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08

「ザラー、今なにしてるかな……?」

さながら模擬戦闘を行うために造られたような、通路と通路の間に出来ただだっ広い空間の中で、弓の弦を中指の爪で軽くひっかきながらアネモー・フラエリアが呟いた。

本日三度目の無駄話だ。

この場所に配置されて十日、対処した相手はいないので、まあ緊張感が無くなるのは仕方がない。

「多分、本でも読んでるんじゃないか? それくらいの自由はあるだろうしな。ある意味で俺たちよりも恵まれた環境にいるかもしれないぞ? だとしたら羨ましい限りだよな、ほんと」

最後にため息をついて、グゥーエ・ドールマンも手持無沙汰を埋めるように自身の得物である大剣を垂直に立てて、くるくると回してみる。

それに直接文句を言ってくる相手はいないが、さっきからずっと向けられている視線に棘が混じったのは何となく感じられた。

「そう睨むなよ。暇なんだから仕方がないだろう?」

軽く肩をすくめてみせると、ますます背後にある気配が鋭くなる。

奥にある部屋に一体誰が捕まっているのかは知らないが、それなりに腕が立つ冒険者であるグゥーエたちをこういう方法で採用するくらいなのだから、よほどの重要人物なんだろう。

(そういや、以前も似たような事をさせられたな)

あの時はアネモーが人質だった。そういう意味では、今回の相手は純粋な戦力を優先したと考える事も出来るだろうか。

グゥーエ一人では対処できないかもしれない相手。

(この街にはそんなにいないと思うんだが、一体誰を想定しているのやら……)

とりあえず、真っ先に浮かび上がったのはナアレ・アカイアネだった。

レフレリの伝説的な冒険者である彼女はまだこの都市にいる、らしい。会っていないので事実は不明だが、部外者の彼女の眼から見ても今のこの街の状況は異常だろうし、それが気に入らないという理由で騎士団に喧嘩を売るというのも彼女ならあり得る。

そういった厄介な不確定要素の所為で、騎士団は強引な手を取っているのかもしれない。

もちろん、全てはただの憶測だ。

ルーゼからやってきた女騎士の奇襲でやられてザラーを人質に取られてから、外部との接触は殆ど出来ていないというのがこちらの現状だった。

判っているのは今騎士団がこの街の実権を握っている事と、そこに加勢しているラクウェリスの様子がおかしいという事くらいだ。

前者はもう誰もが知っている事だろう。だが、後者に関しては一体何人がそれに気付いているか。

(なにせ、普段からまともじゃない奴だからな)

気分屋で飽き性で、だから一貫性がない人間として映る事も多い彼女だ。どんな行動をしてもおかしくはない。グゥーエ自身、捕まった時に出会っていなかったら、気にもしなかっただろう。

なにかに酷く執心しているような、それでいて怯えてもいるような、あんな彼女を見たのは初めてだった。

その対象が一体なんなのかが判れば、或いは今トルフィネで起きている出来事の根本に辿りつけるのかもしれないが――

「――っ!?」

突然、肌を泡立つ感触が過ぎった。

と同時に、凄まじい速度で脅威が迫ってきていたのをグゥーエは紙一重で察知する。

反応出来たのは殆ど奇蹟といってもいいだろう。

上体を深く沈めながら、回していた大剣の腹を掌で押さえて盾代わりに、襲ってきた衝撃を受け止めようと試みる。

が、受け止めきれない。

掌を置いた刀身部分が砕け散り、突破してきた衝撃によって壁際まで吹き飛ばされた。

(やばいのが来たな、おい!)

