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03

(――おい、貴様、妙な事にその魔法を使うな。リスクを考えろ)

 苛立ちを滲ませたレニの聲で、はっと我に返る。

 今は、動揺している場合じゃない。

 こちらと向こうの世界の距離から見て、衝突までにかかる時間は五分程度だろうか。それまでに何とかしないと大勢の死者が出る。

 どうすればそれを回避できるのか。そもそも、どうしてこんな事態が起きているのか。母の目的は、元の世界に戻ることじゃないのか。そこを読み違えているのだとしたら……

(あぁ、そうか、あれは貴様がいた世界という事か。なるほど、だからこちらの法則に為す術がない。魔力がない世界というのは、思っていた以上に脆弱なのだな)

 遅れて気付いたレニが、他人事のような感想を並べてくる。

 それに対して今度はこっちが苛立ちを覚えたが……ひとまず、それは置いておくとして、セラさんの救出に意識を切り替える事にした。

 向こうの世界にいた倉瀬蓮にとって五分は短い時間だが、神経を研いだレニ・ソルクラウにとっての五分は十分長い。それだけの猶予があれば、やれることはある筈だ。

 前向きな思考と共に中に入り、濃密な紅い霧の蔓延る空間を駆けていく。

 ヘキサフレアスの花が発動した時に巻き添えを喰らったのか、内部には多くの死体が転がっていた。

 その殆どがミイラみたいに干からびていて、身体の至る所から小さな紅い花を咲かせている。

 甘美な地獄の如き光景。

 そんな中に施された、やけに清浄な空間が、セラさんのいる場所だった。

 内にも外にも機能する結界だ。壁にも魔法陣が描かれていて、結界の強度が高められている。

 普通の方法で突破するのは難しそうだが、右手に具現化した剣の切れ味に昇華の魔法を施して切り裂くと、バターのように簡単に排除することが出来た。

 直後、耳を劈く音が響き渡ったが、多分アラートのようなものが仕込まれていたんだろう。まあ、今、それが意味を持つかどうかは知らないが。

「……入りますよ」

 一応、ノックを一つして、ドアを開ける。

 床に魔法陣の描かれた広々とした一室。

 魔法陣だけが描かれた、完全な儀式場だ。此処にずっといたという事はないだろうから、普段は別の場所に監禁されていたんだろう。

 ともあれ、見つけた。

「……レニ、さん?」

 右肩から床に崩れ落ちたような姿勢のセラさんが、掠れた声をもらした。

 相当に消耗したようで、殆ど魔力が感じられない。日常生活に支障が出るレベルの枯渇だ。しかも、鼻や口、目からも出血が確認できる。

(反発を喰らったな。内部が相当にやられてる。処置しなければすぐに死ぬぞ)

 どうでもよさそうな調子で、だけどわざわざ状態を教えてくれたレニに、それなら問題ない、と俺は言葉を返す。

 もう一人、少し離れた場所に覚えのある気配を見つけていたからだ。彼に任せれば、大抵の傷は治してくれる。

「失礼しますね」

 セラさんを抱き上げて、廊下に出る。

 そこから左手に進んでいくと、奥の部屋に簡易な結界が張り巡らされた一帯に辿りついた。中には人の気配がある。ここに、人質たちの多くが隠されていたというわけだ。

 ヘキサフレアスの花も相当な強度を有していたので、レドナさん達もある程度予想はしていても、正攻法でここを見つけるのは難しかったんだろう。

「私を、ラウのところに……」

 意識朦朧とした様子で、セラさんが言う。

 余裕が少しでもあったのなら、その要望に頷くのになんの抵抗もなかったけど、今は状況が状況だ。安請け合いは出来ない。

 沈黙を徹しながらドアを開ける。

 中には五人ほどいて、そのうち四人が子供だった。

 どうやら、ここは騎士団の訓練所だった場所のようだ。そこに寝袋と非常食を投げ込んで、閉じ込めたといった感じだった。幸いなのは、訓練所にはトイレとシャワー室も完備されていた点だろうか。おかげで衛生面はそこまで悪くない。

「お前さん、生きていたのか」

 やや顔色が悪いけど、それ以外は特に問題のなさそうなマーカス先生がこちらに歩み寄ってくる。

 その服の裾のあたりを、四人の子供たちがぎゅっと握りしめていて、不安そうな表情でこちらを見上げてきていた。身なりのいい子供たちだ。態度が子供らしいあたり、貴族ではなく商人とかその辺りの関係者なんだろう。

