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 奥にはミミトミアとザーナンテさんがいて、他にも何人か誰かの人質が拘束されていた。

 そこに至るまでに立ちはだかってきた敵は全員、何事もなく始末された。

 ただ、ミーアがやったのかアカイアネさんがやったのかは判らない。自分の心を落ち着かせるのに精一杯で、そもそも周りがまったく見えていなかった。

 ここまで気分が不安定で、外を意識出来ないなんて経験は、母が殺された日以来だ。

 あの時も、無残な死体を前にして彼女の死を瞬時に理解した頭と、それを受け入れたくない心が互いを削り合って、それ以外の事柄の全てが遠い出来事のようだった。

 おかげで、あっという間に先程のヘキサフレアスの拠点に戻ってきた。

 時間がすっ飛んだような感覚。

 気持ちが悪い。

 受け入れがたい。

 頭が、おかしくなりそうだ。

 考えれば考えるほどに、吐き気が増していく。

 衝動的に自殺したいくらいに、この現実から逃げ出したい。…………でも、いつまでも、こんな精神状態を許すわけにもいかなかった。

「……あの、レニさま、大丈夫ですか?」

 と、不安そうな表情で訪ねてきたミーアを前に強くそう感じながら、俺は頭を振って、無理にでも今の状況を頭に入れる事にする。

 まず、助け出した二人に怪我なんかはなかった。

 他の人質も同様だ。爆弾にされた形跡もなし。

 その分、大した情報も与えられてはいないと思うけど……いや、結構派手な仕掛けで待ち受けていたわけだし、それが突破されるという前提をもっていなかったのだとしたら、ないと言い切る事も出来ないのか。このあたりは、期待してもいいのかもしれない。

 次に、リッセの遺体を前にしたレドナさん達の反応だけど、シェリエは今も部屋の隅で泣いている。最初はもう赤子のように大きな声で、そして今は声が枯れてさめざめと。

 そんな彼女に寄りそうケイの表情も悲痛そのもので、いかにリッセが彼等にとっても特別なのかをまざまざと見せつけてくれていた。

 レドナさんも、例外じゃない。

 例外であって欲しいと、心の底から願っていたけれど、彼女がリッセの死体に直面した時に響かせた心音はまったくもって安定していなくて、演技の一つも見当たらなかった。

 其処に僅かでも嘘があったのなら、リッセの死を否定する最後の砦になり得たのに……

「私は大丈夫。それより、話を聞かせてもらえるかな?」

 ミミトミアに視線を向けて、俺は言った。

 他の人質は別の店舗内で、ダルマジェラさんに事情を聴取されている。

「話っていっても、外での仕事が終わって帰ろうとしてる時に不意打ち喰らって、気付いたらあの場所にいて、あとはずっと閉じ込められただけだし」

「食事とかをもってきた時なんかも、何も話さなかったの?」

「あたしは喋りかけたけどね、全部無視されたわ。なんていうか、ちゃんとしてる感じがしたかな。末端にまで規律が行き届いているっていうか。……あたしが出せる情報は、多分これくくらいだと思う。……ごめん」

 普段の勝気な彼女とは思えないくらいにしおらしく、頭を下げてくる。

 リッセのあの状態を眼にしたから、こちらに気を遣ってくれているのだ。

 そんな彼女の頭をぽんぽんと叩きながら、アカイアネさんが言った。

「謝る必要はないわ。お手柄よ、ユミル。貴女が一番、私達が求めている情報の近くにいる」

「え?」

「貴女はそれを忘れているのね。でも、大きな記憶障害は見られない。なら、分解されたのは思い出すという行為。いわゆる、ど忘れ、という状態に貴女は陥っている。貴女の中に、微かな靄を感じるわ。痕跡を最小限にするための素晴らしい気遣いといったところかしら。幸運な事ね。……少し、じっとしていて」

 頭に触れていた手に魔力が込められる。

 穏やかな口調とは裏腹の、攻撃的な魔力。信頼がない相手なら、命を握られているのと同義の状況だ。

 もちろん、ミミトミアに焦りはない。

 忠犬のように、大人しく処置が終わるのを待ち、

「――っ! くぅ、うぅ、痛ぁ……」

 と、顔を顰め、両の拳を強く握りしめながら小さく呻いた。

 呻いたところで、つぅ、と鼻から血を垂らしだす。

「とりあえず成功ね」

 淡く微笑みながら、アカイアネさんは懐から取り出したハンカチを、そんなミミトミアの鼻に押し付けた。

「成功なの? これ、頭、滅茶苦茶痛いんだけど……」

「失敗していたら、その痛みや私の事なんかも忘れていたかもしれないわね」

「つまり、そういう場所に魔法が掛けられてたって事ね。たしかに素晴らし気遣いだわ。……ムカつく」

 受け取ったハンカチで乱暴に血を拭いながら、ミミトミアは低い声を吐き出して、

「……あぁ、思い出してきたわ。ナアレさんの居場所を訊かれて、知らないって答えたら額に手を押し当ててきて、あいつは『本当に知らないのですね』って小さくため息をついて『儀式の邪魔にならない保証があれば無視しても良かったのだけどって』言ってたんだ」

「あいつというのは、どんな子だった? 具体的な特徴を教えて欲しいわ」

「ごめん、顔はよく覚えてない。もう魔法が掛かってないんだとしたら、そもそも覚えられないような無個性な顔だったんだと思う。正直周りにいた二人の、ちょっとデカいだけの男共の方が印象に残ってるくらいだし。ってか、なんかそいつらにも軽い扱い受けてたような感じがする。『要件があるならさっさと済ませろ』とか、入ってきた時に言われてたから」

「そう、立場としてはそこまで強くない、誰かの使いっ走りといった感じだったのね。実際はそんなわけもないのだろうに。……儀式については、他になにか言っていなかった?」

「わかんない。聞く前に、意識が途切れたから。――あ、でも、そう、その直前に誰かが報告しに来て、『あの化物の移送が完了した。だが、あんな場所で本当に大丈夫なのか? あんな下地区の大した力も持たない勢力のところで』って言ってた」

「それは重要な情報ね。まあ、私にはどこなのか見当もつかないけれど」

 と言いながら、アカイアネさんはダルマジェラさんたちが入っていった店舗の方に視線を向けた。

 丁度、そのタイミングでダルマジェラさんが出てきて、

「大した力をもっていないが一応勢力として数えられているとなれば、それはもう連盟しかありえないだろう」

 と、答えた。

 どうやら、こちらの会話は向こうに筒抜けだったみたいだ。或いは、説明の手間を省くために、アカイアネさんが筒抜けにしていたのかもしれない。

「連盟というのは多分初めて聞く名称だわ。興味が無くて忘れていただけかもしれないけれど、どういう人たちなのかしら?」

「その嬢ちゃんの言葉通りの連中だよ。それなりに数はいるが、決定的に個の力が足りていない、その程度の集団だ」

 アカイアネさんの問いにつまらなげに答えて、ダルマジェラさんは小さく息を吐き、

「しかし、ゼルマインドのみならず連盟とも関係をもっているとはな。これは冒険者組合あたりにも息がかかっていると見てもいいのかもしれないぞ? あの二人に探りを入れさせてもいいのかもしれないな。――と、新しい情報だ」

 右耳に漬けられていたイヤリングを指でつまみながら、険しい表情を滲ませて、

「ヴァネッサが動いた。元凶大本命のあの女がな」

 と、忌々しげに呟いた。

 瞬間、心臓が握りしめられたような痛みを覚える。

 俺にとっても、今一番母である可能性が高かったのが、あの義足の彼女だったからだ。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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