02
前話にて、名前間違えがありました。
フィネ→シェリエに修正しました。申し訳ありません。
まず雨が止んだ。
次に街を包んでいたドームが解ける。
結果、藍色の花が自身の領域を更に広げようと蠢いたが、それも数秒ほどで停止した。そして栄養を失った植物のように項垂れて、捉えていた人々をゆっくりと地面におろしていく。
(……驚いたな。まさか、こんな小都市で『統一』の魔法に出くわす事になるとは。帝国の歴史でも五人と確認されていない希少な魔法だぞ、これは)
頭の中にレニの感嘆が響いた。
つまり、セラさん以外の誰も想定していない状況に今あるという根拠を、彼女は口にしてくれたというわけだ。もちろん、そういう意図での呟きなんだろう。
具体的にどういう魔法なのかも、不自然なくらいに鎮静化された精神がすでに教えてくれている。
セラさんの魔法は以前にも少し体験しているけど、多分これは同じ魔法だ。ただ、その度合いというか効果が極端に上がっていて、レニの身体にまで影響を齎している。
おそらく、ヴァネッサはこちら以上に影響を受けている筈だ。この状況なら動ける。
「……ミーア、治療は続けられる?」
「はい、そちらは特に問題ありません」俺の質問に小さく頷いてから、ミーアは少し眉を顰めて視線を落とした。「ただ、街に足を運ぶのは、少し難しいかもしれませんが」
「難しいというのは身体的な理由で?」
「いえ。……一応、精神干渉には強い部類だと自覚していたのですが、すみません」
「それも謝る事じゃないよ。原因も判っているしね。……それじゃあ、彼女の様子を見ていてあげて。対応できる距離で」
穴の開いた右手を軽く振りながら、俺は言う。
「了解しました。――あ、でも、その前に」
風穴の開けられたその右手に、ミーアの手が触れた。
治癒の光。傷口がみるみるうちに塞がり、それに応じて失っていた箇所に痛みも戻ってくる。
正直、治してもらう事を催促したつもりはなかったというか、そもそも治してから向かうという発想が頭の中になったので、ちょっとした後ろめたさのようなものを覚えつつ、でも、実際問題戦闘にならない保証がない以上、これは必要だろうと彼女の治療を受け入れて……そうして、無事に武器を躊躇わずに握りしめられる状態に戻ったところで、俺はシェリエの拘束を解き、
「今からケイのところに向かう。君の要求に答える。その代わり、此処で大人しくして、なにかあったらミーアと二人で協力して安全を確保して欲しい。約束できる?」
「……」
虚ろな目でこちらを見上げた彼女にもう一度同じ言葉を繰り返すと、はっと我に返ったようにその目に光を取り戻してから、彼女は小さく頷いた。
俺やミーアに比べて明らかに重症なのは、セラさんの魔法が敵意や悪意のような攻撃的な色に対し、より強く機能する類だからだろうか。
なんにしても、急いでケイの元に向かって、その足でセラさんの元にも向かう必要が出来た。
この魔法がいつまで維持できるかは不明だが、これほどの規模、長くは維持できないだろうし、そうなったら彼女の行いを敵が許す道理もないからだ。
「お気をつけて」
「うん、ありがと」
ミーアの言葉に頷いて、俺は鎧を全身に展開し、シェリエが通ってきた穴の中に飛び込んだ。
§
藍色の花の網を力任せに引きちぎりながらシェリエの作りだしたトンネルを進んでいくと、下地区の一画に出ることが出来た。
街の中に血管の如く張り巡らされた花は、今全て地面に倒れている。
とはいえ、このまま衰弱死する気配はない。ぴくぴくと微動しながらも、捕えた人間は離さずに、その魔力を吸収し、どこかに向かって送り届けるという作業をしているのが、魔力の流れから察することが出来た。そのどこかが、おそらくは儀式の核という事になるんだろう。
いずれはそれを追いかける事にもなりそうだけど……と、見つけた。
ケイの気配だ。ここから直線で百メートル程度。近場でやられていると踏んでいたので、思っていたより少し遠い。
シェリエに一人で逃げるように言ったあとで、そこまで花に連れていかれたのか、それとも自力でそこまで逃げたのか――
(中の状況はまだ安定していない。油断はするなよ?)
