07
長い長いトンネルを抜けて、ようやく開けた場所に出てきた。
緩やかに上って行く感覚があったから、多分ここは貴族の誰かの私有地なんだろう。
「レドナ、遅い」
そこに待ち受けていた眠たげな瞳の少女が、少し怒ったように言った。
「早くリッセを迎えに行くんでしょう? 早く早く!」
壁に背中を預けて座り込んでいた姿勢のまま、左右の足を上下にばたつかせる。
年齢は十四、五歳くらいに見えるけれど、まるで幼い子供のようだった。
「シェリエ、我儘を言わない」
と、隣で壁に背を預けて佇んでいた上品な身なりの少年が言う。都市の方はシェリエと呼ばれた少女と同じくらいか、一つか二つ年下といったところだろうか。
貴族ではないだろうから、有名な商人の息子とか、そのあたりなんだと思う。
どちらとも以前リッセの店で顔は合わせているけど、軽く挨拶をしたくらいで詳しい素性なんかはなにも知らなかった。名前だって今初めて知ったくらいだ。
「ケイはれーせーだね。リッセがどんな目に合ってるのかもわからないのに……!」
「彼女がまだ捕まっているかどうかは不明だよ。ラウさん達とは違ってね」
「わからないから、まずはラウを助けるんでしょ。聞いたよ。それは何度も。でも、不安なの、急がなきゃいけない気がするの」
切実な表情でシェリエが言う。
そんな彼女の頭を撫でながら、ケイは微笑んだ。
「大丈夫。リッセさんの魔法がどういうものかは知っているだろう? そして彼女がどれだけ我慢強くて勝負強いのかも。あと、どれだけ悪趣味なのかもね」
今姿を見せない事を、最後の言葉で納得させようというのは少し無理がある気がしたけれど、同時にリッセならやりそうだと思わせる部分もあって、
「……うん」
と、今にも泣きそうな声でシェリエは頷いた。
ケイはそんな彼女の手を掴み、その手をぐいっと引き上げ立ち上がらせて、それからこちらに視線を向けて言う。
「候補となっている場所は三つあります。それを今から貴女たちの頭の中に流します」
直後、脳裏に地図のようなものが浮かび上がった。
さながらゲームのマップ画面みたいだ。
「これは……」
やや強張った声をミーアが零す。
頭の中になんの抵抗もなく干渉されたわけだから、その反応も当然だ。
「それに害はありません。ないからこそ、簡単に徹る」
他人に使うたびにそう言ってきたんだろう。これ以上ないくらいに淀みのない物言いだった。
その堂々さは、同時に彼に対する侮りを消す役目も果たしているんだろう。それ以外には害がある、という含みをもった脅し込みで、こういった世界への慣れも窺えた。もしかしたら、見た目以上に年を重ねているのかもしれない。
それにしても、リッセはずいぶんと偏った特性をもった面子を集めたものだと思う。組織の方向性がよく判る人選だ。
「僕と彼女はそちらを潰しますので、貴方達はここを確認してください」
頭の中に浮かんでいるマップの一部に赤い光が点滅する。
さらに、淡い光がそこまでのルートを描いてくれていた。至れり尽くせりだ。
「私は彼等と共に行動する。事が済めば、再びこの場所で合流しよう。警備が厳重で詳細までは把握できなかった場所だ。くれぐれも油断をしないように頼む」
「それはもちろんですが、そちらの方は大丈夫なのですか?」
微かに眉を顰めながら、ミーアが言った。
戦力面での心配だというのは、彼女が細剣の柄を触れた仕草でわかった。
「大丈夫だよ。わたし、強いから」
昏い瞳とは対照的な、子供のような笑顔でシェリエが答える。
それから「あっ」となにかを思い出したような声をあげて、
「ねぇ、ケイ、邪魔な奴はみんな殺しちゃっていいんだよね? 昔みたいに孔だらけにして」
「……あぁ、いいよ。思い切りやって」
数秒の葛藤を滲ませてから、ケイは頷いた。
そこにレドナさんが言葉を付け足す。
「ただし私が指定した一人は残して欲しい。手がかりにしたいからね」
「うん、わかった。一人だけ残す。一人だけ殺さない。うん、忘れない。忘れないよ? だいじょうぶ」
「忘れそうになったら僕が言うから、気にしなくてもいい。……行くよ」
