしにするという選択は存在していなかった。これを逃したら次の好機は十数年後。そんなに待つことは出来ないし、既に一度失敗しているというのも大きかった。

 レフレリでの一件がそれだ。異世界の痕跡を発見してすぐに、華はディアネットとしてあの都市に圧力をかけて、その辺りの実行権を奪おうと画策していた。

 異世界に関係する情報というのは滅多に手に入らないものだから、お上品では居られない。最悪、数年かけて作り上げた人形の一つや二つを犠牲にする覚悟で、戦争をする用意だってしていた。

 ……だというのに、華はその件に介入することが出来なかった。

 身内の裏切りにあったためだ。政敵でもなければレフレリの有力者でもない、同じ家で暮らしている血の繋がりを持った父親という名の他人が、この世界においての倉瀬華の命題に水を差してきたのである。

 あげく、異世界転移が成功して、一人の少女が元の世界に帰ったという報告が後日届けられたのだから、あの時ほどハラワタが煮え繰り返った日はなかった。

 全て利用することが出来ていれば、自分はとっくに蓮に再会できていたかもしれないのだ。

 今思い出しても怒りが溢れ出るし、もっともっと苦しめてから殺すべきだったという後悔も拭いきれずにいる。。

(……でも、まあ、いい加減許してあげてもいいのかもね。ここまで来たのだし)

 大きな流れに乗る事は出来なかったが、そこで行われた事象を収集する事で、此度の儀式にまで漕ぎ着けることが出来た。準備の殆どをこちら主導で行えたので、信頼性もある。

 唯一、軸の一人をセラという女性に頼らなければならないという不安があったが、人質を使えば動かすのは簡単だ。事実、彼女は従順で協力的だった。

 今、この瞬間までは、だが。

(煩わしい真似をしてくれるものね。でも、無意味な抵抗)

 藍色の花は、すでに魔法陣に十分な魔力を注いでくれた。

 元々、花さえ咲けばすぐにでも始められる状況だったのだ。ここで慎重になる理由なんてない。

(むしろ、過剰にならないようにセーブされた分、より上手く行くはず。きっとそう)

 微かな不安を誤魔化すように自身に言い聞かせながら、異世界への扉を開く。

 もちろん、失敗の可能性も無視はできないので片道切符にはしない。そのためのテトラだ。

「拒絶の準備をして、門が閉じないように」

「わかっている、わ」

 ヴァネッサの装飾の中に仕込んであった空間転移を使って儀式の舞台であるトルフィネの転移門前に華が到着すると同時に召喚したテトラが涼しげな声で頷き、傍らのヴァネッサが当然のように周囲の警戒を行う。

「では、先に行くわ。問題が無かったら、貴女たちを招き入れる」

 魔法が使えない場合はその通りにはいかないが、そうでなければこの二つの駒は優秀だ。向こうの足場を整えるのにも重宝する事だろう。

「……」

 深呼吸を一つして、開かれた門をくぐる。

 瞬間、吸い込まれるような感覚と共に、華の身体は暗闇へと投げ出された。

 嵐の只中のような奔流に身を任せながら、自分が殺された日の事を強く想う。

 あの日は、出かける前に蓮にお菓子を買って帰る約束をしていたのだ。たしか、シュークリームだったと思う。

(家に帰る前に、買っておいたほうがいいかな)

 全てが予定通り、自分が殺された直後なら、そういった行為も必要になってくるだろう。

 本当に、ここまで永かった。

 だからこそ、今少しだけ、ディアネット・ドワ・レンヴェリエールとしての人生に感傷を覚える。

 もちろん、蓮との再会を前にすればゴミに等しい無駄でしかないが――

(――あぁ、懐かしい)

 思考を遮るように、かつてはありふれていた地方都市の光景が視界に映った。

 田舎とも都会とも呼べないこの中途半端な風情に、まさかこれほど感動を覚える事になるとは、倉瀬華でしかなかった自分では想像も出来なかったことだろう。

 門を抜けて、雲の上に放り出される。

(……魔力は、使えるわね)

 ならば、この程度の高さは危険にならない。

 分解の魔法を用いて、重力という法則を破綻させる。

 驚くほどスムーズな結果。何一つ抵抗がないという事が、これほど快適だとは思わなかった。

 思わず、笑みが零れたほどだ。

 この世界においての魔法は、おそらくこちらが想定していた以上に圧倒的な価値を持つ。

(これなら、テトラは要らなかったかしら?)

 むしろ、自分を殺せる存在でもあるので、此処で切るのもありかもしれない。

 そんな事を考えながら、近場のビルの上に着地する。

 目撃者はいない。わざわざ空を見上げて歩く人なんてそうそういないし、それに今は夜だった。

 華は街灯の少ない路地裏に降り立って、懐から手鏡を取り出す。

(……特に化粧が崩れたりはしていない、か)

 儀式場に向かう道中にさっと施したメイクなので出来映えは良くないが、元々再婚してからは薄化粧だったので、別段問題もない。

(まずはお金の確保ね)

 大通りに出る。

 そこで真っ先にみつけたファーストフード店に入って、華は店員に向かって言った。

「レジの中にあるの全部、私に差し出して。小銭は要らないわ」

 言葉と同時に分解の魔法を周囲にばら撒いて、判断能力の一部を溶かす。

 店員は途端に呆けた顔をして「はい」と間の抜けた声をもらし、レジの中のお金をこちらに差し出した。

 一万円札が五枚に千円札が三~四十枚程度といったところだろうか。お菓子を買うのには十分だろう。

 ポケットの中に適当にそれらを突っ込みながら、

「あぁ、それと、携帯電話を貸して」

 と、追加の注文をしておく。

 頭が半分溶けている人間の言動よりは、それらのツールを使って今日が何年の何月何日かを知った方が確実だと思ったためだ。

(ええと、これって、どうやって見るんだっけ?)