レニの忠告が脳裏に刺さる。
警戒の対象は花なのか別のものなのかは判らないが、言われるまでもない。
感知能力を高めつつ、ケイの元へと近づいていく。
その途中で、地面が揺れた。
続いて街の地下に張り巡らされている魔法陣が機能しているのを感知する。どういう効果をもっているのかはよく知らないが、元々街に備わっているものの一つだ。
不測の事態の筈だが、儀式を急いだという事なのか、それとも今の揺れがきっかけで感知出来るようになっただけで、既に儀式の最中だったのか、だとしたらそこに合わせてセラさんが仕掛けたのか……色々な状況を想定しながら歩を進め、血塗れで倒れるケイを発見する。
その傍らにはドールマンさんとアネモーさんの姿があった。
「……よぉ、調子はどうだ?」
狭い路地の壁に背中を預けて座り込んでいたドールマンさんが、軽く右手を上げて弱々しい笑顔を見せてくる。
「可もなく、不可もなくといったところですね。貴方の方は、なかなか酷い調子みたいですけど」
「辛辣な感想だな」
「褒め言葉ですよ」
右足の太腿、ふくらはぎ、脛をそれぞれ串刺しにされ、右の二の腕と脇腹と鎖骨のあたりに裂傷を抱えているドールマンさんに比べて、気絶しているアネモーさんにはこめかみの裂傷以外に目立った傷はなく、どれだけ彼が動けない状態の彼女を身を挺して守っていたのかが見て取れた。
ケイにしてもそうだ。多分、ドールマンさんがいなかったら、藍色の花は体内のもっと重要な部分にまで侵入していた事だろう。
「我ながら使いにくい魔法だと思ってたが、今回ばかりは特攻だったからな」
苦笑気味に呟き、ドールマンさんが視線を枯れた花たちに向ける。
花が枯れるほどに弱っているのは、この辺りだけだった。ケイへの干渉も停止している。
「どれくらい動けますか?」
「俺一人なら、なんとか移動が出来るってくらいだな」
「二人をしっかり抱える事は可能ですか?」
「脇に抱えるくらいなら問題ないだろう。まあ、傷には響きそうだが」
「そうですか」
だったら、今最短でこの三人を安全な場所に送る方法は一つだ。
俺はミーアたちがいる方向を遮るように建つ左手のビルに視線を向けて、その直線上に人の気配がない事を確認したうえで右手を真っ直ぐに伸ばし、そこから放射状に広がる鋭利な槍を具現化して、中心部分に半径三メートルほどの孔をあけた。
「……あぁ、そういう手段か。わかった。受け入れよう。ただし、お手柔らかに頼むぞ?」
そう言って、ドールマンさんは二人をその身に抱え込む。
そうして一塊になったのを確認したところで、俺は左の義手を巨大なグローブのようなカタチに再構築し、その上に三人を乗せて、ミーアの元目掛けて放り投げた。
精度は十分。刳り貫いた孔を潜って、三人の身体は微かな放物線を描き街の外へと向かって行く。妨害する存在もなし。
あとは、ドールマンさんが上手く着地できるかどうかだけだけど……姿勢制御はちゃんとしていたし、どう転んでも致命傷にはならないだろう。
そのあたりは信じるしかないし、あまり立ち止まっても居られない。
幸い、歌声はまだ続いている。おかげで、セラさんがどこにいるのかは明白だ。
次の目的地は騎士団本部。ヘキサフレアスの花に包まれた、その内部だった。
左腕を元に戻し、近場で一番高い建物の上に立って、三段跳びの要領でさらに三つの建物の屋根を使って勢いをつけ、最後に目的地に向かって大きく跳躍する。
途中、先程までいた連盟の施設が眼下に入ってきた。
あの中には、一体誰がいたのか……。
セラさんを助けたあと、余裕があったのなら、そちらにも向かう必要が――と、そこで地面の揺れが収まったのが、周囲の建物の様子から伝わってきた。
儀式が終わった?
聞こえていた歌声もピタリと止まる。
嫌な予感がした。
俺は着地と同時に残りの距離を全速力で埋めて、騎士団本部の前に到着し、それを覆い隠しているヘキサフレアスの樹を十字に切り開いて――それとほぼ同タイミングで、地下にあった大量に魔力が一斉に空に向かって流れだした。
それは上昇気流を生み出し、瞬く間に上空に巨大な円を――このトルフィネを丸ごと呑みこめるほどの規模の枠を、かたどっていく。
やがて枠の中の空は溶けるように消えて真っ黒になり、数秒後、テレビをつけるみたいに一瞬で、どこかで見た事のある景色を映し出した。
この世界のものじゃない。現代的な街並みを衛星写真かなにかで撮影したような光景。
「――っ!?」
極限まで目を凝らして、それがどこの街なのか思い当った瞬間、寒気がした。
寒気だけでは済まされなくなったのは、向こう側の人や物がこちらに向かって堕ちはじめる様を目の当たりにした時。そして、その人々の中の数人が、俺がかつて通っていた高校の制服を着ているのだと、気付いた時だった。
次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




