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09

「私たちは少し場所を移す。貴方たちに拷問を見る趣味もないだろうしね」

 敵の女性が目を覚ましたタイミングで、レドナさんは押し殺したような声で言った。

 完全に脅しの一環だ。

 敵である眼鏡の彼女がどういう状態で発見されたのかは不明だけど、今自分の置かれている立場はすぐに理解出来たらしく、みるみるうちに顔を青ざめさせて、

「ま、待ってください、私は敵ではありませんわ。この格好を見れば、判ると思いますけど?」

 と、微かに震える声で言った。

 その言葉が示す通りに、彼女の格好はかなり汚れている。ここに来る前からそうで、くすんだ金髪はより一層にくすんでいたし、お風呂にも入れて貰えていなかったのか少し臭くもあった。

 対してルハの方はちゃんと扱われていたんだろう。身に纏っていた衣服は小奇麗に、暴力を受けたような形跡もない。

 彼女があんな場所にいた事には驚いたけど、その一点については本当に良かった。もしそうじゃなかったら、あの監視役は殺してしまっていたかもしれないし。

「ん、んん、オーウェ、うぅ……」

 寂しそうな声で執事の名前読んで、そのルハが寝返りを打つ。

 打って、

「勉強はあとするのぉ。だから、今はリリカと遊びたいの……」

 と、なにやら説教でも受けているような夢を見ている事を示唆してくれた。

 平和な夢でなによりだ。悪夢なんかよりはずっといい。

「……ルハさんが捕まっていた理由は、やはり彼なのでしょうか?」

 こちらに耳打ちをするようにミーアが言う。

「多分、そうだろうね」

 ドールマンさんたちと同じで、戦力を強引に自分たちのものにするため、敵はルハを捕えたんだろう。

 反吐の出る手段だ。愚劣極まりない。こんな反感しか買わない真似に未来なんてある筈もない。まあ、だからこそ騎士団が主導しているという事になっているんだろうけど――。

「その命乞いに、なんの価値があるという?」

 白けたような表情でため息をついて、レドナさんが容赦なく眼鏡の女性の顔面を蹴飛ばした。

 レンズが割れて、鼻から血が噴き出て、前歯が折れる。

「ご覧のとおり、我々は今酷く気が立っている。言葉は選んだほうがいいわ。無駄な時間を使わせるな」

「う、うぅ……」

 涙を滲ませながら、女性が頷く。

 頷いたところで、

「ここでするの? 拷問?」

 と、シェリエがややピントのずれた質問を投げかけながら、その両手に魔力を込めはじめた。

 なかなかに禍々しい色だ。強さの方も相当なもので、目の前の相手を殺すには十分すぎるほどだった。

「いや、するとした処分だけだ。死体の処理も面倒だから、出来ればその手間は省きたいところだが、全ては彼女次第ね」

 淡々と、ぞっとするくらいに冷たい眼差しで尋問相手を見降ろしながら、レドナさんは言う。

 友好的な面しか見ていなかったから忘れがちだけど、やっぱり彼女も下地区の人間なのだ。敵に対する残酷さは息を呑むほどに凄まじい。

 とはいえ、さすがに性急な感じがするし、感情的に殺される前に口を挟んだ方が良いかもしれない。まあ、これも駆け引きの一つなのかもしれないけれど、今はリッセが不明でイラついているのは事実だろうから。

「先に私から質問をしてもいいですか?」

「……あぁ、構わないわ」

 俺の要求にレドナさんは小さく頷いて、もう一度、今度は天井を見上げながらゆっくり長く息を吐き出した。自制が少し利いていないという自覚はあったみたいだ。

 ヘキサフレアスという組織に置いてどれだけリッセが大事だったのかがよく判る。それが反面教師としてだというのは、なんとも皮肉な感じがするけれど……。

「まず、名前を聞いてもいいですか? 私の名前はレニ・ソルクラウです。既に知っているとは思いますが」

「ノーラ・ペトジェトラですわ」

「そうですか。……ミーア、彼女の手当てをしてあげて。今の状態じゃ話難いだろうしね」

「はい、わかりました」

 微かな戸惑いをみせつつも、ミーアは彼女の手当てを始める。

 大した損傷ではないので、すぐに完治できるだろう。

「ノーラさんと呼んでも?」

 治療の最中に、俺は言う。

「え、ええ、構いませんわ」

 ミーア以上に戸惑った様子で、彼女は頷いた。

 典型的な飴と鞭だけど、悟られていなければこの方法は有効だろう。飴役には心が開きやすくなる。

「ではノーラさん、貴女は何故あんな場所にいたんですか?」

「……」

 俯き、彼女は床に触れていた両手に力を込めた。

 そこにあるのは悔しさ、だろうか。

 そんな感情どうでもいいと言わんばかりに、レドナさんが険しい気配を滲ませ、シェリエが魔力を昂ぶらせるが、さすがにこの状況でいきなり攻撃はしないだろう。多分、こちらが拵えようとしている状況を理解しての行動のはず。

 そう信じる事にして

「話を無理に整理しなくても大丈夫ですよ。こちらでしますから」

 と、出来るだけ優しい口調で言って、彼女の言葉を待つことにした。

「この人、敵じゃないの? 殺さないの?」

 不審そうな目でシェリエがぼやいていたが、ケイの方は納得したのか、唇の前に一指し指を当てるジェスチャーをして彼女を静かにさせた。

「……私は、ディアネットを監視する役目をもって彼女の従者をやっていました。彼女はとても危険な人間で、貴族であるにも関わらず子供をもうける事を嫌い、更に両親まで殺害した。ルーゼが彼女を危惧するのは当然です。私も当初は彼女を危険人物としてしか見ていなかった。けれど、接していくうちにそこまでの異常者にも見えなくなった」

 独白のようにノーラさんは語る。

 この内容から読み取るなら、本当の意味でディアネットの味方になったから投獄された。つまり、ルーゼの人間が裏にいるという事になりそうだが……

「でも、それは当然だった。当然だったの。だってあれは、ディアネットなんかじゃなかったんだから!」

 こちらの推測がまるで見当違いだと示すように、彼女は後悔と恐怖を孕んだ声で叫んだ。

「ディアネットではない? それはどういう意味だ?」

 眉を顰めて、レドナさんが問う。

「言葉の通りですわ。あれはただの影武者のお人形。レンヴェリエールの家の本当の当主であり、自らの両親を殺害した異常者は別にいる。あれと違って目立たない人間。私よりもずっと控えめで、そう、名前すら覚えていないような――――あ、う、ぐぅ、あ、あぁ、、」

 突然、ノーラさんが自身の首に右手を押し付けながら苦しみだした。

 身体をくの字に折り曲げて、じゅうぅう、という音を体内から立て始める。

 なにかヤバい。

(――代われ!)

 そう思った瞬間、レニの鋭い聲が飛んだ。

 殆ど反射的に主導権を譲り渡す。

 直後、炎が室内を埋め尽くさんと爆ぜた。

 足元が揺れて、鼓膜がジンジンして、全面に展開された防御の表面を溶かすほどの暴力。

 その起点になったノーラさんは完膚なきまでに燃え尽き、肉の焼けた微かな匂いだけが彼女の死を証明していた。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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