シェリエの手を掴んで、ケイたちは歩き出した。レドナさんも二人に付き添うようだ。
まあ、こちらは二人で十分だろうし、特に問題はない。
俺たちも脳内マップ内に記された道標に従って、地下を進んでいく。
「……危うい少女でしたね」
二つほど角を曲がったところで、ミーアが呟いた。
「でも、それを判っている人が近くにいる。なら、それほど問題にはならないと思うよ」
「そうだといいのですが……」
「他にも、なにか心配な事があるの?」
「いえ。そういうわけではありません。ただ、悪い流れが続いているようなので」
悪い流れというのは、ひとえにテトラ・アルフレアという存在が孕んでいる背景の事だろう。
彼女が敵としてラウと事を構えたということは、ゼルマインドがヘキサフレアスとの抗争を再開したという事でもあるのだ。
「レンさまは、この状況をどう考えているのですか?」
「ヘキサフレアスとゼルマインドの休戦は、無法の王がその名の通り無軌道に暴れた際に、犠牲を出さずに対応するために生み出されたもの。でも、もう無法の王はいない。だから、この展開は必然とも言える」
そういう背景がある事は既に知っていたから、わざわざレドナさんにどうしてその戦いが起きたのかも訊かなかった。
ただ、正直そのタイミングに関してはかなり気になっていた。
無法の王がもうこの街に戻ってくる事がないという情報を知っているのは俺たちくらいなはずで、条約を破棄するには早過ぎる気がしていたからだ。
衝動的にテトラさんが仕掛けたのか、それとも休戦条約自体の価値が変わるようななにかが無法の王の死以外で起きたのか――
「――レンさま」
不意に、鋭いミーアの声が届けられた。
と同時に、俺もそれを察知する。
馴染み深い魔力が二つ、目的地にたどり着くには絶対に通らなければならないポイントに佇んでいる。
三つではなく二つという時点で、どういう経緯でこんな特殊な場所にいるのかの想像もついた。
「……前にも、似たような場所で同じような事があったな。あの時のままの自分じゃなくて良かったって、本気で思うよ。一人じゃなくて良かったとも」
思わず握りしめた拳が震えるのを堪えながら、俺は言う。
「二人はこっちで抑えるから、ミーアは目障りな監視を黙らせて。何一つ伝達されないように、手早く終わらせよう」
「監視は一人しかいなさそうなので処理は簡単ですが、他にも何かの眼で見られている可能性があります。感知される事も殺す事もなくドールマンさんを無力化するのは、さすがに難しいと思いますが」
「確かにそうだね。だったら、一応変装の一つでもしておこうか」
まだ俺たちがこの街に帰ってきた事を知っている人は少ないと思うし、その優位性は出来れば残しておきたいので、具現化の主導権の一部をレニに手渡す。
すると即座に舌打ちが返ってきたが、拒絶はされなかったようで彼女が普段用いるものと違う禍々しくもどこか乾いた魔力で構築された全身鎧が具現化された。
同じ色の魔力だっていうのに濃度の違い一つでここまで印象が変わるのは、具現化という魔法の幅の広さと似ているからという事なのか。
なんにしても、この姿を見てレニ・ソルクラウだと気付ける人は少なくなってくれただろう。
俺だけ隠しても意味がないので、続いてミーアの方に手を伸ばす。
(全身は御免だ。頭部だけなら問題はないがな)
不機嫌そうな声を伝えながら、レニはそれでもやっぱり要望には応えてくれるようだ。
俺以上に禍々しく不吉なカタチをした仮面がミーアの顔を隠す。ついでに、魔力の方も綺麗に隠してくれた。魔力が周囲に広がらないように抑える事をやめれば、たちどころに感知されるような歪さだ。俺のよりもずっと強い。
そこにちょっとした悪意を垣間見ながらも、ミーアなら問題なく制御できるだろうと信じる事にして、
「それじゃあ、行こうか」
と、俺たちはドールマンさんとアネモーさんが待ち構えている空間に向かって静かに駆けだした。
次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