「治療をお願いできますか?」

 ゆっくりとセラさんを床に降ろして、俺は言う。

「あぁ、問題ない」

「ラウがどこにいるかは?」

「この中にはいないな。此処にいるのは、冒険者や商人の関係筋、或いは私みたいな専門職の人間くらいだ」

「そうですか……」

 なら、ラウは連盟のところにいる可能性がより高くなった。

 他に候補もないし、イル・レコンノルンもおそらくそこにいる。今、最優先で見つけなければならないのは彼だ。

 重力の魔法を操れる大貴族。


「――捉えた。私の声は聞こえるかしら?」


 不意に、アカイアネさんの声が耳元で囁かれた。

 距離の魔法を用いた通信だ。

 彼女はヴァネッサの行方を追いかけていた筈で、そのヴァネッサとは俺の方が出くわしてしまっていたので、外れを引いたカタチになるわけだけど、そんな彼女は今どこにいるのか。……まあ、どこに居たとしても、ひとまず無事なのが判ったのはいい事だ。

「私は今ユミルとガフとダルマジェラ、クエシェ――あぁ、ダルマジェラの奥さんね――の四人と一緒に居るのだけど、グゥーエやアネモーたちの居場所は判る?」

「無事ですよ。今は外に居ます。シェリエもケイも」

「そう。では、見当たらないのはレドナだけという事ね」

「いないんですか?」

「ええ、少なくとも私の傍にはいなかったわ。貴方の傍にも居ないとなると、単独行動を取っていたみたいね」

「単独行動、ですか……?」

 なんだろう、嫌な予感しかしない。

 けど、今は別の事が優先だ。身体は一つしかないんだから、仕方がない。

「イル・レコンノルンの居場所は判りますか?」

「さあ、知らないわ」

「じゃあ、上の異常はどうにかできますか?」

「一時的になら可能ね。でも、あれだけの数の距離を長時間弄るのは難しいわ。それに結局私の魔法は先延ばしにすることは出来ても、事態を解決できるわけじゃない。イル・レコンノルンの協力は必須といえるでしょう」

 それは、おおよそ予想通りの回答だった。

「わかりました。こちらに来れますか?」

「……そう、貴方一人で行くのね? まあ、貴方よりも私の方が他人を守るのには向いているでしょうし。ええ、四人を外に送ったらすぐに行くわ」

 と言って、三秒も経たずに、背後のドアを開けてアカイアネさんが姿を見せた。

「到着、待たせてしまったかしら?」

「いえ。……本当、便利な魔法ですね」

「貴方とは繋がりがあるから、色々と融通が利くのよ。逆にいえば、縁が薄い対象にはそれほど器用には行かないわ。見当から外れている相手もそうね。だから、都市内にいると思っていたグゥーエの居場所が掴めなかったし、レドナとの距離を埋める事も出来ない」

 淡々とした口調でそう答えてから、アカイアネさんは視線をマーカスさんに流して、

「とりあえず今、私に出来る事は此処の人質たちを解放するくらいだけど、結構な数のようだし、状況の説明なんかも手間ね。一人でやるのは面倒そうだわ。手伝ってくれるかしら?」

「あ、あぁ、彼女の治療が終わったらでいいのならな」

「ええ、ありがとう」

 涼しげな微笑を滲ませてから、アカイアネさんは眼を閉じて指揮者がタクトを揮うように指をふり、人質たちを閉じ込めている結界の機能を破壊し始めた。

 正解に表現するのなら、その結界の寿命に無理矢理到達させたといった具合だろうか。

 それを済ませたところで、彼女は見上げていた子供たちに、柔らかな笑顔を返す。

「不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。もうじきお父さんやお母さんに会えるから」

「ほ、ほんと?」

「もちろん。今から連れてきてあげるわ」

 ――と、そこで、ちらりと彼女はこちらに視線を向けてから、部屋を出て行った。

 元より、もう此処に居る理由はないので、その流れに乗っかって俺も部屋を後にする。

「貴方も、会えるのかもしれないわね」

 外に出たところで、小さな声でアカイアネさんが言った。

「会える?」

 真っ先に浮かんだのは母の事だが、おそらく違う。

 でも、だとしたら――

「急いだ方がいいわ。人雨になっている彼等が死ぬ未来は一応もう遠ざけているけれど、先程言った通り、根本的な原因を排除しない限りこれはただの延命で――」

 言葉を最後まで聞くことなく、俺は駆けだしていた。

 今、この世界に堕とされている人達の中に義父や義姉、義弟が居る。

 偶然なんてことはあり得ないだろう。母が、そう仕組んだのだ。本来なら、高校の制服を見た瞬間に、想定するべきだった最悪。

 混乱が抜けていない証拠だ。だから、こんなにも動揺していて……

「どうしてっ……!?」

 思わず零れた言葉に、応えてくれるものはどこにも居なかった。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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