 時刻と月日は液晶画面内にすでに記されていたが、一番肝心な今日が西暦何年なのかは載っていなかった。そこまでの情報は過多になるからというのが理由だと思うが、探せば多分見つかる筈。

 適当にボタンを押しながら、口寂しさを覚えたのでポテトでも頼んでおく。

 野菜は貴族にとっても貴重な品で、さらにジャガイモのようなものはより貴重だったので、口にするのはずいぶんと久しぶりだった。

「……美味しいわね」

 すぐに出てきたそれを二つほど摘んだんところで、設定の項目にならあるのではないかと思い付き、少しだけ躊躇いを覚えつつもパネルを叩く。

 すると、パスワードを入力してくださいと出てきた。

「これのパスワードは?」

「……」

 店員は答えない。

 口を半開きにして、涎を垂らして虚空を見つめている。

 少し、効果が強すぎたようだ。かなり出力は抑えたのだが、使えば問答無用で廃人になると考えた方が良さそうである。

(抵抗力がないというのも困りものね)

 いっそ、パスワードそのものを分解してみるかとも考えたが、多分この感じだと携帯の機能自体がバラバラに分解されて終わりそうだ。

 仕方がないので、ポテトを置いて外に出る。

(どうしようかしら?)

 まあ、普通に近場の人間に訊くのが一番手っ取り早いだろう。

 さっと周囲を見渡して、サラリーマン風の男に声を掛ける。その二十代半ばの男を選んだ理由は特にない。強いて言えば、女が苦手そうだと感じたからだろうか。

「ねぇ、そこの貴方、少しお願いしたい事があるのだけど、いいかしら?」

「え? わ、私ですか?」

 戸惑ったような男の反応。

 次に浮かび上がるのは、微かな警戒だ。

 感じたままに、女慣れしてないのが態度の節々に出ている。あまりいい思い出もないのだろう。こういう相手は面倒が少ないから楽でいい。

「大した事ではないわ。ちょっと家までの帰り道を忘れただけだから。そんなにお酒を飲んだ覚えはないのだけどね。ふふ」

 艶やかに微笑んでから、華は本題に入る。

「そういえば、今って2000何年だったかしら?」

「……今は、2019年です」

 ど忘れした酔っ払いの戯言として受け取ったであろう男は、なんでそんな事を訊くのかなんて疑問を持つこともなく、素直にそう答えた。

 ここで嘘を吐く理由もないし、それが正解なのは間違いないだろう。

 だからこそ、

「――は?」

 と、華は唖然とするしかなかった。

「待って、もう一度言ってくれる? 何年って?」

「だから、2019年ですよ。も、もういいですよね?」

 一瞬、素が出てしまったからか、びくついた男は逃げるように去って行った。

 どうでもいい。それより、今が2019年というのは一体どういう事なのか。

 ……いや、判っている。予定通りに行かなかったというだけの話だ。元より全てが上手く行くなんて発想で計画を立てていたわけでもないので、着地点のズレ自体は驚くことじゃない。

 とはいえ、それはあくまで一年や二年程度ズレた場合の話で……

(私が死んだのはいつだった?)

 たしか2009年とか10年とか、そのあたりだった筈だ。

 正直、正確な時期はうろ覚えだが、大きな差異はないだろう。つまり、自分が死んでからもう十年近くが経過した世界に帰還したという事になる。

(蓮は何歳になった? 十七、いや、もう十八か)

 高校三年生だ。受験が近い。まあ、蓮は聡明な子だから別に心配するような事もないだろうが……いや、それはともかく、まずは今蓮がどこに居るのかを確かめる必要が出てきた。

 もちろん家の場所は覚えているけど、十年後もそこに住んでいる保証はないからだ。もし、引っ越しをしていたのなら、探すのが面倒になる。

 それに、見つけた後も問題だ。

 蓮以外は脳味噌を分解してしまえば拒絶も何もないが、蓮にこんな物騒な魔法は使えないし、仮に安全だとしても蓮に使おうとは思わない。

(……大丈夫、だよね?)

 かなり歪な再会になるが、それでも蓮ならきっと自分を受け入れてくれる。

 きっとそうだ。そうに違いない。

 元の関係に戻るまで時間は掛かるかもしれないけど、二十年以上も我慢できたのだから、乗り越えられない問題なはずがない。

(大丈夫、大丈夫だから……)

 そう、自分に言い聞かせながら、華はふらふらとした足取りで自宅の傍にまで連れて行ってくれるバス亭まで足を運び、程なくしてやってきたそのバスに乗り込んだ。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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