この一瞬で明確に勝てない相手だという事を自覚しつつ、グゥーエは壁に着地するために姿勢を整えながら敵を視界に納めようとして――耳元に、風が過ぎった。

背後に回られたのだと気付いた時にはもう遅い。

振り返る間もなく頭部に打撃を貰って、グゥーエの意識は一瞬で刈り取られる。

寸前にアネモーが驚きの悲鳴を上げたが、それが届くこともなかった。


       §


「グゥーエっ!?」

いきなり吹き飛んだ仲間にアネモーが悲鳴じみた声を上げた直後、彼女の背後に音もなく影が降りたのを、監視役の男はかろうじて目視し――目視と同時に、右目を失った。

「ぐぁあ!?」

同等以上の驚きと痛みに呻き声が漏れる。

反射的に右手を差しこんでいなかったら眼球だけでは済まされなかっただろう。

歯を食いしばってナイフを眼球から引き抜いて、半分になった視界で敵を探すが、捕捉する前に両足首が断たれる音を聞くことになった。

支えを失った身体が、前のめりに倒れる。

その墜落を防ぐように、鳩尾に細剣が突き刺さり、刀身の根元で身体が止まった。

「貴方は誰の命令でここにいますか?」

耳元で、くぐもった声が響く。

ぞっとするくらいに乾いたトーン。

「あぁ、別に口にしなくても結構ですよ。末端に期待などしていませんから」

「ま、まって――」

掠れた制止の声を無視して、細剣が肺目掛けてスライドしていく。

肉がぶちぶちと切れていく音と、血が溢れだしていく音。

一片の躊躇もない殺意がそこには溢れていて、

「や、雇い主は騎士団だ。他には何も知らない。ほ、本当だ……!」

「では、生かしておく理由もないですね」

自分の命運を握っている得物をもった手に、さらに力が込められていくのが判る。

死ぬ、殺される。

その恐怖に頭が真っ白に染まりきる前に、監視役は失神して……


「……おい、起きろ」

という声で、目を覚ました。

眼を開いた先にいたのは上司に当たる無精髭を生やした男だった。傍らにはルーゼからやってきた治癒師もいて、傷は既に塞がれている。

「誰にやられた?」

「おそらくは、女です」

「おそらく?」

「声から性別は判りませんでした。ただ、喋り口調がそれっぽかったので」

言いながら、寝かされていた身体を起こす。

すると視界に、赤黒い肉の塊と、その胴体部分から切り離された右腕が入ってきた。それは大剣を強く握りしめていて――

「魔力が合致しました。これはグゥーエ・ドールマンのもので間違いありません」

と、その死体の傍で片膝をついていた女性が淡々とした口調で言った。

「だとしたら、こちらもアネモー・フラエリアで間違いないか」

ため息交じりに上司が、両足だけ残した死体に眼を向けて呟く。

「乱暴な暴力だな。莫大な魔力の塊で大雑把に削り取ったような、お前を刺した相手とはまるで違う戦い方だ。つまり、ここを襲撃した者は最低でも二名以上。向こう側を合わせれば三名以上が確定か。悪名高いゼルマインドやヘキサフレアスといった下地区の悪種なのか、それとも別の勢力か、いずれにしても厄介な話だな。……他に気付いた事はあるか?」

視線がこちらに戻ってくる。

「いえ。……あ、そういえば」

口元に手をあてながら、監視役を担っていた男は不意にある事を思い出した。

「訛りが、あったようにも感じました。あれは多分、レフレリ訛りだと思います」

「レフレリ? ……そうか、わかった。詳しい話は別の場所で、その頭に直接聞かせてもらうとしよう。今日は帰れないと思えよ? 更に言えば、明日は頭痛を抱える事にもなる。まあ、失態の代償としては安いだろうがな」

彼の肩をとんとんと叩いて、上司は視線を治癒師の方に向けた。

治癒師は小さく頷き、

「ついてきてください」

といって歩き出す。

その背中にどうしようもない不安を覚えながらも、監視役の男は「はい」と小さな声で頷き、この場の仕事をひとまず終えたのだった。


       §


「とりあえずは、上手く行ったみたいですね」

どこかよく知らないヘキサフレアスの簡素なセーフハウスの一つに到着し、安全を確認したところで、ミーアが呟いた。

「……あの場所での結果だけなら、そうかもしれないね」

ここまで案内してくれたレドナさんが荷物のように両脇に抱えている二人に視線を向けながら、俺は言う。

「ザラー・コーエンの安否なら心配はいらない。奴等が最も必要としているのは彼の探知能力――より正確に言うなら、広域の把握能力だろうからね。ケイの攪乱も効いているし、二人が死んだという情報が伝えられることはない。むしろ、間違ってもそれが露見しないように、私が拵えた肉の塊たちはすぐに処分されて、詳しく調べられることもないだろう。つまり、これで死人は自由に動ける。手は多い方がいい」

淡々とした口調で、こちらの不安に対する答えを並べて、レドナさんは絶賛気絶中のドールマンさんとアネモーさんを床に降ろした。

それから、視線を俺から少し左にずれたところに向け、

「シェリエ、そちらの少女はそこのベッドに。ケイ、その女はそのまま手放せばいい」

と指示をしてから壁際にあった椅子に腰かけて、右耳のイヤリングに触れた。

「……えぇ、わかった。すぐに向かう」

どうやら、イヤリングを介して誰かの報告を聞いているみたいだ。

専用の回線でも使っているのか、レニの聴覚でも拾う事は出来なかった。まあ、拾わなければならないような理由もないので、特に気にする事でもないんだろうけど。

「ぐゅ」

乱暴に落とされた方の人質が、若干間の抜けた声を漏らす。

眼鏡をかけた地味な感じの女性。

「彼女、見た事がある顔ですね。ディアネットの側近だったと思いますが」

口元に手を当てながらミーアが呟き、もう一人の方に不安げな視線を流した。俺もつられてそちらに眼を向けて、小さくため息をつく。

あの地下世界の一画に人質として閉じ込められていたのは、敵であるはずの人物と、つい最近自主映画撮影にも付き合った、貴族の少女であるルハ・ララノイアだったのだ。



次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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